勇者編 勇者の思い
尖った塔の多い王城。その中の中部、小さな物置――の、隣の部屋。
そこは居間、そこから繋がる寝室、もう片方の扉からは書斎。書斎には僕が幼い頃に読んでいた絵本も、家庭教師が無理やり置いて行った歴史書もある。僕はたまにそこで暇潰しをする。後ろから差し込む日を浴びていると、何だか、政務ばかりに追い回されている父上が可哀想になってくるのだ。
黄昏時。僕は書斎に座ったまま本を読んでいたけれど、背後の窓から差し込む日は段々と赤く、朱色になって行き、文字を読むには暗くなってしまった。僕は本を閉じて、本棚に戻す。
あと二日で虎月だ。虎月になれば、ミョルの間で舞踏会がある。他国の姫も来るみたいだし、僕に見合う人が居ればいいけど。
居間に行くと、ランプを点けて部屋を明るくする。本が読めるくらいに明るくはないものの、多少の自由は取れる。僕は椅子に腰掛けると、魔王の情報を思い出していた。
艶のあるさらさらとした黒い髪。僕とは相反する。
くるっとした丸い、静かに前を見据える黒い目。僕とは違う。
小柄な体。細い四肢。細く綺麗な指先。剣など握った事もないのだろう。
僕は小さい頃から王子で勇者だったけれど、魔王は生まれてから空白の五年がある。その分僕は知識も何もかも先を言っているつもりだった。なのに、魔王は賢い。魔王は尊い。魔王は強い。魔王は、美しい。魔族では常識らしい。すべて、人族領に来れば極刑ものだ。
怒りが沸々と沸いてくる。唇を噛み、目の前の絨毯を睨む。
結局、最後に勝つのは勇者じゃないか。結局、最後は魔王は勇者に討たれるじゃないか。
何が賢いだ!何が尊いだ!何が強いだ!何が美しいだ!
昨日聞いた家庭教師からの知識が、僕の安定を邪魔する。そんな事さっさと忘れればいい。なのに忘れられない。だけれど、母上が申してくれた事が僕を安心させる。
『魔王なんて汚い種族なのよ。知っている?魔王の種族はね」
「王族・王種…ローレンド」
王族・王種は僕と同じだけれど、ローレンド。始祖を意味する最後の言葉は、人を示すもの出なくてはならない。対して、僕、勇者は。
「勇族・賓族・ピスレッド」
ああ有難い。ピスレッド様。世界を救ったと神話で伝わる、貴き神。
ピスレッド様が持った剣を、僕は持つ。持って魔王を討つ。魔王を討って平和を取り戻す!
自分の使命が楽しい。世界を救うという使命が。嬉しいし、それよりも楽しいのだ。平和を取り戻し、邪悪を討つというこの使命が。楽しい。もし救えなかったらなんて事は考えない。救えなくとも、救えなかった年に然したる被害はないのだし。
黄昏時は魔獣がよく出ると聞く。その間、現と夢との間がぼんやりとなるからだそうだ。現か夢か分からなくなった魔獣は発狂し、ほんの三十分間だけ、獣らしく獲物を探し、がっつく。実際今は、窓の外から獣の雄叫びが聞こえていた。森からかなり遠い位置にあり、獣の声がそうそう聞こえない城にまで聞こえてくるというのだから、ウルードか何かだろう。
僕は立ち上がって、窓から外を見る。もうウルードの鳴き声は止んでいた。ぽつぽつと点いている明かりが目に付く。カーテンを閉めた。カーテンから暗い月明かりが差すのも好きではあるが、やはり曇っている日は中途半端な光を浴びたくない。それに、静かな月明かりよりも燃え盛る太陽の方が僕は好きだ。
鬱陶しい事この上ない。いつもは綺麗な月明かりが鬱陶しく感じるのは雲のせいだ。雲など存在しているから、月が霞むんだ。雲が無ければ生活出来ない。知っていても、要らないと思えるのが雲だけだった。
本も読めないこの時間は暇だ。夕飯が運ばれる時間はまだ先で、寝るには早い。オードの間に行けば明るいし本が読めるのだが、オードの間は今の時間、明かりが消えているだろう。消えている時に行っても侍女が点けてくれる。それでも、オードの間に行くまで歩いて二十分もかかる。面倒くさい。
完全に日が沈むまでは、ぽうっとした蝋燭だけで過ごすのがシュトン教の教えだ。シュトン教はピストレッド様を崇めているただ二つの宗教だ。もう一つはピス教と言い、制限が厳しすぎる。だから、僕もシュトン教に入った。王子が一つの宗教に入れ込むのは良くないけれど、僕の場合は勇者扱いだから問題ない。今となっては、入った事を後悔しているけれど。
今日も勉強があったし、疲れていないと言えば嘘になる。しかしこういう時、僕はどうしても考えてしまうのだ。
――魔王を討った時の感覚は、どういうものなのだろうと考えながら、口元に笑みが浮かぶ。
ああ、やっぱり、楽しみだ。
閲覧ありがとうございます。
勇者の独白でした。ミルヴィアはこの時間になると、ほぼ間違いなく本を読んでますね。
次回は本編に戻って、ミルヴィア達のお話です。




