第06話 『千年後の世界』②
とはいえ当時の今思えばとんでもない時代錯誤遺物級の武器防具、なによりも各種の能力を発動可能とする魔導球が存在していない現代においては、素の身体能力だけで魔獣と相対することなど本来は不可能だっただろう。
だが少なくとも俺に限っては、それは当てはまらない。なぜならば――
勉強しながら並列思考でそんなことを考えていたら、部屋のドアが控えめにノックされた。
ローエングラム家は貴族家ではないが、王都でそれなりに手広くやっている商会の経営者であり、市井で暮らす者としてはかなり裕福な部類に含まれている。
だからこそ長男である俺も私室を与えられるだけではなく、好きな書物や一般的な武器防具を買い与えられ、自分を鍛えて暮らす余裕を持たせてもらっているのだ。
「どうしたスフィア?」
そう声をかけたとおり、この時間に俺の部屋をノックするのは妹のスフィアしかありえない。
父上がこの時間に家にいることなどありえないし、母上もローエングラム商会の経理、事務を取り仕切っている上位管理職の一人なので、父上と同じくお仕事中。
メイドさんたちが私室にいる俺にわざわざ声をかけることは非常時でもない限りまずありない以上、残るのは我が愛しの妹君のみということになるのだ。
「お勉強中に申し訳ありません。お邪魔致します、クナド兄様。今少しよろしいですか?」
俺の許可を得ておずおずと扉を開いて姿を見せたのは、予想通りスフィアだった。
俺――というよりも母上と同じ金髪碧眼で、俺と違ってキャラメイクで造り込んだというわけではないにも関わらず、儚げな美少女にきっちり仕上がっている。
俺より2歳年下の現在13歳。
ここしばらくで急速に「天使のように可愛らしい」から「女神のように美しい」にその整った容姿の評価が移り変わっており、今街でかなり噂になっているお嬢さんである。
まあ話題になっている理由は、その美貌だけが理由ではないのだが。
「構わないよ。ちょうど勉強に行き詰っていたところ」
「まあ、御冗談を」
俺がすでに直前となっている王立学院の入学試験に備えて勉強していたことは事実だ。
当然筆記よりも実技が重視される「冒険者育成学部」への合格を目指しているとはいえ、筆記試験を軽視していいというわけでもない。
3年間の全寮制生活を手に入れるためには万が一にも落ちるわけにはいかず、手を抜くわけにはいかないのだ。
だが一緒に暮らしているからこそ俺の妙な優秀さを知っているスフィアは、俺の言葉に目を丸くしてころころと笑っている。
まあ主席合格を狙うというのであればともかく、ただ受かるだけであれば今更詰め込む必要などないのは確かだ。確かにこれくらい高性能な脳を授かっていたのなら、勉強のなにが辛いのか理解できない、むしろ楽しいと感じることも理解できてしまった。
今もしていた受験勉強もけして苦行などではなく、並列思考で考え事をしながら必要な情報をインプット、あるいは外部データと内部データに乖離が無いかを検証しているだけのお気楽なものという認識でしかない。
努力云々以前の問題で、基礎性能の差は如何ともしがたいものがある。その残酷な真実を、前世と現世の自分自身同士の格差を以て思い知らされている俺なのである。
「そろそろ身体を動かしたいと思っていたところってことだよ」
だがあえて俺がそう言ったのは、可愛い妹君のお願いが、自分の鍛錬に付き合ってほしいという内容だとわかっていたからだ。
俺の物言いが気遣いだと理解できないスフィアではないが、俺がそう口にするということは、本当に今は付き合っても問題ないと判断していることも同時に理解できる。
昔から兄に甘えるのは上手な妹なので、こう言えば必要以上の遠慮を見せることはないだろう。
「……クナド兄様は私のことなんて、すべてお見通しですのね」
悪い表情を浮かべて俺がそう言うと、俺にとってはまだ可愛らしい方が強いと思えるその顔で、わかりやすく頬を膨らませて拗ねてみせた。その表情が自分の可愛らしさを充分に計算した上で造られたものであることは間違いない。
うちの妹君は誰に似たのか、その容姿に反してなかなかに腹黒なのである。
「聖女候補筆頭であらせられる妹君に協力できることは、我が至上の喜びゆえに」
なので俺もすました顔でそう返す。
我が妹君は極幼少期から優れた――だがかなり特殊な能力を発揮しており、それによって正式に大陸最大の宗教である聖教会から、『聖女』候補の一人にあげられているのだ。
最終的な聖女認定は今の俺の歳である15歳になった際にされるので、今はまだ候補に過ぎない。だが今の時点でも聖女認定をほぼ確実視されており、すでに聖教会に修道女として登録されてもいる。
なのでローエングラム家の兄妹は一応揃って有名人ではあるが、それは今のところ妹の方が主であり、俺はおまけのようなモノにすぎないのである。
その特殊な能力を実戦形式で鍛えるための相手として俺はまあ最善と言って良く、その鍛錬に付き合っているからこそ、実はスフィアだけが俺の真の実力を知っている。
聖女候補とされるほどのスフィアの能力であってもまるで俺には通用しないからこそ、全力での鍛錬相手が務まるのだ。
弊害と言えばそのせいで、スフィアが少々常軌を逸して俺に懐いてしまっていることくらいだ。
まあおそらく俺に酷く懐いている理由は、それだけではないのだろうが。
「年上のお姉さま方とお付き合いされていると、そんな物言いも身につきますのね」
そんなスフィアは俺の言い回しが気に喰わないのだろう、半目で溜息をついてそう口にしている。
俺は俺ですでに許可を得て冒険者見習のようなことをやっているので、冒険者のおねー様方とけっこう懇意にさせていただいているのだ。
やり過ぎないように気を付けてはいるが、王立学院入学前でそれなりに魔物と渡り合える俺は将来を有望視されており、今から将来のメンバーとして唾を突けようとするパーティーが多く、その担当がお姉さま方になりがちなのである。
「ははは、ごめん。まあホントに鍛錬には付き合うよ。中庭に行こうか」
「ありがとうございますクナド兄さま! よろしくお願い致します!」
誰の影響なのかは気に喰わなくとも、言われた内容自体にはそう悪い感情を得ていなかったのだろう。スフィアはあっさりと機嫌を戻していそいそと戦闘訓練が可能な仕様となっている中庭まで俺についてきた。
まず間違いなく、今は誰にも見えない尻尾を全力で振りながら。




