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27 友達

 さて、私にしては珍しく小回りが利く相手と戦ったわけだけど(今まで大人ばっかりだったし)、勝ったんだか負けたんだか分からない勝負になってしまった。勝ってたとしても負けてたとしても、どっちにしろ今二人と話せているんだからいいと思う。

 二人はユアンに剣呑な視線を送ってるけどね。

 二人がユアンに向ける敵意と殺意に満ちた視線を全く怯む事無く受けているユアンの方が、怖いけど。


「それで?俺達に何を聞きてえんだよ」

「別に何も。ただ話したかっただけ」

「だから、何を話したいのか言ってもらわねぇと俺も分かんねえの」

「じゃあ、私も知らない無種族狩りに対する事を聞きたいかな」

「!」

「それは、断るの。それに対して淡々と語れるほど、私もお兄ちゃんも割り切れてないの。特に、その男が居る前では――なの」


 えー…。

 それを聞きたかったのに。やっぱりユアンには席を外してもらっておいた方がよかったのかなあ。でも、ユアンが居ないとさすがに私も不安だし…って。


「私いつの間にユアンの事信用してんのよ…」

「は?なんか言ったか?」

「何でもないよ…何でもない…いつの間にか敵を認めてた気がする…」


 悔しい。会ったばっかの時はすごく尊敬してたのに。逆に、尊敬してたのに裏切られた感がすごい。考えてみれば、私が敬語使わなくなった辺りから二人とも遠慮が無くなったって言うか…。


「ミルヴィア様の信用を勝ち得て光栄です」

「それをお兄様の前で言って痛めつけられればいいのに」

「そうですね、今度言わせて頂きます」

「言うな!」


 こっちが怖いわ!


「いちゃいちゃしてるとこ悪いけど、私も暇じゃないの」

「暇じゃない、って、何が?」

「それは…」


 狐ちゃんは少年の方をちらっと見て、言葉を続けるかどうか迷ってるみたいだったけれど、少年が小さく頷くと言葉を続けた。


「主を探す事なの」

「主を?」

「そうなの。私達より強くって、私達の意思を汲んでくれる人――なの」

「それは、私ではだめなの?」


 これほどの人はそうそういないし、それに私もこの二人が好きだ。実力どうこうとかもあるけど、何だろ、雰囲気とかでもなく、うん、やっぱり…


「私、あなた達の私に対する感じが、好きだな」

「感じ…?」

「うん。私にそうやって堂々と意見してくれる人って、今のところ三人だからさ」


 多分お兄様とユアンとエリアスがイレギュラーなだけで、普通あんなざくっと意見言わないと思うんだよね。

 そのためにも、今から『子供』の私に意見してくれる人を集めておきたいんだけど。


「うーん、難しい、の。やっぱり人が代わっていようと、魔王は魔王なの」

「そうだよね」


 難しいよね、やっぱ。


「でも、真名は付けられないけど」

「真名?」

「真名。あれ、魔王なのに知らないの?」

「うん」

「あれなの。吸血鬼が眷属を作る時に使う、真の名の事なの。でも、普通の名前じゃないの。呼び名と真名は違うの」

「んー?」


 分からない。「の」が多すぎるせいか、すごく頑張って狐ちゃんは説明しようとしてるけど、難しいっぽい。


「例えば、呼び名はミアとして」


 なんで呼び名をミアとするんだ?


「でも、真名はラッヂとか」

「ごめん、分かったけれど分からない」


 つまり、名前は呼び名。真名は普通は使わない。

 本に書いてあった「すべての名前は呼び名とは違う」と同じだな。その違う呼び名が真名なんでしょ。


「オッケー、分かった。で、何を言いたいんだっけ」

「つまり、俺らの真名は譲れない。ただし、呼び名は自由に個別名を付けてほしい。それが俺らの主に対する要求。分かるか?」

「なんとなーく」

「要領を得た説明をしよう。名前とは人間が他と区別を付けるための記号である。真名とは、神が人に与えた個性である」

「なるほど」


 少年は説明が上手いらしい。なんでだろう。やっぱりお兄ちゃんだから?っていうか、私と同じくらいなんだけど。私普通に話してたけど、五歳でこんなに話せるってスゴイよね。忘れそうになってると思うけど、私一応十八歳ですからね。


「だから、お前の真名は他って事」

「真名を知る方法ってある?」

「吸血鬼なら知ってるだろ」

「知らない」

「思いつく名前、もう一つないのか?」

「あるけどない」


 あの名前は捨てたんだ。もうない。それに、あの名前はもう『私』だけの物だから。私はもう、貰えない。眷属造りは諦めるか。


「俺は嫌だぜ。こんなとこに留まるなんて、猫のする事じゃねえや」

「一応は人間でしょうよ」

「まあな。お前だって蝙蝠だと言われたらそれまでだろ?」

「私はまだ、蝙蝠になった事はないよ」

「へえ、意外だな。全部試してると思ってた」

「『吸血』と『五感強化』なら試したよ」


 少年は五感強化ね、と呟くと私に向かって魔法を放った。不言魔法の水弾。私はそれを、バリアを発生させるのではなく、ユアンの剣を使って放った。ちょうど手の届く位置にあったからね。剣を一閃させて水弾を両断すると、少年が頷いた。


「そこでバリアを使わないか。好感が持てるな」

「えらそー。ユアン、返すよ」

「水に濡らしたまま…良いですが」


 私は知ってる。ユアンの鞘には血や水を払拭する作用があるって事を。実際、いつまで経っても剣は古びたり錆びたりする事はないらしいし。剣の一族に代々伝わるのは剣だけじゃなくて鞘も、らしい。


「そんで?俺らを仲間にしたいんだ」

「まあね、端折ると」

「?」

「どっちかって言うと友達かな。そっちの方が拘束力がないでしょ?」

「自由をくれるんだったら、考えてやってもいい」

「自由なんていくらでもあげる。なんだったら、魔王・ミルヴィアの眷属を名乗ってもいいよ?」

「それは自由から程遠いな」

「そう?良いと思ったんだけどな。それだけで無条件に解放されるとか…ない?拉致された時とか、結構使えるかもよ?少年」

「その呼び方、面白いな。俺は好きだぜ。こいつはどう思ってるか分からないけどな」


 狐ちゃんを見て、少年はにっこり笑った。狐ちゃんは尻尾を千切れんばかりに振っている。本当に、お兄さんっ子なんだ。私もお兄様が居るから分かるけど、やっぱり兄妹っていいよね。


「で、お前は俺に何をくれるの?仲間になったら」

「友達に利益は生まれないよ、少年」


 静かな睨み合い。狐ちゃんはユアンを睨んで、ユアンは静かに狐ちゃんを見てる。ユアンが眼力も実力も一番強い。少年は私を見て、私も少年を見る。

 少年は狐ちゃんの方を見て、ふっと笑った。お兄さんっぽい笑い方だ。

 

「よし、分かった。じゃ、何かあればこれを使え」


 少年はズボンのポケットから丸い物を取り出すと、私に差しだしてきた。身を乗り出して、受け取る。コロコロとした、小さい物だった。

 

「なにこれ」


 渡された黒い鈴を見て、首を傾げる。鈴はチリン…とわずかな音を立てた。綺麗な鈴だ。


「俺達はここにも魔王城にも来ないぜ。ただ、呼ぶ権利だけはやるよ。それを思いっきり鳴らせたら、俺にしか聞こえない高い音が出る。だから、音が出ない時は呼べたと思ってもらっていい」

「うん、分かった。ありがとう」


 猫だね。仲間には、なってくれるみたいだけど。それだけでも十分かな。


「私は無条件でお兄ちゃんに付いて行くの。私だけを呼ぶときは、普通に叫ぶの」

「え、何て?」

「『狐ちゃん』」

「…」

 

 気に入ったんだね、狐ちゃん。

 あーっ、それにしても疲れた。さっきの戦闘より、心理戦の方が疲れたような気がする。それにしても、よくあんなにあっさりと了承してくれたな。私も魔王なのに。


「吸血鬼も魔王に討伐された種族だからさ、その情けで」


 聞いてみると、そんな返事が返ってきた。

 なるほどね、魔王よりも吸血鬼の方に重きを置いたってわけか。さっき私が種族を名乗る時、吸血鬼側の種族を名乗ったからかな。そうだとしたら、とんでもないファインプレーだよね。さっきの私、ナイス。っていうか、純粋に魔王の種族が分からなかっただけだけど。


「じゃあな、戦友」

「いつから戦友になったの!?」

「しばらく、お前の名前のお世話になるぜ?」

「はあ…分かったよ。じゃあね」


 少年は狐ちゃんに目配せすると、立ち上がって窓際まで行った。ガラッと窓を開けると、狐ちゃんがひらりと手を振る。


「またいつか、なの」

「またね」


 髪と服を靡かせて、二人が窓から飛び降りる。怪我をしたりはしないだろう。私は居なくなった窓際を見て、なんとなく、寂しい気がした。


「ミルヴィア様、どうしますか?」

「どうって?」

「真名が分からないのでは、眷属を使えません。吸血鬼の第二の刃が使えないというのは、少々…不便かと思うのですが」

「え、ホントに?」

「はい。それに、あの二人が裏切らないとも限らないでしょう?」

「それは…」


 私は、前世の私の考えを思い出した。

 

『友達なんて信用できない。私がその子に気を使わなきゃいけないし、もしうっかり何か言って言い触らされたら面倒だ』


 …私、成長したのかな。


「友達として、信じないとね」

「…そうですか」


 ユアンは納得がいかない様子だったけれど、引き下がった。ユアンも窓際に目をやる。


 二人が来たことに関するお兄様への言い訳、考えておかないとなあ…。

閲覧ありがとうございます。

真名と呼び名は違うとだけ分かってもらえれば。

次回、お兄様とお話します。

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