(24)
脳に果たして時間軸があるのかは、分からない。
次第に、その気配の部分を思い出していく。
あの屋敷で起こった出来事。
いや、出来事のほんの一部だろう。
さやかが、楽しみだ、と言っていたカレンダーのあの日。
俺とさやかは、父に呼ばれ、二階に上がっていく。
灯りが消され、暗い部屋に待っていたのは、頭にハチマキをしている男。
ハチマキにろうそくが二本止められ、ろうそくの炎だけが部屋を照らしている。
暗かったが、部屋には何もなく床に何か赤い模様が描かれていることはわかる。部屋の中央はその模様だけ。
俺とさやかがゆっくりと部屋に入っていくと、部屋の端にいる、その男が立ち上がる。
『来たか』
振り返ると、それは父…… 父だった。だれが自分の父親がろうそくを頭につけ、部屋で待っているのを想像するだろう。
小さい悲鳴に似た声を上げて、さやかが俺の腕を抱えるようにして体を寄せてくる。
正直、俺にもさやかの分の恐怖を引き受けられる余裕はない。
これからここで何が起こるのか……
うっすらと見える、父の手が赤くなっている。血だ……
俺は床の模様が、父の手から流れている血で描かれていると感じた。間違いない。
「なんか、カゲヤマ唸ってるんだケド」
橋口がノートPCの近くにいる二人に訴える。
「ねぇ、やばいんじゃない?」
より強くなる言葉に、ノートPCの側にいる冴島がうなずく。
「もうやめましょう」
ノートPCのパッドを操作しているエンジニアにそう言う。
「まだ記憶が見えてませんが……」
「被験者の状態があぶないから」
「人の体に医学的に何かをする機械じゃないです。記憶を読みだしているだけですから、大丈夫ですよ……」
がちゃがちゃした歯並びを見せながら、エンジニアはそう言う。
自らの好奇心を満たすまで、やめるつもりはない、ということなのだろう。
「人の記憶を探査するのは…… しかも霊的な…… こっちの判断に従ってもらいます!」
「だから、大丈夫ですって」
「麗子!」
影山の近くにいる橋口が、そう叫ぶ。
「終了します!」
冴島はエンジニアの体を押しのけて、制御ソフトを終了させた。
「あっ……」
エンジニアはムッとした表情をみせる。
GPAの青白い光がゆっくりと消えて行き、影山の体が円筒部分から外に滑り出てくる。
冴島と橋口は急いで影山の拘束を外す。
何かが圧迫しているかのように影山の息が荒い。
「……」
冴島がエンジニアを睨みつけると、エンジニアは視線をノートPC側に移す。
「影山くんに何かあったら、あなたの会社を訴えますから」
エンジニアはノートPCを閉じると、バッグに片付ける。
「……」
そして無言で去っていく。
「麗子、どうする?」
「とにかく医者に」
俺は病院の個室で目が覚めた。
すぐ病室だと分かったのは、過去何度かここにに入っているからだった。
ノックの音がして、返事をすると、看護士が入ってくる。
「この病衣室に入ったって聞いて、もしかして、と思ったら」
髪の短い、若い看護士だった。いつもここで看護を受けていた。
「また、今回も偶々勤務でしたか?」
「……まあ、そうだけど。それとも、もしかしてあなたの方から狙ってきているの?」
「狙ってこれるものなら、そうしたいです」
「へぇ……」
看護士はにっこりと笑った。
「それにしても、よく倒れるわね。検査上はいつも問題なし、なんだけど」
「病院の人に聞くことか迷ったんですが」
「なに?」
「過去、ここにくることになったのはGPAという機械にかけられた後なんです」
看護士は、目を丸くした。
「……GPAって、もしかしてゴーストフェノミナアナライザー」
「あれ、ご存知なんですか。それです」
まさかGPAを知っているとは思わなかったので、俺もびっくりした。
「じゃあ、くるところを間違えているかも。実は、この病院に来る前、勤めていたところではGPAに掛けられた患者をよく見たわ」
「えっ、本当ですか?」
看護士はあごに指を付けた。
「ちょっといい…… さっき、あなた、何度もその機械にかけられたって」
「ええ、そうですが……」
「しかも倒れるほどGPAに掛けられている…… ってことは、すごいタフなのか、超鈍感かどちらかなんだわ」
「どういう意味です」
「守秘義務があってあまり詳しいことは言えないんだけど、その病院ではGPA……」
ノックもなく扉が開いた。
「その話、詳しく聞かせてもらおうかしら」
「冴島さん」
看護士はパッと口に手を当てる。
「今の…… 聞いてたんですか?」
冴島さんが首を縦にふる。
そして看護士に懇願する。
「お願い。誰がリークしたかは絶対に口外しない。謝礼も支払う」
「……」
看護士は謝礼の話を冴島さんと始め、二人で部屋の隅に移動した。おそらく現金の授受をしているのだろう。
そして戻ってくると、俺はベッドの上で上体を起こすと、その横に椅子を並べて二人が座った。
「ちょっとその病院の話をしましょうか。少し長くなりますが」
そう前置きすると、看護士は話し始めた。
その看護士、赤井さんはある病院に勤めていた。
病院は精神病院で、隣の除霊事務所と経営者が同じだった。
GPAはその除霊事務所で使用されていた。
「隣の除霊事務所で倒れたみたい。急患よ」
「はい」
「かなりの興奮状態で倒れている。鎮静剤投与の可能性があるから、準備して」
「はい」
ストレッチャーで運びこまれた患者を先生が慌てて診断する。
案の定、鎮静剤を直接血管に投与する。
患者は大声を張り上げ、顔じゅうの筋肉が引きつったようにあらゆる方向に引っ張られていて、とてもじゃないがナチュラルな表情とは言い難い状況だった。
鎮静材が聞くと、顔の筋肉も弛緩して落ち着きを見せる。
赤井がが先輩看護士に聞く。




