52話
「あの時の話、覚えてるか?」
「話って何だっけ?」
「チェスカが良ければ俺と一緒に暮らさないかって話だ。 そうすれば俺がお前の事守って――」
「それって、結婚するって事か?」
「べ、別にそんなんじゃねぇけどよ」
「悪いが他を当たってくれ」
「な、何でだよ」
「アタシが居たら迷惑が掛かる」
「じゃあ、俺もお前と一緒にこの村を出る。 それなら……」
不意に継母の言葉がアタシの頭に響き不快感をタバコで誤魔化す。
本当は話したくないけど、話さなければアタシもグエルも前に進む事は出来ない。
自分の都合でこれ以上、彼を振り回すわけにはいかず。
傷ついたとしても、真実を話す必要あった。
「アタシの噂、知ってんだろ?」
「何だよ急に 俺はそんな事は気にしねぇよ」
「まぁ聞けよ。 アタシは悪魔と契約して身体のある部分を取られた。 だから結婚してもあんたの子は産むことは出来ない」
「どう言う事だよ。 ……それ」
「そうでもしなきゃ救えなかったからだよ」
「それでも…… 俺はお前の傍に居たい」
「それでもじゃねぇんだ。 ガキの時、アタシに話したことがあったよな。 俺もいつか父ちゃんみたいな父親になるんだって」
「でも、ガキの頃だろ?」
「そうだよ! でもな、今はそれでもいいさ、互いに好きでいられたら、困難だって乗り越えられるって思ってるだろ? でもその時になってみろ、どうなるかなんてわからない」
「俺の事が信用できないのか?」
本当は嬉しかった。
グエルはそう言う奴だって知っているからこそ、でもだからこそ、アタシはここで甘えずに言いたくない事も言う必要があった。
「そうじゃねぇ! アタシは…… 怖いんだよ。 抱かれる以上にあんたの人生を棒に振る事になるってのが受け止めきれねえぇんだよ」
本当は、子供が産めない事を秘密にしておきたかった。
妊娠し、子を産み育てると言う、女性が唯一出来る事が出来ないアタシと言う名の重荷をあいつの人生に、背負わせたくなかったからだ。
それは、男性を抱く以上にアタシには耐える事の出来ない事だった。
「わかっただろ…… アタシはあんたの気持ちには答えられないし、自分の事で手がいっぱいで考える事なんか出来ないんだよ」
「チェスカ、泣いているのか?」何て言われたがタバコの煙が染みただけと答え、タバコを吸うと湿ったような煙の味が口に広がり、吐き出した煙だけがふわりと浮かび消えていく。
泣いてはいけない、涙を流してはいけないと必死にこらえる。
グエルが悪いわけじゃないし、この村を離れ、もう帰って来る気の無いアタシにこれ以上突き合わせるつもりもない。
アタシはアタシなりにケジメを着けたかったからだ。
「お前の気持ちは分かった。 でも俺にはやることがある。 そのために来た」
「やる事って?」
「今の話を聞いて、改めてお願いする。 俺にお前の服を作らせてくれ」
「良いのか」
「ふんっ、見くびるなよ。 俺は世界一の仕立て屋になるんだからな。 それに俺は親父の弟子だぞ、見ただけである程度は分かってるつもりだ。 この間、渡した服に仕込んだ簡易の鎧。 誰が作ったんだっけ?」
「……変態」
「うるせぇよ。 ブロンディ」
「ばーか」
「ふん、じゃじゃ馬の癖に!」
不思議ともう涙は止まっていた。
涙を拭き、扉を開けると、小憎たらしい顔の幼馴染がいつもと同じように立っている。
でかい身長、緑の肌、悪ガキみたいな笑顔がそこに会った。
不思議とあの時の恐怖や震えはなく、彼の目の前に立ち、礼を言うと「馬鹿やろぉ」と先と合わせて2度の憎まれ口を叩いてきたのでケツを思いっきり叩く。
叫び声が屋敷内に響き渡り、続いてアタシの笑い声も響いた。




