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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
七部 第一章

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495 MMIWG2SLGBTQQIA+

 心の底から、非の打ちどころのないホモになる。アリスは俺にそれを求めていた。ハンマーヒル主催の演劇大会に出場するためだそうだ。ウォーク運動の活動家と化したアリスがそんな催しに参加すると決めたなら、たぶんお目覚め界隈の盛大なイベントかなにかなのだろう。


「いいわね? 私はなんとしてでも演劇大会で優勝がしたいの!」とアリスは活動家特有の目玉が飛び出るほど目をひん剥く顔で言った。「アリス王国が世界で一番多様性に満ちたジェンダーレスのクィア・コミュニティだと認められるために、あなたも一肌脱いでちょうだい!」


「それで、俺にホモの役をやらせるわけか……」


「そうよ! けれど審査員はシスジェンダーの前時代的な驕りをきっと見抜くわ! だからあなたは役を超えたホモになってほしいの! 具体的には、保毛尾田保毛男をイメージするとわかりやすいわ!」


「そんな古いのよく知ってるな……。ってか、あれ今めちゃくちゃ怒られるやつだろ……。なら、お前はどんな役をやるんだ? どうせお前が主役なんだろ?」


「馬鹿言わないでちょうだい!」とアリスは目を見開いて言った。「世界一可愛い私が主役なんかやったら、ルッキズムに侵された反トランスジェンダーだと思われちゃうわ! 私は自認がアルパカのチョイ役よ、それと監督と脚本家とプロデューサーを兼任してるわ!」


 自分が世界の中心にいると信じて疑わないこいつにしては、なかなか思い切った決断だ。一度でも端役を経験して全体を見渡すことで――喩えるなら、冥王星あたりから太陽を俯瞰してみることで――、今後の自己意識的な成長に繋がるかもしれない。しかしアリスはそれでいいとして、俺はとてもじゃないが演劇なんてやれる気分じゃなかった。ホモ役だろうが、ロミオ役だろうが、マクベス役だろうが、そんなものに心を費やせる状況じゃない。俺はいつかソフィエさんを殺す……。そんな未来をなんとしてでも回避するため、なにができるか考えなくてはならない。


「じゃあ、ここでざっとあなたの役柄を説明しておくわ」とアリスは俺の心境と沈んだ目線に取り合わず言った。「あなたはマイノリティーへの配慮を怠って財産をほとんど失った辺境伯の五男よ。『ちっくしょー、腹減ったなあ……。家長制度のせいで残った金も俺の手元に降りてこないし、シスジェンダーの築いた物質主義の狂った現代は生き辛いぜ~』、このセリフとともに舞台袖から歩いてくるの」


「なんだよそのセリフ、政治的過ぎないか……?」


「それで酒場に入って、カウンター席でたまたま隣り合ったドラァグ・クイーンと話すの。『エム・エム・アイ・ダブル・ジー・ツー・エス・エル・ジー・ビー・ティー・キュー・キュー・アイ・エー・プラスの大切さについて、きみはどう思う?』、こう訊いてちょうだい」


「え、なんだよそれ、エムエムアイ……なんだ?」


「エム・エム・アイ・ダブル・ジー・ツー・エス・エル・ジー・ビー・ティー・キュー・キュー・アイ・エー・プラスよ! あなたエム・エム・アイ・ダブル・ジー・ツー・エス・エル・ジー・ビー・ティー・キュー・キュー・アイ・エー・プラスも知らないの!?」


「いや聞いたこともねえよ! それに覚えられねえよ!」


「とにかく、あなたがエム・エム・アイ・ダブル・ジー・ツー・エス・エル・ジー・ビー・ティー・キュー・キュー・アイ・エー・プラスの尊さをドラァグ・クイーンと分かち合っていると、バーテンダーが話に混ざってくるのよ。『実は私、インクルーシブ教育の盛んな素晴らしいダイバーシティ国家アリス王国出身でして』って、審査員席を一人ひとり見つめながら発言するの」


「唐突に多様性ポイント稼ぎにいくのやめろよ……」


「このバーテンダーはファシズムと戦うシビル・パートナーシップの両親を持った、身体がBで心がA、それでいて好きなタイプはAのBなの。要するに、Bの身体的特徴を持つゲイってことよ。この役はソフィエにやってもらうことになったわ!」


「いろいろごちゃごちゃで全然わかんねえよ……。てか、来たばかりのソフィエさんまで巻き込むのか?」


「ストーリーにおける重要な人物だし、ちょっと難しい役どころなの。この役者のナラティブによって、演劇に深みと説得力、それに真の客観性が生まれるわ。だから、舞台慣れしたソフィエが相応しいのよ! ホモのあなたとトランスジェンダー・カップルになって、先入観に捉われたナショナリスト的権力と議論で戦うの。最後は凶刃に倒れたあなたにキスをして、レインボーフラッグの力で死地から救い出すわ!」


 なに、と俺は思った。一気に興味が湧き、テンションがMAXまで上昇した。顔のニヤつきを抑えるのにかなり苦労する。渇いた唇が潤いに満たされていた。


「……いや、でもソフィエさんはなんて言ってるんだ? 優しいから露骨に嫌がることはないだろうけど、べつに乗り気ってわけじゃないんだろ?」


「そうね、どちらかと言えばすごく露骨に嫌がっていたわ。けれど、物語の締めくくりにどうしても必要なシーンだと説得に説得を重ねたら、かなり渋々ではあったけれど、ようやくOKしてくれたわ」


 俺はシュンとなった。口腔が一気にパサパサに乾いていくのを感じた。


「とにかく、もうあまり時間がないのよ!」とアリスは言った。「本番は三日後よ、夜七時にハンマーヒルからハンプシャー財団の審査員たちが来るわ。だからあなたは今すぐソフィエと読み合わせ稽古に入ってちょうだい! それと、あなたのシーンはほとんどソフィエと一緒なのだから、本番までできるだけ離れないで生活するのよ。いつでも呼吸を合わせて演技できるようにしておいてちょうだい!」


 アリスは活動家然とした調子でそう捲し立てると、テーブルに置いてあった鼻輪をさっと鼻にかけた。それから座布団から立ち上がり、玄関までの数歩を蛍光色のモヒカンを揺らしながら歩いた。靴を履いてから一度だけ振り返る。目を見開き、上唇の端を限界まで吊り上げ、「帰って来てからそうそうに休めるなんて、家長制度の抜けない男様は良いご身分ね!」と言い残し去っていった。





 再び畳の上で横になり、うだうだと考える。俺はいつかソフィエさんの首を刎ね飛ばす。真っ赤な彼岸花の咲く場所で……。老婆に予言された未来の場景が、また脳裡に鮮やかに繰り返される。暫定的に使役されるのは、いつだって鎌鼬だ。首を刎ね飛ばすという表現がそのままなら、きっとこの幻獣で間違いないのだろう。これまでに数え切れないほどの死ビトを葬り去ったように。


 演劇の出演については断ることに決めていた。アリスにはわるいが、本当にもうどうしようもなくそんな気分にはなれなかった。しかし、ほかに協力できることがあれば協力しようと思っている。思想がどうあれ、このショッピングモールに集まった大勢の人間でなにかを目標に定め、最後までやり遂げるのはきっと良いことなのだろう。ここには身寄りのない小さな子供たちが何人かいる。余生を故郷の村で過ごせなくなった老人たちが何人もいる。こういったイベントを通じて、少しずつここが第二の故郷ふるさとだと思えるようになっていくものなのだろう。国王ぶったバカのアリスだが、そういう意味ではほかの誰よりも国王に相応しいのはあいつなのかもしれない。


 俺は起き上がり、靴を履いて外にでる。配役の都合もあるだろうし、早めに辞退しておくことにする。ジャオンのバックヤードから出ると、フードコートで年寄りたちが集まって話をしているのが見える。ゴシック調のドレスに身を包んだお爺さんもいれば、英国紳士のような恰好をするお婆さんもいる。みんなすごく楽しそうにしている。きっと、一種の仮装大会のようなものだと考えているのだろう。満足そうに肩を切って歩くドラァグ・クイーンの老人とすれ違う。


 アリスはジャオン二階の休憩所にいると、派手なロック風のメイクをした老人が教えてくれる。俺はエスカレーターを使ってそこまで歩いていく。しかし、目当ての場所にはアリスではなくソフィエさんがいる。一人でこちらに背を向けてベンチに座っている。


 俺は思わず立ち止まり、少し考えたあげく後ずさる。ソフィエさんの近くにいるわけにはいかない。ショッピングモールに彼岸花なんてどこにもないが、ほくそ笑む悪魔が気まぐれに笛を吹くかもしれない。あるいは人に奇跡を見せたがる神が杖を地面に突くかもしれない。それで突然、ここに彼岸花が真っ赤に敷き詰められないとも限らない。俺は踵を返す。なんにせよ、ソフィエさんとは距離を取っておかなければならない。


「あれ、ウキキ行っちゃうんだ?」


 しかし、ソフィエさんは俺の背中に声をかけてくる。振り向いた様子はなかったはずだ。なぜ俺だとわかったのだろう? 俺は肩越しに背後を顧みる。やっぱり彼女は少しもこちらを見ていない。


「なんで……俺ってわかったんだ?」と俺はソフィエさんに訊く。今度こそしっかり振り返り、彼女は言う。


「なんでだろ、ウキキの足音ってすごくわかっちゃうの。こんな綺麗な床の上でも、土の上でも、石畳の上でも、飛空艇の甲板の上でも。なんだかほかの人とは違う特別な音に聞こえるみたい。それを聞くと、私ちょっとだけ嬉しくなっちゃうの」


 赤みがかった髪が人工的な光の下で輝いている。自由に遊ぶ毛先が空調の風に揺れている。ゲームコーナーの明るい音楽が、彼女の言葉の余韻と美しく融合していく。俺の視野の中心で、ソフィエさんは柔らかい笑みをたたえている。


 俺は彼女に恋をしている。これだけは、本当にもうどうしようもないみたいだ。


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