第05話 『千年後の世界』①
クナド・ローエングラム、15歳。
俺はこの世界に転生してから、この歳まで特に大きな問題もなく成長することできていた。まあ産声を上げた瞬間から意識がある状況はなかなかにキツかったが、細心の注意を払って「普通の子供」を演じてきているので、今のところ妙な注目を集めたりはしていない。
――はずだ。
そうであってくれ。
というのも転生した俺の身体は今のこの世界においてさえ、異質極まりないものだったからだ。
まずどれだけ高所から墜ちても、怪我ひとつ負わない。
屋根だの塔だのというレベルではなく、断崖絶壁からであってもそれは変わらない。
この世界にまだ飛行機や飛空艇は存在していないが、おそらくそこから墜ちたとて平然と無事だと思われる。一定の高度を越えたら着地後に硬直する程度。
飛竜を飼いならして空を飛ぶことを可能としている者は一部の国では存在しているらしいので、今後機会があったら試してみたいと思っている。
だがこれは間違いなくゲームのプレイヤー・キャラクターの特性である。
魔獣はもとより装備によっては小型獣からの攻撃でもきっちりH.Pを削られるプレイヤー・キャラクターは、なぜか落下では一切のダメージを受けないように設定されていたのだ。
まさか現実化されてもなおその設定が活かされるとは……
最初は建物の2階程度から実験を開始し、最終的には王都近郊の崖から飛び降りることによってこの特性が間違いないと確信できるまで、なかなかに肝を冷やしたものである。
だが現在を生きる普通の人たちはそんな特性を備えてなどいない。
まあ当たり前だ。
そう多くはないが落下系の事故の犠牲者が、大工職人さんをはじめとして確かに発生していることを確認できているので間違いない。
つまり俺のこの体だけが特別なのだ。
露見した日には、さすがに化物扱いは免れ得えないことだろう。
多少裕福であるとはいえ、王家や貴族というわけでもないローエングラム家の息子に、なぜプレイヤー・キャラクターの――神話に謳われる『魔獣狩り』の特性が発現したのかはまったくわからない。
しかも現代において、すでに魔獣などどこにも存在していないにも拘らず、だ。
本を読むことが不自然ではない歳まで成長して以降に教会等で可能な限りの書物を読み漁った結論として、この世界は俺がこよなく愛していたゲームの世界である事はまず間違いないとみている。
ただしゲームの時代から約千年もの時が経過している。
ゲームのシナリオは拡張版、その後のD.L.C類も含めてすべて『神話』として伝えられており、その主人公はあろうことか――いやある意味当然の話なのかもしれないが勇者『岐』――漢字一文字の名を好んでいた、俺のプレイヤー・キャラクターとなっていた。
漢字は未だ解読に成功していない古代文字だと見做されており、『岐』をどう発音するかは現代に生きる人々には伝わっていない。
だが今の俺に付けられた名前とその読みが一致しているのは、偶然などではないだろう。
別の世界からの転生などというとんでもない現象が実際に起こっているのだ、それを成したナニモノカの思惑が絡んでいるとみてまず間違いない。
まあそんなことは考えても仕方がないので、今はあえて考えないようにしている。
下手な考え、休むに似たり。
休んでいる暇があるのであれば、出来ることを片っ端からやっている方がずっと建設的である。
つまりはこの恵まれた――で済ませていいものではないが――身体を鍛えることだ。
どうやらこの身体は名前だけではなくそのすべてが俺のプレイヤー・キャラクター、つまりは神話の主人公である勇者『岐』に準じているらしく、やたらと高性能なのだ。
その身体能力はもちろんのこと、せめてゲームの中でくらいはと全力を挙げて美形に仕上げた見た目もそのまま継承している。
金髪碧眼。すらりとした引き締まった長身。
無表情だと震えが来るほどの強面の美形でありながら、笑うと幼く人懐こさを感じさせる。
その美形ぶりたるや、鏡を見ながら我がことながらも「とんでもねえな」とつぶやいてしまうほどだ。伊達にキャラメイクだけで一週間近くかけたわけではない。
ゲーム時では成人――20歳前後であったものが今は15歳として年相応の幼さも宿しているこの見た目だけは、すでに王都でもそれなりに有名になってしまっている。
まあ当然悪い気はしないのだが、神話の主人公様とその特徴を同じくしている――というよりもほぼそのままというのは少々いただけない。
今でさえその共通項を口にする聖教会関係者がいるくらいなのだ、今後冒険者――魔物と戦える者としての実力を示すにつれ、よりそんな風にみられることは多くなっていくだろう。
ヘアスタイルを変えた程度ではどうにもならんしなあ……
まあだからといって戦えないふりまでをするつもりはない。
さすがに本当の力はそれなりの理由がない限り隠し通すつもりだが、優秀な冒険者かそれに準じる存在としての人生を諦める気はないのだ。
加えておつむの出来も、前世? とは大違いである。
宿っている魂が俺である以上、0から1を生み出すような創造性には期待できない。
だが一度見聞きすればそれを忘れることなどなく、勉強の類も教えられたことを自分の脳内で再構築して理想的な形で理解するという、まさに身につけることが可能なのだ。
勉強が苦にならないどころか、面白いと思うなど前世では考えられなかった。
前世で優秀とされていた連中はこれが普通だったんだろうなあ。
そりゃ勉強が嫌いでやっていないというならまだしも、一生懸命やってもいい成績が取れないなどと言われても、それを信じられないのも無理はないだろうと思ってしまう。
今の俺のような状態が彼らにとっては普通なのだ、だからこそ「一生懸命やってもできない」というのは「実はやってない言い訳」にしか聞こえないのだろう。
俺でさえ、前世での記憶が無ければそうなっていただろうと思う。
俺は「普通」という言葉がいかに恐ろしいものなのか、転生を経て思い知らされている。
またこうなって初めて理解できたのだが、できる奴ができない奴のことを「わかるよ」というのもそれはそれでものっすごく嫌われる。
前世でも「できる連中」はそれなりに苦労していたんだろうなあと、おかげで思えるようになってしまった。
またこちらは能力の影響もあるのだろうが、真剣に集中したら思考速度が加速する。
具体的には自分に可能な全速での動きですら、ゆっくりと感じられるようになるのだ。
よって自分より遅い相手の攻撃を躱したり、防いだりすることにはまるで苦労しない。もちろん不意打ち――集中できていない隙を突かれれば普通にくらうのだが。
こっちはプロでもトップに行くようなスポーツ系の天才連中はこんな感覚だったのだろうか? 思えば確かに、格闘技の世界チャンピオン級はそんな感じだったような気もする。
だがこの思考加速があるからこそ、『技』を駆使して魔物と戦い、勝利することも実現可能になっているのだろう。
とにかく。
生まれながらにして与えられた優秀な頭脳と身体を無駄に遊ばせることなく、吸収できる知識はすべて吸収し、鍛えられる限りは鍛え上げてきた。要は心身ともに、文武両道で可能な限り自分を鍛えることに注力して俺は15歳まで生きてきたという訳である。
朝から王都を走り込み、勉強と鍛錬で脳と身体の双方を極限まで追い込む。
夜はできるだけはやく眠って一定以上の睡眠時間を確保し、摂る食事にも気を遣う。
この高性能な身体になったからこそできるかもしれない、前世での知識を実践して自分に実現可能なものを取捨選択していく。
もちろん人間離れしている事実が露見しないように、細心の注意を払ってもいる。
おかげさまで魔獣と正面から切り結べるプレイヤー・キャラクターとしての基礎的な身体能力は、ほぼそのままに再現できていると自負している。




