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いつもの帰り道  作者: 銀花
#04 ふたつの恋
14/33

 教室に入り、自分の席に向かうと光の姿が見えなかった。

 自分よりも登校が遅いなんて珍しいこともあるものだと思いながら、菜月は机に鞄を置く。そして斜め後ろの大貴へ振り返った。

 これまた珍しく、彼は今日提出の宿題を今頃になって解いている。

 菜月自身は昨日の内に――光の助けを得て――終わらせている。珍しいことが続き、雨でも降るんじゃないかと自分でさえ思ってしまった。

 不意に大貴が顔を上げ、こちらに目を向けた。


「あれ菜月来てたんだ、気付かんかった」


「え、私そんな影薄い?」


 眉をひそめて尋ねると、彼は苦笑を浮かべた。


「昨夜、大和と遅くまで喋っててさー、宿題しないで寝たんだよね」


「ふぅん、めぐみのこと話してたの?」


「まあそんなとこ。なぁ、古典のプリント見せて」


「サーティワン」


 菜月がにっこり笑って提案すると、大貴はあからさまに不満げな顔を浮かべた。


「今度な」


「今度じゃだーめ、今週の土曜日」


「……日曜日」


「よし、それで手を打とう」


 菜月はにこにこしながらプリントを取り出し、ため息を吐いている大貴に渡した。

 ちょうどその時、疲れた様子の光が現れ、席に着くやいなや机に突っ伏し動かなくなった。菜月と大貴はポカンとして彼女を見つめる。


「おはよう、光。どしたの?」


 椅子に腰を下ろし、菜月は恐る恐る尋ねる。


「どうしたもこうしたも……朝っぱらから質問攻めに遭って、もう体力なくなった」


「質問攻め?」


 訳が分からず菜月は大貴へと視線を向けた。彼は何かを理解しているようだったが、意味ありげに肩をすくめるだけで何も言わない。

 突っ伏したまま少し身じろぎし、光が答える。


「あいつとのこと。部活の後輩の女子たちが校門で待ち伏せしてたんだよ。大人数で私のこと囲んでさ……」


「ああ水泳部の……てゆーか、何でそんなに広まっちゃってんの?」


「私とあいつがファミレスから出てきたとこを見た子がいたのよ」


「うわぁ、タイミング悪……どんまい」


 菜月が労るように頭を撫でてやると、光はぶつぶつと低い声で呟き始めた。


「南先輩と付き合ってるんですかーとか、いつから付き合ってるんですかーとか。何で教えてくれなかったんですかとか、しまいには何で奥村先輩なんですかとか言われたんだよひどくない? 知るかってのこっちが聞きたいっての」


 机に額をごりごり擦り付ける光を、菜月は苦笑しながら見ていた。何か、土曜日の午前に大和がこの状態になっていた気がする。


 古典のプリントを写していた大貴が口を開いた。


「俺も今日、学校来てから聞かれたんだよね。奥村さんは大和と付き合ってるのかって」


「え、女子に?」


「男子に」


「あー、光も何気にモテるもんねぇ」


 菜月はからかうように光の肩をつついた。


「そんなことないよ、告白されたこと一度もないもん」


「えー? そうなの? 光のこと好きな男子の話よく聞くのに」


 驚いた声を上げる菜月に、光が訝しそうな視線を向ける。


「そっちのがただの噂なんじゃないの?」


「俺も結構聞くよ。ただ――」


 そこまで言って大貴は慌てたように口を閉じた。

 その彼の様子に菜月は少し眉を上げ、身を乗り出す。


「ただ、何? 何か知ってんの?」


「いやー……あ、プリントありがと」


「どういたしまして。って話そらすなー!」


 と大声を上げる菜月。一方で大貴はやれやれと首を振った。


「……大和の存在が怖くて、近付けないとかなんとか」


「へ? それってどういう――」


 こと? と尋ねかけて菜月は考え込んだ。


 大和がいると男子たちは光に近付けないらしい。

 言われてみれば光に男子――大貴は除く――が近寄ってくることはあまりないかもしれない。

 大和の存在が抑止力になっているのだろうか。いやむしろ、男子たちを光から遠ざけるための大和の思惑なのでは……。

 もしそうだとして、彼がそうする理由を考え、思い至った答えに菜月は盛大に吹き出した。


――なんだ、結局両想いなんじゃん。


 大和も可愛いことするんだなと思い、菜月は堪えきれずに声にして笑い出した。

 ケラケラ笑う菜月を、光は眉を上げて睨んだ。


「何笑ってるのよ」


「なんでもないよー、そういえば大和まだ来ないね」


 教室内をぐるりと見渡し、問題の彼の姿がないことを確認する。

 別のプリントを取り出しながら大貴が話す。


「大和来てるよ。どこ行ったかは知らないけど」


「大和も質問攻めに遭ったわけか」


 面倒に思って彼はどこかに身をひそめているのだろう。

 菜月は密かに彼を哀れんだ。


「……巻き込んでおいて何であいつが隠れるの、原因作ったのは誰よ」


 イライラと刺のある声で光が呟く。怒りに満ちたその表情に菜月は背筋が寒くなった。


「ま、まあまあ。大和も何か考えてるんだよ、たぶん」


「そうだといいですけど、あまり期待しないでおくわ」


 光が投げやりに言い、菜月は内心「うわぁ」と苦笑した。

 この二人の恋も前途多難だ。

 諦めている様子の光を見つめ、菜月はまた大和を応援してしまうのだった。




* * * * *




 昼休みになり光は参考書を持って、一人図書室へ向かった。勉強は教室でもできるのだが、今は例の彼に用事がある。

 午前中の大貴と彼の会話を聞いていた感じだと、朝、彼は図書室にいたらしい。


 昼休みになって光が弁当を食べている内に彼はすでにいなくなっていて、しょうがなく光も図書室までやって来たのだ。


 足を踏み入れるとクーラーの効いた図書室はとても心地よい空間だった。一時の避暑を求めてやってくる生徒もちらほらいる。

 本棚は奥にずらりと並び、本独特の匂いが満ちている。手前にはテーブルと椅子がいくつも置かれ、生徒が本を読んだり小声でお喋りをしたりして穏やかな空気が流れていた。


 手前のテーブルには彼の姿はなかった。奥にいるのだろうと思い、光は歩き出す。

 その際、テーブルでお喋りをしていた女子生徒たちがこちらを見、何かひそひそと話をしたようだったが光は気にせず本棚の間をすり抜けた。


 奥には一人用の机が壁に沿って並べられていて、その一番端の机に彼の背を見つけた。どうやら彼も勉強中のようで、時折考え込む仕草をする。

 光はつかつかと歩み寄り、彼の隣の机に参考書等を置いて無言のまま座った。

 机付属のライトをつけると、大和がチラリと顔を上げた。


「何で来んだよ」


「あら、冷たい言いぐさね。曲がりなりにも彼女を演じて差し上げているのに」


 皮肉を込めて光は返した。


「いやなら断ればいいだろ、訳のわからないやつだなお前」


「あんなに頼んでおいてそんなこと言うの? 最低ね」


「はいはい、最低で結構」


「開き直らないでよ。それで、めぐみさんとはどうなの」


 光は参考書を捲り、付箋をつけているページを開いた。


 椅子の背もたれに寄りかかり、大和は疲れたように宙を仰いだ。


「どうもこうも、この前からメールきてないし。何を考えてるのか俺にはもうわからねぇ」


 参考書を読む素振りをしながら光は大和の声に耳を傾けていた。


「このまま帰ってくれると助かるのに」


「……それだと何も解決しないじゃない。めぐみさんは貴方のことが忘れられなくてわざわざここまで来たのよ? だったら、貴方は誠意を持って応じるべきだわ」


「応じるって……また付き合えってのかよ」


「違う。逃げ回るんじゃなくて、ちゃんと話をしてって言ってるの。貴方が何を思ってここに転校してきたのかは知らない。だけどその原因と向き合う時間は十分あったはずよ。目をそらしてたら、何も変わらない」


 気付けば参考書を握り締めていて、光は慌てて皺を伸ばした。

 ちらと大和の顔を窺ったが、彼は問題集の上を睨むように見つめたまま口を開かなかった。


 少し冷たく見える彼の表情から視線をそらし、光は囁くように呟いた。


「……ごめんなさい、偉そうなこと言って」


「いや、お前が言ったことはもっともだと思う」


 彼の声音は思ったより優しく、光は無意識に胸を撫で下ろしていた。


「俺は……めぐみにはもう何もしてやれない。この先あいつと一緒にいても辛いだけだ、お互いにな」


「……うん」


「俺の考えは一通り伝えたつもりなんだけどな……そういや、お前今日は何ともなかったのか?」


 唐突に話題が自分のことに変えられ、光はたじろいだ。しかしすぐに眉を上げて大和を睨む。


「朝から後輩に質問攻めされるし、廊下歩けば指差されてひそひそ話されるし。平穏な学校生活を送っていたというのに、いい迷惑よ、どっかの誰かさんのせいで」


「ですよねー」


 そう言って大和が短く笑い、光はむっと頬を膨らませた。


「どうせ、貴方も迷惑に思ってるんでしょ。私なんかと噂立てられちゃって」


「俺は別に迷惑とは思ってない」


「……は?」


 どういうこと? と、光は首を傾げた。

 すると大和は何故か小さく舌打ちし、決まり悪そうに視線をそらした。

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