(26)
病院側からストレッチャーを持ってきて、除霊事務所か搬送する。
先日あった急患と同じだ…… この機械…… この|機械(GPA)はいったい何をするものなのか。
「たぶん……」
冴島さんは少し考えているように時間をあけた。
「おそらくだけど、その除霊士がそもそも降霊して、その女の人をいいように扱えるように仕掛けたんだわ」
赤井さんはうっすらと涙を浮かべていた。
「そういう事件があったらしい、という情報が知っている。その除霊士…… いえ、除霊士もどきの人物は特定出来ていないけど」
「私、勤め先だったので住所は……」
冴島さんがスマフォを使ってその住所を調べる。
冴島さんは首を振る。
「……病院はあるわね。除霊事務所はなくなっているみたい」
赤井さんは唇をぎゅっとむすぶ。
「……くやしい」
「うん」
赤井さんと冴島さんが同時に俺を見た。
「俺はまだ除霊士見習いですが、絶対、その犯人を見つけるよ。そんな男に除霊士を名乗らせてはいけない」
「ありがとう」
「影山くん。そういう、お気楽な発言は人を傷つけるわよ」
赤井さんは笑った。
「いいんです。そう思ってくれる人がいるだけでも、私うれしいです」
「影山くん、責任重大よ」
「ええ、頑張ります」
「という、ことなんで、GPAってかなり人体に負荷をかけていると思うんですよね。カゲヤマさんは大丈夫なんですか?」
「影山くんの場合はかなり特殊だから、一般的な人間の常識は当てはまらないかもね」
「あ、あの、冴島さん……」
「……良かった。ちなみにカゲヤマさんって、タフなんですか?」
「タフなんじゃない」
「フフフ……」
赤井さんが口元に手を当てて笑った。
「何、その変な笑い方」
「なんでもないです。いいなぁ、私もタフな彼氏が欲しいなぁ」
「何、急に彼氏、とか」
「別に。フフフ……」
赤井さんは立ち上がって、扉の方へ行くと、
「お二人の時間を邪魔してごめんなさい」
と言って出て行った。
「えっ?」
どういう意味だ、と俺は思った。
冴島さんは扉の方を向いたまま、俺の方に向き直らない。
冴島さんの横顔をみていると、少し頬が赤くなっている気がする。
「冴島さん、今のどういう意味ですかね」
「は? 私が知るわけないでしょ」
「……なんで怒るんですか?」
横目で見ている冴島さんに、押された。
「あんたが馬鹿だからでしょ」
「俺ってタフなんですかね」
「だから知らないわよ」
「冴島さんがそう言ったんじゃないですか」
「見た感じよ」
さっきから冴島さんは視線を合わせようとしない。
さらに頬が紅潮しているように見える。
「えっ? 俺の見かけが?」
「裸を見て思ったわけじゃないんだから!」
バシッと、叩かれた。
確かに冴島さんの家が焼けた日、俺は除霊の為に裸に剥かれてお祓いされたことがある。裸は見られたことがないわけじゃない。
「???」
冴島さんは立ち上がると、電話を掛けた。
そして部屋を出ていく。
「じゃあね、影山くん。明日退院できるそうだから、また明日」
「は、はい」
バタン、と扉が閉まった。
俺は上体を勢いよく倒して、仰向けになった。
赤井さんの敵、除霊士の風上にも置けないやつ、そいつのことで頭がいっぱいになった。
どうすればそいつを見つけ出し、捕まえることができるのだろうか。
退院した日の夕方、俺は居酒屋にいた。
胸を刺された居酒屋でも、手を貫かれた居酒屋でもなかった。冴島さんが斡旋してくれた、新しいバイト。しかも、除霊の業務が伴わない仕事だった。
『あの看護師の言っていた除霊士を探るのは一回忘れなさい。今、あなたは紫宮という女、エリーとかいう謎の外国人、トウデクアという集団、それだけの相手と対峙しているのよ』
『……』
俺が答えないでいると、冴島さんがメモを渡してきた。
『じゃ、ここに書いてある居酒屋でバイト。今回は除霊の仕事とはかかわりがないから。目いっぱい働いて忘れなさい。エリーとその集団やトウデクアに関しては、しばらく私達でやるから』
『そ、そんな……』
『いいから』
そう言って手をかざされた。
おそらく冴島さんの命令が入ったのだろう。
俺は大学近くのこの居酒屋に、なんのためらいもなくバイトに入っていた。
「はい、いらっしゃい」
入口を振り向くと、驚いた顔をした若い男女がそこにいた。
「えっ、影山?」
「影山がここでバイトしてるって」
「影山君、意外とその格好似合うじゃん」
大学の知り合いだった。
バイト先で知り合いと出会うなんて。何か嫌な予感がする。
「知り合いにはサービスとかあるんだろ?」
「えーーうれしい」
俺は人差し指を立てて口に付けた。
「(黙って)」
これだ、これがその予感だ。
「(なんだよ、一品ぐらいサービスしろよ)」
「……」
これは店長に掛け合って、一品タダで出さなければならないだろう。問題は、入ったばかりのバイトがそれをして良いか、というところだ。過去の経験からして、無理な話だった。
「あのさ、俺、今日からこのバイトに入ったから無理だよ。店からの信用ないし」
「けど、俺たち友達だろ?」
知り合いで会って、友達じゃないよ、と言い返せなかった。実際は知り合い以下の関係なのに。
「いいじゃん、影山君。ドリンク一杯サービスでもいいから」




