シーン18 彼女の罪は誰の罪
シーン18 彼女の罪は誰の罪
「三年前、皆と別れてから、私は故郷近くの星に戻ってみたの。ライは、私が外宇宙の出身だってのは、知ってたよね」
リンは話し始めた。
「私の生まれた星系は、殆どがレルミー人と、レルミー系のテアード。エレス同盟圏内だと、身分証の作成とかが大変で、仕事を見つけるのも一苦労でしょ。向こうは、そういう意味では未整備だから、私にとっては都合がよかったの」
なるほど、勉強になります。
アタシは、感心して話を聞いた。
そうか、アタシは無意識に同盟圏内にこだわっていたからな―。
経歴抹消しても、外宇宙に行けばよかったのか。
よし。次、就職するなら、外宇宙だ!
でも、外宇宙だと、好きなドラマとか見れなくなるな。
「私は鉱山衛星に仕事を見つけてね。まあ、鉱山っていっても、採掘労働じゃなくて、管理施設の仕事。華やかではないけど、それなりに楽しかったし、充実してたわ」
彼女は、アタシに少し意味深な瞳を向けた。
「良い人にも出会えたしね。ちょっとだけ、馬鹿みたいに将来を夢みたりもして・・・」
な、なんですとぉー。
リンが。
あのリンが。良い人だって~!
男なんか、足元に生えてる雑草よりも気にしないようなリンが~!
アタシの動揺を見透かしたように、彼女は微笑んだ。
だが、その瞳に浮かぶ悲しみの色に、アタシは気付いた。
「何があったの。そこで」
「ライは。人狩りって、聞いた事ある?」
「・・・!?」
「その顔は、知っているのね」
彼女は、憎しみと悲しみの交じり合った表情で、一度、唇をかみしめた。
アタシは、理解した。
シェードが言っていた。
レルミー人の皮を求めた「人狩り」。
それは、リンがいた星でも起きていたのか。
「私たちの鉱山が狙われたのは、衛星だったから。最近は、さすがに本星の警備も厳しくなっていて、手出しは難しくなってる。だから、警備の手薄な所が狙われたの」
「じゃ、あなたの大事な人も」
「突然、攻撃を受けて、気付いたら、殆どの純血レルミーはいなくなっていた。残されたのは、私みたいな混血のテアードや、他の人類種だけ。まだ、生き延びただけマシで、半数以上は殺されたわ。彼は…純血だったから」
「さらわれたのね」
彼女は頷いた。
「私は生き残った人の中から、一緒に戦える人を選んで集めた。奪われた人たちを救うため・・・。もしまだ命があるのなら、だけど。それが、新しいスカーレットベルよ」
「じゃあ、あの人たちは・・・」
アタシは、リンの要塞で見た光景を思い出した。
幾つもの死体。そして、リンの居場所をアタシに伝えて、力尽きてしまったあの人。
彼らの死は、アタシがもたらしてしまったものだ。
「そう。でも、全員ではないわ。半分くらいは、色んなところでかき集めた連中よ。私も、人数が欲しかったから」
リンは、話を続けた。
「人狩りの正体を探すうちに、私はエレス同盟内に母体を持つ、ある会社に辿り着いた」
「セントラルトラスト社?」
「ううん。アストラルカンパニーって会社。その道じゃ有名だから、ライも、聞いた事はあるんじゃない?」
「アストラル? 確か、兵器開発の企業よね。でも、倒産したんじゃなかった? テラスへの投資が回収できなくなって」
「そう。流石に兵器マニアね」
それって、褒められてんのかなー。
リンが言うと、全部皮肉に聞こえるのはなんでだ。
ときどき、妙にトゲを感じるんだよねー。
「アストラルは倒産したけど、それは表向きの事。研究施設は今も生きている。そして、そこで開発された兵器を秘密裏に輸出しているのが」
「それがセントラルトラストか」
「そういう事」
そうか。
これで納得がいった。
リンがやっていたのは、「蒼翼のライ」の時と、全く同じやり方だった。
まずは、手足を潰して、資金源を断つところから始める。
一つ一つ潰していけば、だんだん相手は枯渇してきて、弱ってくる。そうすると、どこかしらで、必ず無謀な事をやり始める。
それを続けていくうちに、敵の本拠地が浮き彫りになってくる。
そこを発見し、叩く。
リンは、最終的にはアストラルの兵器工場をターゲットにしていた。その資金源を断つために、まずはセントラルトラストの密輸船を襲っていたという事だ。
事実、セントラルトラストは甚大な被害を受けた。そこで、子会社のセントラルスペーストラベル社のクルーザーを使った密輸を始めた。
アタシがのったクルージングは、まさにそれだったんだ。
「でも、今回は、相手が一枚上手だった。みんなを殺したのは、私だ」
悔しげに、リンが呟いた。
それは、違う。
リンのせいじゃ無い。
悪いのは、・・・愚かだったのはアタシだ。
皆を死なせてしまったのは、全部アタシの罪なんだ。
「リン。アタシのせいなんだ。アタシがあなたの事、調べたりしたから。そして、それをアイツらに知られちゃったから」
「ライ・・・」
彼女はアタシを見つめた。
責められるのを覚悟したけど、彼女はそうしなかった。
むしろ、いつもより、なんだか優しい顔をした。
「あなたのせいじゃない。あなたが調べなくても、いずれは突き止められていた。それに、私は仲間を制御できなかった。奪った兵器は全部処分するようにって指示していたのに、こっそりと持ち帰った奴がいた。そこに、化学兵器の罠が仕込まれているって、考えもしないでね」
罠にはまったと、彼女は言った。
敵は、スカーレットベルを狙ってきた。わざと奪わせた武器に、仕掛けをしていたのだ。
それにしても。
どんな兵器だったんだ。
「化学兵器って言ったけど、毒だったの? それとも、細菌兵器の方?」
「それが、私にも解らない。気がつけば、みんな一斉にやられてた。そして、最高のタイミングで、奴らが攻めてきた。戦おうとしたけど、無理だった。ここから先は、あなたの方が詳しいわよね」
アタシは彼女を見つめた。
なんて言葉をかけて良いか分からなかった。
アタシと違って。
ちゃんと普通の生活になじめたはずなのに。
バカみたいなマネを、続けていた訳じゃ無かったのに。
なんで、リンがこんな目にあわなければならないんだ。
「さ―て、今度はあなたの番よ。これまでのいきさつ、ちゃんと話してもらえるかしら」
リンが、わざと声を明るくして、アタシに言った。
アタシは。
正直に話した。
三年間で、お金を使い果たしたことも。
就職も出来なくて、カース星では不法入星で捕まった事も。
キャプテンや、バロン、そしてシャーリィに助けられた事も。
そして。
やっと見つけたと思った職場に裏切られたことも、全部。
リンは。
アタシの告白を聞いて。
・・・。
思い切り笑いやがった。
なんだよー。
笑うなよー。
アタシだって、精一杯生きてきたんだよー。
「なるほどねー。で、今はラライって名乗ってるワケ? またひねりの無い名前にしたものねー」
「うるさいな。いいでしょ、別に」
「だって、前はライザ、でしょ。その前が何だっけ、ライアだっけ。で、今度はラライねー。そろそろ、ライって響きから離れたら」
「アタシのステータスなの。少しくらい残してたいの」
「はいはい」
ハイは一回でいい。
アタシがむくれた顔をすると、彼女は珍しく「ごめん」って言った。
「それで、辿り着いたのがこの船か。キャプテンに、バロンだっけ」
「それとシャーリィ」
「その人は女性でしょ」
「何が言いたいの?」
「あなたが気になっているのは、どっちかなって、思ってね」
「ば、バッカねー。そんなんじゃないって言ってるでしょ」
アタシは全力で否定したが。
くそ。こーゆー話されると、すぐ顔が熱いや。
リンはニタニタと、嫌な笑いを浮かべた。
突然、部屋の通信回路がオンになった。
『あー。あたしだ。あたし』
その声はシャーリィか。
新手の詐欺みたいな呼びかけだな。
『そっちの様子はどうだー。バロンが眠くてフニャフニャなんだ。そろそろパイロット交換してくれー』
「あ。わかりました。いま行きます―」
アタシが答えると、リンが不思議そうな顔をした。
「どうかした?」
「・・・あなたが敬語になるなんて、珍しいわね」
「なに言ってんの。アタシにだってそのくらいの常識はあるわよ」
『ん。その声は。もしかして、蛇女起きたのか―。おーい。生きてたか―』
なっ、しゃ、シャーリィっ。
いきなりなんて発言しちゃってるんですかー。
「へ、へびおんなって・・・」
リンが絶句した。
そりゃそうだ。
こっちの動揺も気にせず、シャーリィはいつもの調子で話した。
『生きてたなら良―し。動けるようになったら、ちゃんと恩は返せよー。あたし達は命の恩人だからな―』
ぶつっ、と通信が切れた。
・・・。
もう、シャーリィ。リンを怒らせたら、後が怖いんだから。
あんな発言して、どうなるか知らないよ。
アタシはおそるおそるリンを見た。
リンは、あっけにとられた顔をしていたが、アタシと顔をあわせると、ぷっと笑った。
「なるほどね。あなたが敬語になるのも分かるわ。面白い人みたいね」
「面白いっていうより、規格外って感じかな」
「興味深いわ。ねえ、紹介してくれるんでしょ」
「もちろん」
アタシは通信機をこちらからオンにした。
「シャーリィさん。聞こえてますか―。いまから、リンが挨拶に行くそうです―」
『りょーかい。どうでもいいから早く来てくれー』
シャーリィから気の抜けた返事があった。
アタシはリンの手を引いた。
あとは、キャプテンにも挨拶をさせないと。
だけど、問題はキャプテンが部屋から出てきてくれるかどうかだ。
なにせ、前回アタシがはじめて乗ってきた時には、コミュ症が全開して、みんなが居ないと勘違いするほど部屋から出なくなった人だから。
ほんと。個性的っていうか、規格外な人たちだわ。
アタシは、自分の事はさておき、あらためてそう思った。




