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いつもの帰り道  作者: 銀花
#04 ふたつの恋
16/33

 光は僅かに俯き、ポツリと呟く。


「あのさ……あまり喋ったこともない相手を好きになったりできるものなのかな。男子ってそんなもんなの?」


「いや俺に聞かれても。人それぞれだろ」


「そうなのかなぁ……私部活ばっかしてたから、恋愛とかよくわかんなくて」


 そう言って光は浅くため息を吐いた。だから恋愛に対する憧れや理想が人一倍強いような気もしていた。


「……俺も似たようなもんだよ。めぐみは幼馴染みで、付き合い始めたのも成り行きだったし。あいつ以外に付き合ってたのもいない」


 大和の呟きに、思わず足を止めた。


 薄暗くなった廊下で、遠ざかっていく彼の背を無言で見つめていた。


 少し離れてから、彼は気付いたように振り返った。


「どうした?」


 光はハッとしてかぶりを振った。


「……ううん。ちょっと驚いただけ」


「は? 何に?」


「貴方の方から、めぐみさんのこと話したから……」


「ああ」と呟いて苦笑を浮かべる彼の隣に、光はゆっくり並ぶ。


「昨日、大貴にも話したんだよ……一度誰かに話すと結構どうでもよくなるな。吹っ切れるというか」


「そう。……幼馴染みだったの、めぐみさん」


 二人はまた歩き出し、階段を下りていく。


「大貴たちほど長くはないよ……だけどこっち来てからしばらくは、大貴たち見てるのがキツかった」


「……仲いいもんね、あの二人」


 光は思わずふふと笑ってしまった。しかし大和は深刻そうに続ける。


「仲がいいってレベルじゃねーよ。どっちかがいなくなったら、確実にもう片方も崩れるぞあいつら」


「え? 栗原くんはしっかりしてるように見えるけど」


「大貴の方が依存度は高いと思うな。あいつは菜月ありきで生きてるって感じがする」


「……そう?」


 光にはよく分からなかった。

 菜月たちとは高校に入ってからの付き合いなので、見えていない部分も多いのは承知している。菜月の気まぐれやわがままに、大貴が付き合っている。そういった印象は今でもある。

 しかし光よりも前から二人を見てきた大和は、色々と気付いているのかもしれない。


「まあ菜月の許容範囲によるだろうけど。でも高校生になっても一緒にいる辺り、あいつらはいい具合に支え合ってるんだろうな」


 どこか羨ましそうに語る彼の横顔を、光は静かに見つめていた。

 菜月と大貴の関係に、自分たち――大和とめぐみ――を重ねているような、そんな雰囲気が感じられた。


 昔を懐かしむその表情が、光には見ていられなかった。いや、見ていたくなかった。

 見ていると、妙に虚しくなるのだ。


「……貴方って、未練があるよね」


「は?」


 大和の片眉がピクリと動く。

 彼の声に僅かに刺が混じり光は怯んだ。しかし息を大きく吸ってもう一度言う。


「めぐみさんだけじゃなくて、貴方にも未練はあるのよ」


 無意識に鞄を握り締めていた。


「何を言い出すかと思えば」


 くだらないとばかりに大和は言い、ふいと視線をそらした。


「未練があったらこんなことにはなってねぇだろ。どっちかっつーと、あるのは後悔だ」


 彼のつっぱねる言い方に光は何故か泣きそうになった。


 もう少し言いようがあるだろうに、どうしてそんな冷たい言い方しかできないの。大体、貴方がそんな寂しそうな顔をするからいけないのに。


 光は下唇を噛んだ。


 どうして自分は、この人のことを――。


「――――で」


「あ?」


 よく聞こえなかったらしく、怪訝

そうに大和が振り返る。


「だったら、私の前でそんな顔しないで」


 大和を一度睨み、光は彼を置いて駆け出した。



 校門を駆け抜け、路地に入って光はようやく走るのをやめた。

 大和が追いかけてくる気配はなかった。ホッとするのと同時に、少し寂しくなる。


 どうして大和と接する度にケンカっぽくなるのだろう。

 いや、話ができるならケンカでもいいと思っていた。素っ気なくても、壁を感じても、構わないと。


 ただ、菜月とケンカをするときの彼は遊んでいるような親しみが見られるのだ。

 自分は菜月ほど付き合いが長い訳ではないから、差が出るのはしょうがないことだと、比べるのも馬鹿らしいと判っている。

 でもその“差”を感じたとき、胸が痛くなるほど締め付けられ、苦しくなる。同時に親友である菜月に嫉妬している自分がどうしても許せなかった。


――でも、貴方の過去に私はいない。いないのよ。


 それが少し悔しくて、やるせなかった。




* * * * *




 次の日の放課後、人もまばらになった教室で大和がぼんやりと座っているのに菜月は気付いた。

 菜月自身は何をしていたのというと、どうせ家に帰ってもテレビを見てだらだらするだけだろうから、今日出された課題を解いていたのだ。残すは数学のみだ。


 一息入れたときにふと教室を見渡して、大和もまだ残っていたことを初めて知った。

 菜月は数学のプリントとシャーペンと、それから鞄からポッキーを取り出して立ち上がり、彼の前の席に腰を下ろす。


「ねえねえ、数学教えてくんない?」


「いやだ」


 大和が即答し、菜月は頬を膨らませた。


「お前が残ってるって珍しいな、ゲリラ豪雨でもくんじゃね」


「失礼な、私だってたまには勉強ぐらいしますよ」


「大貴は?」


「帰ったよ、何か用事があるんだって。光も先に帰っちゃったし。食べる?」


 ポッキーの袋を差し出すと、大和は無言で一本引っ張り出した。菜月も一本取って口に運ぶ。


「大和さあ、光とケンカでもした?」


 そう尋ねても大和は反応を見せず、菜月はため息を吐いた。


「光がさ、今日は落ち込んでたっていうか、昨日とは違う感じでピリピリしてたっていうか。こんなときって大体、大和が関係してるんだよ。もう参っちゃうよね」


「……何で菜月が参るんだよ」


 大和が眉をひそめる。

 またポッキーを摘まんで、菜月は数学のプリントに視線を落とした。


「だって光って私にもヤキモチ焼くんだもん、面白いから気付かないふりしてるけどね。今日もそんな雰囲気だったよ。まったく、光に何の話したのさ」


 そう言って、菜月はプリントの問いを読み、一問目から早速唸り始めた。夏期補習の課題はほとんどがセンター試験対策で、毎回似たような問題ではあるのだが、菜月にとってはレベルが高い。

 一頻り唸って自力で解ける可能性の低さを悟り、助けを求めるように顔を上げる。


 大和を見て、菜月は思わず目をぱちくりとさせた。

 彼は頬杖をついて、何故か少し照れくさそうにしているではないか。


「え、えー! 何々、さっきの嬉しかったの? 光が妬いてるってとこ?」


「……うるさい」


 そっぽ向く彼の顔を、菜月はしつこく覗き込む。


「そっか嬉しいのかぁ、へー。大和もそんな顔するんだねぇ。あはは、この前から大和がかわいいんですけど」


「かわいいとか言うな」


「だーって、光に他の男子が寄り付かないようにしてるでしょ。そんなに好きなんだったら、さっさと告っちゃえばいいのに」


 菜月はニヤニヤしながら大和をつついた。すると彼は盛大にため息を吐く。


「それができたら苦労しねえよ……第一、あっちは俺のこと嫌ってると思ってたんだから」


「ああ、そうだったね」


 ふふ、と菜月は苦笑する。


「いつから好きになったの? 私最近になるまで全然知らなかったよ」


 大和が一瞬こちらを睨んだ。しかしそれは単なる照れ隠しだとすぐ分かったため、菜月は笑いを堪えるのに必死だった。


「…………入学式」


「えっ!? 長い!」


 予想外な返事に菜月は思わず腰を浮かせ、椅子をガタガタと鳴らしてしまった。


「……の時に顔を見て、何か覚えてた。そんでお前と仲良くしてるのずっと見てきたから、自然に……ていうか」


「ほほう、ほほう、そうなんだ」


「でもあいつと話すといつもケンカ口調になるんだよな、言い争いみたいな……って何てこと喋らせるんだお前は……あーもう」


 脱力したように大和が机に突っ伏し、菜月は吹き出した。


 どんな時もすました顔でいる彼が、こんなに色んな表情をするなんて。

 荒れていた中学時のせいで貼られたレッテルはあるものの、大和だって普通の高校生で、恋愛のことも人並みに悩んでいる。まあ彼の場合、過去に特種な経験を持ってはいるが。

 表に出さないだけで、大和は何事にも真剣に、一所懸命に向き合おうとしている。それを知っているから、応援したくなるのだ。


 菜月は両手で頬杖をついて、微笑んだ。


「さっきも言ったけど、光って結構なヤキモチ焼き屋さんなんだよ。だからさ、光といるときはもう少し優しくしてみたら」


「そう言われてもねぇ……」

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