(36)
「あの、お願いですから…… なぜ俺に送られてきたのかも分からない品物なのに」
「ダメダメ。味方してくれたんでしょ? なら問題ないじゃない」
中島さんがなにか冴島さんに耳打ちしている。
冴島さんは、「大丈夫よ」とだけ答える。
「さあ、少し充電できたはずだから、残りは部屋で充電して」
アンドロイドは、自ら充電ソケットを外し始めた。
「えっ、勝手に動いた」
というか、充電があるうちは勝手に動いていたのだ。逆に今が大人しくなりすぎている。
『オーナー、オーナーノヘヤニイキタイデス』
そう言って、俺の腕にしがみつくように引っ張った。
「あっ、もしかして、それ、ら、ラブドール?」
「違いますよ、中島さん!」
「……」
冴島さんが手をこっちに伸ばしかけている。もし冴島さんが、俺とラブドールが一緒という状況を嫌がるのだとしたら、これがラブドールだ、という方向に持っていった方が俺にとっては都合が良いのか?
俺はアンドロイドの腰に手を回した。
「じゃあ、俺の部屋でじっくりメンテナンスしよう」
「!」
冴島さんの手が上がりかけて、そのまま胸の前で腕が組まれた。
「さっさと連れてって頂戴。眠いところを起こされていい迷惑だわ」
えっ、と、止めないの? 逆効果だったの? どうして?
「……」
中島さんが小さく手を振って、備品をバックに入れて渡してくれた。
部屋を出て、隣の部屋の玄関に立つ。
さあ、もう一つの難関だ。
呼び鈴を押して反応を待つ。そろそろ空も明るくなってきた。
トントントン、とゆっくりと下に降りてくる音。そして、鍵が開く音。
目をこすりながら扉を開けてくる。
「何してるの入りなさい…… ひっ!」
危うく尻もちをつくところを、腕をとって助ける。
「何? それ?」
俺の腕にしがみついてくる。
アンドロイドが頭を下げる。
そして異国の言語は発する。
『ヨロシクオネガイシマス』
「何? 何がよろしくお願いしますなの?」
中島さんには聞こえなかったが、蘆屋さんには意味が伝わるようだ。
「音と意味がバラバラで気持ち悪い」
『オーナーノオクサマデショウカ?』
「オーナーって誰? 奥様ってなによ?」
蘆屋さんが俺に訊いてくる。
「いや、俺もよくわからないんだけど……」
「はぁ? 分からないものを持ち込まないでよ」
やっぱり、予想通りだ。
さっき冴島さんに経緯を説明したのに、もう一度ここで説明しなければならないのか。俺は疲れた。
疲れてアンドロイドに無茶振りしてみた。
「ねぇ、そういうことらしいんだけど。君、帰ってもらえるかな?」
靴を脱いで部屋に上がったところで、アンドロイドは停止した。
『エッ、カエレトイウシレイハ、ウケツケラレマセン』
「じゃあ、なんでここに来たのか説明しなさい」
蘆屋さんは腰に手を当てて、威張ったようにそう言った。
『セツメイイタシマス』
突然、アンドロイドは壁を向き、左目がグルリ、となにか別ものに置き換えられた。
「きっ、気持ち悪……」
左目から光が発せられると、壁に映像が映った。
『アカリヲオトシテモラエマスカ』
俺は部屋の灯りを消す。
壁に、白髪の老人が映し出された。
老人は、真っ黒いマントを羽織っている。
投射している映像だと思い込んでみていると、妙に奥行きを感じる。
「なにこれ、妙に立体的ね」
蘆屋さんの言うことももっともだった。まるで壁に穴が開いて、奥に人が立っているように見える。
映っている白髪の老人が言う。
『キミガ、カゲヤマクン、ダネ? ワタシハ、イオン・ドラキュラダ』
相変わらず知らない言語の音声が流れると、同時に意味が脳に流れ込む。
「イオン・ドラキュラ? この前、日向さんが言っていた寝たきり老人?」
一瞬、映像の中の老人が、俺の言葉に反応したような気がした。
『コレハ、キミイノチヲマモルタメ、ハケンシタアンドロイド、マリアダ』
「このアンドロイド、マリア? っていうのか。おじいさんが派遣してくれたのはいいけど、なんでアマ箱に入っていたの? Amaz〇nで購入したから?」
映像の中の老人の眉が、言葉に反応して動いたように見えた。
「気になるのはそこじゃなくて『命を守る為』ってところじゃないの? あんたはなんで命を守られなきゃならないのよ? 命を守るって、裏を返せば、狙われているってことじゃないの?」
『ソノトオリダ、アシヤクン』
「えっ? あたしの言うことに反応したよ? これもしかして、単なる動画じゃないの?」
『コレハ、タンナルエイゾウデハナイ。クラウドジョウニアル、ワタシノインスタンスガ、インタラクティブニツクリダスエイゾウダ』
不明な単語を連発されて、俺と蘆屋さんは黙ってしまった。
しばらく間をおいて、おでこに手を置いて、白髪の老人はうつむいた。
『……スマン。イマノハ、リカイデキナクテモイイ。ソレト、マリアハダンジテAmaz〇nデコウニュウシタノデハナイ。ワタシノオリジナルダ。ハコヲハイシャクシタニスギナイ』
白髪の老人はマントを広げ、両手を左右に開いた。
『ソンナコトヨリ、サエジマクンカライライヲウケテイタ、ヨンセイジンノモクテキガワカッタ』
「四聖人って、あのエリーとか、トーマスとかの?」
と俺が言うと、イオン・ドラキュラが反応する。
『ソウダ。ピート、エリー、エリック、トーマスノヨニン。ヤツラハ、コノクニノレイリョクヲ、ウバイニキタ』
「この国の霊力って?」
『アルカショニ、ヘンザイスルレイリョク、ソレヲモチカエルノダ』
「日向さんも言っていたけど、それってあの屋敷?」
『ソウダ。ソシテオマエダ、カゲヤマ』
映像の中のイオン・ドラキュラは、ビシッという感じに俺を指差してきた。
『レイリョクヲカイフクシテ、フタタビキセキヲオコシ、キョウダンヲフッカツサセヨウトイウコトラシイ』
「……いいんじゃないですか? 霊力なんてくれてやれば」
『バ、バカヲイエ……』
イオン・ドラキュラの指差していた手が震え始めた。
『ココカラレイリョクガナクナッタトキ、ナニガオキルノカカンガエタコトガアルノカ?』
俺は蘆屋さんと顔を見合わせた。
「知ってる?」
蘆屋さんは首を振った。
『タシカニ、イマノゲンジョウモヨクナイ。ヨクナイナガラモ、バランスはタモタレテイル。シカシ、ヤシキノレイリョクガウシナワレレバ、コノクニハフタタビダイサイガイニミマワレル』




