災厄襲来
何時もの様に授業を受け、休み時間にシンと馬鹿話をして、忍がツッコミを入れる。今日も変わらぬ日常を過ごす。変化があるとしたら学年末テストも終わったのでのんびりしている事と一ヶ月後には進級に伴いクラス替えを行うためか部活の無い生徒が放課後の教室で何時もより長く話し続けていることぐらいだ。
明日も変わらない日々が待っている。そう思っていた星司が平凡な日常を謳歌できたのは今日この時までだった。
学校から帰宅した星司は上空一家の経営する喫茶店でバイトをする。それが星司の日課であり、恩返しだ。
上空夫婦が経営している喫茶店『ミルキーウェイ』。
星司はここでウエイターとして働いている。繁盛しているというほどではないが客足は多い。だからと言って毎日忙しいわけでもなく、人がほとんどいない日もある。今日もそんな日であり、星司も手持無沙汰になっていて他にやる事もないため店先で掃除をしていた。
「……暇だな」
掃除を終えた星司は小さく愚痴を漏らす。店が暇な時は料理などを教えてもらったりもするのだが、今は少ないとはいえ客がいる。配膳も終わりやる事は無くなったが追加注文が何時くるか分からない以上調理場を使うわけにも行かず暇つぶしを兼ねて掃除を行ったが、それも終わってしまい途方に暮れてしまう。
何かやる事は無いのかと店長に聞いても「たまにはのんびりしなさい」と言われてしまい仕事をさせてもらえない。店長も意地悪で言っている訳ではなく、星司が毎日のように働いているため、たまに休んでほしいと思ってのことだ。
「こんな事なら素直に休んでおけばよかった……」
星司もそれがわかっている。だが恩人で上空一家に少しでも恩返しがしたい。その思いで手伝っている。それこそバイト代無し良いとさえ思っているのだが「お小遣い代わりに」と差し出す時の目が「子供が余計な気を回すな」と言っている気がして受け取ってしまうのだ。
「はあ、仕方がない。明日は休むか」
こうも休ませようとするなら仕方がない。星司はそう自分に言い聞かせて店長に休む旨を伝えるために店の扉を開けようとした。
瞬間、遠くの方から爆発音が聞こえた。
「――え?」
想定外の事態に呆気に取られた星司にできたのは音のした方向に目を向けることだけだった。
「星司くん!」
店長に声をかけられて漸く正気に戻った星司は気づいた。爆音が聞こえた方向に公園が有り、そこに桜花が遊びに行っていたことを。
「店長! 俺は桜花を迎えに行きます!」
「ダメだ! 危険すぎる!」
星司の言葉に店長は即座に反論する。当然だが一般人が魔獣相手にできる事など無く遭遇すれば為す術も無く殺されて終わりだ。それが分かっていても星司に大人しく避難する事などできなかった。
「桜花と流星くんの二人だけにしとく方が危険です!」
星司の懸念はそれだった。自身の安全よりも優先すべき二人の家族。お世話になっている一家の一人息子で弟の様に可愛がっている流星。たった一人の血の繋がった家族である桜花。二人の安全を確認せずに避難する事などできなかった。
「それは……!」
店長も当然二人の事が心配だ。だが息子同然である星司を危険に晒すわけにも行かない。
「……なら私が行く!」
数舜悩んだ結果、店長は自身が行くことに決める。
「いえ、店長はここで待っていてください。もしかしたら入れ違いになるかもしれませんから」
最初から決めていたのだろう。迷うことなく止めに入った星司は恩人を行かせないために尤もらしい理由を述べる。
「だが――」
「すいません! 行きます!」
「星司くん!」
店長の返答を聞かずに星司は桜花を迎えに行く為に店を出た。
「桜花! 流星くん!」
逃げ惑う人々の間を駆け抜けながら桜花と流星の名前を大声で呼ぶ。
時間がどれくらい経ったのか、二人が見つからない焦りから余裕がなくなっている星司はそれが近付いていることに気付かなかった。
「おう――ん?」
街中にも関わらず人の気配が無くなった事に漸く気づき星司は足を止めた。先程まで聞こえていた悲鳴も破壊音も聞こえなくなった事に不気味に感じていると突然日差しを遮られた。反射的に目線を上げると逆光でよく見えないが空から何かが自分に向かって落ちてきている。その事に気づいた星司はとっさに背後に向かって跳躍した。
直後、地震が起きたと錯覚しそうになるほどの振動を起こして何かが墜落した。予想以上の振動に星司は着地も儘ならず体勢を崩し背中から倒れた。
「がっ!?」
勢いよく倒れた衝撃で背中を打ち付けてしまい思わず声を上げる。だが星司は状況を確認するため痛みに耐えながらすぐに立ち上がった。
「いったい何が――」
このままここにいるのはまずい。悪寒と共に嫌な予感がした星司は落下地点から目を離さずに少しずつ距離をとる。舞い上がった砂埃の所為でよく見えないが向こう側で何かが動いているのはわかった。
「グルルルルルルルゥ」
獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。星司は最悪の事態に陥ったことに気づいた。
「最悪だ……!」
それ以外の言葉が浮かんでこなかった。目の前の存在は人間の能力をいとも容易く凌駕する災厄を形にしたもの。人間の命を奪うことなど紙切れを引き裂くように実行できる化け物。
魔獣がそこにいた。




