★エピローグ★
★エピローグ★
——薄暗い研究室に、低い電子音だけが満ちていた。
天井近くまで積み上げられたラックには、
無数のケーブルが蛇のように這い回り、
床に埋め込まれた冷却ユニットが規則正しい振動を発している。
壁一面を覆うモニター群には、波形と数値、
そして無数の小さな映像ウィンドウがひしめき合っていたが、
その内容はノイズ混じりで、詳細を読み取ることはできない。
その中央に、整然と並ぶ「カプセル」がある。
半透明の蓋を閉じた細長い装置が、まるで棺のように並んでいる。
その中には人間が横たわっている。
目を閉じた顔だけが、わずかにガラス越しに覗いている。
額やこめかみには細い電極が貼られ、首筋から伸びる複数のケーブルが、
床下のメインフレームへと消えていく。
その部屋に設置されたカプセルの数だけでも、軽く数万個を超えている。
白い白衣に身を包んだ研究者が2人、中央のコンソールの前に立っている。
1人はタブレットを操作し、もう1人は大きなモニターに映し出されたデータを眺めている。
「被検体No.107948。ループ回数は570周目に突入。」
30代ほどに見える男性の研究者が、低く呟いた。
モニターには、とある男性の顔が大写しにされている。
カプセルの中で静かに目を閉じたその表情は、安らかそのものだった。
脳波は安定し、心拍数も一定のリズムを保っている。
画面の隅に開いた小さなウィンドウは、激しく明滅を繰り返しているが、
中身は意図的にぼかされ、何が映っているのかは判別できない。
「570周目にして、よく飽きないですよね。」
もう1人の20代後半くらいに見える女性の研究者が、コーヒーを一口飲んでから言う。
「でも、この被検体は特に安定してる。拒絶反応もほとんどないし、
記憶の再構築もスムーズだ。
”理想の世界”を、ここまで綺麗に維持できるケースは珍しい。」
30代の研究者が、画面に映る男の顔を見つめたまま頷く。
「努力しなくていい。失敗しなくていい。挫折しなくていい。
他の誰にも邪魔されない。全部自分の思い通りになる。
”理想の世界”を、ただ、ひたすらに見続けられる。
嫌な現実も、苦痛も、病気も何もない。
ずっと幸せなまま死ぬまで過ごせる。
・・・まったく、何というシステムを開発してくれたものだな。」
「この調子だと、やがて日本中の人々が
この”リアライズ・カプセル”を求め、契約しに来る日も近いでしょうね。
我々”Heaven's Door”と。」
——冷却ユニットの音が、一定のリズムで続く。
カプセルの中の人々は、それぞれが閉じた物語の中で、
静かに「理想の世界」を堪能しながら息をしていた。
★エピローグ★ 完結
次回作「惨苦世界」へと続く
お読みいただきありがとうございました。
本作を書き始めたのが2020年7月、完結が2026年8月と、6年以上かけて、ついにエピローグまで辿り着くことができました。
私は本作以外にも過去に3本の小説を投稿していますが、本作を書き始めた当時は「推理ドラマ」にハマっており、本作では「既出の情報から推理して楽しめる」作品にしようと構想を練りました。
推理ドラマ作家の方の話をYouTubeで聞いた際、「黒幕は絶対に1話に登場していないとおかしい」と話しており、本作もそれに従いました。
その上で、以前からやってみたかった「主人公だと思っていたキャラが、実は主人公ではなかった」という要素も入れました。
プロローグから登場していた今在 征儀は、なぜか目視だけで社会貢献度を判定できる、そしてその基準は冷泉 奏多が勝手に作ったものである、ということで「今在が何かしらキーマンなのではないか?」とプロローグ〜1話から気付けるように仕組みました。
もちろん「主人公だと思っていたキャラが、実は主人公ではなかった」という作品は、私自身は見たことがないので、実際に自分でやったらどんな感じになるんだろうか?と実験的なニュアンスも込めて書きました。
「今在はキチガイキャラなのに全てが彼の思い通り、順調に進む、何かおかしい」そんな違和感を覚えながら読んでもらえていたら嬉しいです。
最後の冷泉と今在が戦うことはもう最初から決まっており、2人の正義にどう説得力を持たせるか、どうやって対立構造を作るか、というのは非常に悩みました。
本音を言うと、冷泉をもっと「分かりやすい悪役」として描きたかったというのはあります。
しかし、彼に感情移入してしまったせいで上手く書けなかったな、と思う箇所は正直多いです。
「ルールを守る」ことに拘っていた今在も、最終的には「第二世代モバイルポットによる殺人は実質的に許容されている」という、冷泉が使っていた抜け道を自身も使います。
これは、結局のところ、彼が小学生の頃に抱いた「”利他”のためなら何をやっても良い」という思想が滲み出ており「人間の根っこの性格はそう簡単には変わらない」ということを表しています。
ちなみに、「社会のため」と言いつつも、自分が都合良く解釈して「摘人政策」を考案した冷泉も同様です。
次回作については、もうだいぶ案が固まってきてはいますが、執筆できるのは少し先になる見込みです。
もしよろしければ、また読んでいただけると嬉しいです。
それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




