Episode.51:王国に永遠の幸福を
反乱軍討伐完了から一ヶ月。
「スズはお腹が空いたのにゃ〜」
「ワタシもすいたー!!!」
王都はいつにも増して賑やかだった。何故かなのか、それは今日、“カストラーノの乱”鎮圧を祝う祭典が執り行われるからだ。
「それにしても姫様が戻ってきて嬉しいのにゃ〜」
「スズは今日会えるんだよね?」
「多分そうなのにゃ〜」
スズは嬉しそうに、健人に撫でられている。その光景を、少し不満そうに見ているねぼすけ化け猫がいた。
彼女はむすっとしながら、キッチンに向かう。
「んん…………えっと…………うぅぅぅ、もう降参よぉぉぉ!」
「諦めないでください、ユリさん。まだ一手あるじゃないですか……」
「だって、この一手とったところでこのビショップで追い詰めるでしょうに……」
食卓では、普段の軍服ではなく軽装のセリエと、泣きそうなユリがいた。卓上にはチェスがある。
「そうですねぇ、私ならそうしますね〜」
「もうやだ、三十連敗じゃない……これで……」
ユリがテーブルにペタンと伏せて、耳と尻尾を垂れさせている。よほどショックなのか、彼女は起き上がろうとすらしなかった。
セリエは少し困ったように彼女を見ていた。いつも通り耳が垂れてしまっているので、はたから見ればその卓は哀愁が漂っていた。
「アスカおねえちゃん、どーしてむすっとしてるのー?」
純粋な疑問の声が、家中に響く。全員がその方を振り向くと、部屋の戸口に若干一名顔を真っ赤にした化け猫が立っていた。
「い、いや、むすっとなんかしてい、ないぞ」
「うーん、アスカおねえちゃんはいつもそんなかおだったのか〜!!」
「…………違う」
余計にむすっとした顔をしながら、アスカは食卓についた。セリエは、少し落ち着いたのチェス盤を片付けている。
非常にゆっくりとした朝だった。
反乱鎮圧後、健人達に届いた第一報はティアーヌ姫救出成功の旨だった。健人達に下された勅令のうち一つは、他に遂行されてしまった。だが、王からは特に沙汰もなく、よく休むようにと言われていた。
その間、反乱鎮圧の重要参考人招致に便宜を図る為、健人と五人は一緒に生活することになった。
一人一部屋という好待遇を受け、彼女達は気ままに生活していた。聞き取り調査もそこまで追い詰められたものではなく、毎日給金と言う名の報酬が出ていた。
「今日はおめかしをしないといけないのにゃ〜」
「あら、スズは一人でおめかしができるのかしら?」
「できますにゃ。ユリさんよりもできる自信があるのにゃ〜」
「あら、なかなか面白い事を言ってくれるのね〜」
いつも通りスズとユリが張り合っている。否、スズがユリに噛みついていると言った方が正しいか。しばらく俯瞰していると、スズは物理的にユリを噛み始めた。
「甘噛み、ですね……なんだかんだでスズさんはユリさんの事が好きなのかもしれませんね〜」
セリエが食前の紅茶を飲みながら、目を細めて二人を観察している。ナエは遊び疲れたのか、アスカの膝の上でちょこんと座っている。
「出来ましたよ〜」
健人の声と共に朝食が運ばれてくる。スクランブルエッグとベーコンを挟んだサンドイッチとサラダ。健人が母親から教えてもらった物だった。
彼は少し寂しかった。異性しかいない環境、普通なら何か起きてもおかしくない。異性が怖いわけでもないし、話すスキルがないわけでもない。
だが、彼女達は自分達の生きたいままに生きている。だがら、何も起こり得ないのである。時々朝起きるとスズが身体の上で丸くなって寝ていたりしているが、他意は全く無い。
「ここが暖かいと思ったのにゃ〜」
と言いながらのそのそと自室に帰っていってしまう。正直、今までの緊張から解き放たれた反動か。彼は、どこか物足りなさがあった。
────それに、彼女が復讐を果たした時。その後に伝えたかった想い。
途中で意識を失ってしまい、ちゃんと伝えられたかも定かではなかった。
「早く食べて用意するのにゃ、じゃないと王様に怒られるのにゃ〜!」
スズに怒られ、健人は思慮に沈んでいた頭を現実に引き戻された。もう、他の化け猫達は食べ終わったようだった。
「ごめんごめん、今食べ終わるから……」
サンドウィッチを頬張り、紅茶で流し込む。今回の祭典に、健人達は賓客として招待されている。
給金で仕立てた燕尾服に身を包み、迎えの馬車に乗り込む。
街中を走る馬車は壮麗な物で、王都の住民の憧憬を一瞬にして集めた。
王城の正門が開き、整えられた広場に停車する。
「じゃあ、ついてくるのにゃ〜。でも、王様と会えるのは祭典が始まってからなのにゃ〜」
スズが機嫌良さそうに尻尾を立てながら、王城に案内する。
────そういえば、ここから始まったのだった。
健人はここまでの戦いに想いを馳せながら、王城の赤絨毯を踏みしめていた。
***
六人はカッツェの間、王の御声を民衆に下すその部屋にて待機を命ぜられた。
全員武装を解除させられている上に、正装を身につけていた。
スズは、普段の動きやすそうなモノではなく、イギリスの屋敷にいそうな長い丈のメイド服。アスカは小袖と同じ柄の着物を、ユリは胸元を隠すようにスカーフをつけている。ナエに関しては白いローブを上から着せられている。
セリエは、普段の将校服より少しグレードの高い儀礼服を身につけている。その腰には刃引きの軍刀を提げ、より高級将校らしくみえる。
「陛下が入室される。跪き、頭を垂れよ。これより先、陛下の許しなき言動は大逆罪に問われる事、確と心に留めよ」
政務官の声に、六人は静かに従った。扉が開く音ともに、凄まじいオーラが部屋を包んだ。
王は、満足そうに彼らを一瞥し、民衆に向き直った。
「臣民よ、この度はよくぞ叛逆の者らを、討ち倒した。余から感謝の言葉を送ろう」
王都に、王城前の大広場に声が轟く。その声に、住民達は嬉々として跪いた。
その声は紛れもなくアレキサンダー王の物である。国民が忠誠を誓うその人、その声はもはや御声に近かった。
「患難を乗り越え、窮地に屈せず戦い抜いた兵士達、それを不屈の精神で率いた指揮官達。そして、希望を持ち続け生き続けた民。諸君らの活躍によりこの国はまた護られた」
王は、その勝利に悦びを感じていた。ここまで忠誠の強き者を手に入れた。彼の目的を完成させる一手になり得る物だった。
「そして、諸君。彼らに注目せよ。加賀谷 健人、スズ=グランドハート、アスカ=フェルゲンハウアー、ユリ=ファラデー、ナエ=ドラクロワ、セリエ=ローゼンベルク。この六名は我が臣下として特に戦った英雄である!」
王の声に反応し、彼らを讃える声が王都に満ちる。しかし、健人は少し嫌な予感がしていた。
ここまで、姫の事について触れていない事、カストラーノの最期の言葉。それらが全て気になっていた。
「彼らには、余からの褒美を送り、王国の繁栄の礎になってもらおうではないか!」
然り、と民衆からの声。彼らの熱はもはや最高潮だった。それでも、健人の心の靄は晴れずに、式は進められていった。
「我が妃、ティアーヌよ。彼らに勲章を与えよ!」
紅の幕の向こうから姫の姿が出てくる。心の靄を晴らすであろう存在の登場、健人は思わず顔をあげていた。スズは、跪きながらも、とても嬉しそうにしていた。
透き通るような白のドレスに身を包んだ麗人。だが一人だけ、彼女に違和感を覚え、身構えた者がいた。
「────澪っ?!」
そこにいたのは、紛れもなく天文台で別れた友人、鷲宮澪だった。
5章完結いたしました。
物語はクライマックスへと加速します……!!
お楽しみに!




