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刹那の夏、君の体温(ねつ)に溶ける。  作者: 毬藻 闇雪


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第二十ニ話 旅の途中



 車窓の向こうが、少しずつ白んでいた。

いつの間にか、夜が明けようとしている。


 隣では、なつが目を閉じていた。


 眠っているのか、起きているのか――分からない。

 ただ、私の手だけは、ぎゅっと握り締めたままだった。


 私が見捨てると思っているのだろうか。

 それとも――さっきみたいに、また勝手に電話をして、警察やどこかの施設に引き渡されることを恐れているのか。


 なつは、私を信じきれていない。

 確かに――私がなつに何の相談もなく、電話をしたのがいけなかったのだけれど。


 私はスマホを握ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


 ――もう、戻れない。


 そう思った。


「なつ。行くよ。起きて」

 肩を揺すると、なつが眩しそうに目を開けた。

「ほら、降りよう。乗り換えだよ」


 なつは握った手を離すことなく立ち上がり、空いた手でリュックを持ち上げた。


 思わず笑ってしまう。

 こんな子供っぽいところもあったのか。


 ――いや。


 はたと思い直す。

 この子は、まだ子供なのだ。


 無理をして大人ぶることもない。

 大人を手玉に取る必要もなくなった。


 そんなものを隠さなくなったということは――。

 もしかして、少しずつ私を信じ始めているのだろうか。


 ――そうだったら、いい。


「ほら。ちゃんと背負って。手は、また繋げばいいだろ?」

 なつは頷くと、名残惜しそうに私の手を離した。


 宙に浮いた手を、今度は私から握った。

 その手に、ほんの少しだけ力を込める。

 なつも、ぎゅっと握り返してきた。



「次は……鹿児島中央?」

 駅員に尋ねながら、私は切符を握りしめた。


 そのとき、なつが駅の案内板を見上げる。

「怜。ここって……博多?」

「……うん。」

 私も案内板を見上げた。


 ――博多。


 いつの間にか、九州まで来ていた。

「……本当に来たんだな」

 口から、そんな言葉が漏れた。


 ――逃げている。

 そう思うと、胸の奥が重くなる。

 けれど隣を見ると、なつがいる。


 今はとにかく、この子を母親の元に届ける、そのことだけ考えていればいい。


「……お腹、空いてない?」

「ちょっと……」

「何か買おう」

 改札の向こうには、早朝から開いている店がいくつかあった。


 駅弁を二つ買う。


「どっちがいい?」

「怜が選んで」

「じゃあ、これ?」

「うん」


 それだけの会話なのに、なぜか少しだけ楽しい。


 列車に乗り込むと、なつは弁当を膝の上に置いた。

「いただきます」

「いただきます」

 二人で顔を見合わせ、声を揃える。


 なつが、くすくすと笑った。

 少年らしい、無邪気な笑顔だった。


「……うまい」

「うん。……ねぇ、これ。……怜にあげる」

「それ、嫌い?」

「ううん。美味しいから。怜も食べて?」


 なつが箸で一口分をつまみ、私の口元へ差し出す。


「ほら。あーん」


 なつが小さく笑った。

 その笑顔を見て、私も笑った。


 ――まだ、逃げ切れたわけじゃない。


 それでも今だけは。

 ただ普通の旅をしているような気がしていた。


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