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DQ  作者: 森青 ガエル
3/3

DQ3

ガァン。


おれはその晩、うまく寝付けなかった。

なんとか、少しでも眠っておきたかったのだが、そう思いどおりにはいかなかったな。

断続的な眠り、断続的な覚醒、見たや見ぬやの一瞬の夢(それはすうっと消えてく)。


これまでとはだいぶ違った、未知の日々のはじまりになる予感だけはあった。

寝床で、なんらの行動も起こせてないあの夜だか朝だか、その時からもう覚悟してた。



ガァン。ガァン。


不安が募り、眠れないのもあったんだろう。

おれはこのあとおれの身にに襲うだろうことを推しはかり、その危機から逃れるべく頭を働かせてた。

「眠れず仕方なく」というのと、「必要だし」って、理由としちゃ半半ぐらいで。

思考の奥底に、何かアイデアがわいたら、膨らませていく。

だが、途中で行き詰まり、「無理だ、できっこない」と思っちまったらデッドエンド。

そのアイデアはおさらばさ、脳内でボカンと破裂さす。

そうこうしてると、前の日の疲れが痺れのようにひろがって、すうっと落ちること多々、まともな考えなんてできゃあしなくなって、限界を迎え落ちていく。

だがまた不安な衝動が脳だか心だかに走り、眠っていたはずのおれは、ぐわっと現実の世界に掴まれ戻されちまう。

うまく頭が覚醒してるときを狙って、黒曜(注1)で調べまくり、使えそうな情報はメモって、おれは計画を練ってた。

生きのび、この世界を根っこから変えちまう計画のな。

この時点では、何の根拠もない、おれのトチ狂った妄想の波状疾走オーヴァードライヴだがな。



ガァン。ガァン。ガァン。



いやほんと、あの音のせいじゃないから。

いや、眠れなかった理由がな。

それは、ちょっとはっきりしときたい。

あの、窓の外の誤謬探知蜂デバッガドローンのな。



ガァン。ガァン。ガァン。ガァン。



おれの部屋の外、窓に何百回千回と体ぶつけてやがる、あのアホバチ。

最初、雨戸の、やつが体当たりかましてる場所の反対側開いて、窓から顔を出したんだ。

そしたら、いたよ。

おれに気づかず体当たり繰り返して。

間髪入れずにまた雨戸閉めてやった。そしたら、移動して、今度はおれが閉めたあたりでガアンガアンやり出しやがった。生体反応を感知して移動したのはいいが、肝心のおれはもう引っ込んだ後さ。トロすぎだってのな。

まあ、雨戸は閉めといて正解だったけどな。

普通の窓じゃなく、木の戸に遮られてりゃ、中は覗かれねえ。これはホント心理的にデカかった。

なんか懸念があるとしたら、音が多少うるさいんで、不審に思って親や妹が起きてきやしねえか、そんぐらいなもんだった。



ガァン。ガァン。ガァン。ガァン。ガァン。



ある意味、ドローンが来たのはよかった気がする。

って、や、よかったわきゃないよ、冷静に言やあ。

そんな風にしょげんの嫌いでね。

とはいえ、根は超弩級のマイナス思考さ。これは生まれつきだ。

この後におよんで劇的に変わりもしなえ、だから、ずっとこういう考えは、心の底で低く鳴り続けてたんだがな........、



「こんな妄想、どこまで煮詰めようが、うまくいきはしないだろう。

おれは捕まり、今までのやつら、標的にされた奴らと同じ運命をたどるだろう……。」



だが。

もう、やるだけのことをやらないって選択肢はなかった。

生きるために、やると決めた……

つまりは、根本原理ゲームシステムと戦うハラはもう決まってたんだ。




おれは寝床からむくっと起き出して、部屋をうろつき回り、背負い袋(バックパック)に持っていく物を投げこんでった。


「着替え一式とタオル」。

着ぐるみの中はとにかく汗がハンパない。


「本」。

2冊を厳選。今、読み返してる「竜王発言録」と、もう一冊。


「水筒」。

今はカラだ。出がけに、ベマンドラの草を煎じたお茶を入れていくつもりだった。


「財布」。

所持金は(部屋中かき集めて)58G。多いに越したことはないが.......まあ仕方ねえ。


「腕時計」。

黒曜で画面見りゃ時間はわかる、でもおれは腕時計が好きだ。方位磁石も付いてる。


「マント」。

日よけと雨よけ用だ。フード付きの長めの。背負い袋(バックパック)の上に被せられる。


「帽子」。

つば長で、飾りの羽根付き。マント同様、「オニガエルのだえき」で防水加工済みだ。


「常備薬」。

おれは皮膚がかゆくなるんで、その塗り薬は必須だ。あと三角巾や絆創膏なんか。


あと、そうだ、これは忘れちゃならねえ。

おれは、背伸びして、本棚の一番上の巾着袋を指で手繰り寄せ、両手でつかんだ。

そして巾着を開け(積もってた埃がすごくて、咳とくしゃみに襲われた)、中身を取り出した。

「ぬいぐるみ」。

つぶらな目の、苔緑色モスグリーンの、竜。

あの日の、小さな子ども......。その顔が、このとき一瞬、俺の胸に甦った。




武器や防具は持たないのかって?

こっちの世界じゃ、日常的に武器や防具を持っていいのは、生まれのよろしい連中だけだよ。

おれら、その他大勢の側に、武器を持ち歩く自由なんか、ねえ。

何か間違って、「たけのぼう」一本手にしていたってぐらいで、もうドローンがどっからか飛んでくるよ。

まして、追われる身だ。これ以上咎め立てされるのは避けねえとな。

てことで、おれは丸腰だ。

だいたい、普段、きのことして働いてる時だって、攻撃は体当たりだしな。

それでフル装備の奴ら何人もに向かってく。はは、笑えるだろ。おれらには泣けるけどな。って、もはや涙も出ねえがよ。

モンスターとして武器を装備することになってる連中、「あくりょうのきし」とか「みどりのおおおに」とかだな、あいつらの剣や棍棒や鎧だって、あんなの、仕事中だけの話さ。仕事あがる時、係のやつが残らず回収して、武器庫にしまって鍵かけちまう。





リウー。

ごはんー。



階段の下から、母が呼んだ。




あー。いま行く。



おれは返事をした、めんどくさそうな声で。めんどくさそうな声をねらって。

いつもどおりを装わないと。

昨日の朝までと、すべてが変わってしまったわけだけど、それでも。

バチン、バチンとふざけたかんじに背中痛えけど、そんでもだ。

歯、食いしばって。




ようやっとおれが階下に降りると、父と母と妹はもうテーブルでお祈りをはじめてた。

あーいま行く、と言ったあと、ちょっと手間取ってな。遅れた。

俺も慌ててテーブルに座り、お祈りにくわわる。




母なる大自然よ。


母なる大自然の子ども達、われら。


おなじ仲間、母なる大自然の子どもたちの体を。


その一度きりにして、永遠につらなるいのちに。


思いを致しながら、より良く気高く生きるために。


ありがとう。


いただきます。



3回繰り返して、両手を合わせて礼をする。これが竜人族おれらのお祈りだ。

俺の3回目が終わって目を開けると、父や母や妹が食器を手にし、朝食をとり始める。

おれは部屋のーーここは居間兼食卓で、たたきに降りると店だーー様子がおかしいのに気づいて、見回した。

花瓶は床で割れ、本棚の本は床に散乱し、引き出しは乱雑に開けられたまま中の衣類が飛び出ている。

「ついさっき、飯の前、一人来た。朝からなあ、ご苦労なこったな」、父は言った。

来た、というのは「勇者たち」のことだ。

例の、メダル探しだ。また、ばらまかれたのだろう。むなくそわりい。


「とりあえず、先神せんじんさまの石の周りだけはかたした(、、、、)けどねえ。まあ、あとでやりますよ」と母。

「なんか、髪が長くてじとっとした目のキモいやつが、そいつと階段降りたとこで鉢合わせて、寝巻きとかやらしー目でじろじろ見てきて。うち、超にらんでやったら後ずさりして引き返してった!」と妹。「まったく、あの……」

「シッ!もうやめ」

おれは人差し指を口に当て、妹が言葉を続けないよう制した。

「えっなに?」

妹はいぶかしく思ったようだ、いつもならおれもそこで思いっきり悪口に乗りまくるからだ。

でも彼女の無言の詮索を、飯をがっこむそぶりでおれはかわした。

妹の言葉を止めさせたのは、もうドローンが聞いてたからだ、俺の背中で。

監視対象者の背中の上の方。やつらの定位置だ。そこで、おれや周りの音声を拾ってる。

で、その音声を、遠いどこかの係のやつらが耳そばだてて聞いてる、まず間違いなく。


すこし時を巻き戻す。

ひとしきり装備をそろえたあと。おれはドローンを部屋に「招待」した。

直前に黒曜でバッチリ予習しといたよ。巨大掲示板に、の監視を受けた経験があるやつが経験談を書いてるのを検索してな。

書いてあった通り、ドローンはふわっと飛びながら、おれの背中側に回りこみ、服の中にぞぞぞっと潜り込んできて、背中、上からと下から、どちらからでも指が届きにくい位置(肩甲骨の間)で停止した、と思ったら


バチン


と音、おれは軽く叫んじまった。

背中に衝撃が走り、次いで、ああ痛え、という感覚が襲った。

バチン、バチンが計6回。

叫ぶのをこらえた、唇を噛んでな。予習してても痛えもんは痛えな、とかうそぶいて。

ドローンが、自分をおれの背中に固定したんだ。極小のかぎ爪みたいなのをおれの背中に刺して。


さて、このとき、いや正確にはドローンがなんちゃらセンターにデータを飛ばし、おれの位置情報が現認オーソライズされた瞬間にか、おれは「被標的ターゲッテッドモンスター」のリストに載った。

そうすると、黒曜のTOPページに、出るんだよ。

「こいつは襲って殺していい奴になったんで、殺っていいよ」って。

それをみんなが見る。

世界じゅうの「勇者たち」は、おれを合法的に殺せるってわけだ。

階下に降りるまで手間取ったっていったろ。

ちょっと笑っちゃうほど指が震えてるなか、怖いもの見たさで、おれは黒曜のTOPページを見ちゃったんだ。

で、やっぱり、おれは載っちゃってた。

TOPページに、おれの記事がもう出てた。ご丁寧に顔写真付きで。



「王国軍モンスター対策庁発表(碌時30分)

被標的ターゲッテッドモンスターリスト

新規 1名


除外の主な理由

竜王の本を所持し、閲覧していた。

危険思想の持ち主である可能性が高いため、除外するのが適当と認定された。



(モンスター時)

名称 さまようきのこ

所属 メラキア公国1−2管区管内「みはりとう」

勇者側適正レベル 5−6

技能  体当たりLv4 キノコパンチLv3 

特殊攻撃 ねむたいこなLv2

位置情報 「みはりとう」2階の小部屋周辺

備考 逃げ傾向あり 


(通常時)

氏名 リウ・ミカ=ヴォシ

種族 竜人族

年齢 27歳

住所 トルーヤ城塞都市西2南3(竜人族居住区)18-3

   (親元に同居、実家は駄菓子・雑貨店の「ミカ商店」)

職業 低レベルモンスター

識別アドレス dgn13mktlmk709614

備考 通勤経路 バス「こくりゅういちば」(ほぼ毎朝、死地時10分ごろのバス乗車)

         〜「メラキア第2モンスターセンター前」


報酬 経験値18 G58 


ってな。



「いや、すごいね」

とつぶやいて、それから、ちょっとこらえてたけど、ちょっと考えが......出なくてな。

世界中に自分の情報が知らされて、命を狙われるって、そのことが覆いかぶさってきたかんじで。

震えがおさまって、そして立ち上がる気分ってのか、家族がへんに思ったらな、って気をとり直すまで、寝床に倒れこんだきり、動けずにいたもんでな。




飯の前、上のおれの部屋に飛んでた意識が、みんなでいる食卓に戻ったとき。


もう出るか。


とおれは思った。

というのも、これ以上家にいても、迷惑かけるだけだって思ったからだ。

黒曜の冒険地図ワールドマップ上に、おれの位置が載ってる(アイデンティファイト)なのは間違いなくて、だからいつなんどき、「勇者たち」がおれをりに来ようが、おかしくなかった。

おれの勤務前、モンスターの格好コスチューム着てないうちから、りに来るのは、戦闘協定エチケット違反だ。

けど、戦闘協定エチケットは、それ自体になんらの罰則も強制力もない。

だいいち、おれら、99%の側に、戦闘協定エチケット違反を訴えでる権利なんて、はなっから、あるわけなんてない。

ルールやマナーやエチケット。

それらを、決めたり、曲げたり、抜けたり破ったりが可能なのは、1%の支配側であって、おれらじゃない。断じて、決して。

おれらは、ただ、「従え(obey)」と言われるだけの立場、言われて従うこと以外に選べるもののない立場の側だ。おれも、おれの家族も、おれがいつられたところで、文句を言うとか一切許されちゃねえのさ。



部屋に戻ってまた降りてきて、廊下を歩く(おそらくはトイレに入る)父を追い抜かし、母や妹には

「んじゃ」

とだけ言って、おれは家を出た。



ちいさい店と店の間、長屋と長屋の隙間、路地ですらない狭い空間を走り抜ける。

ガキの頃から走り抜けてきた道。



考える前に、家を飛び出てきて、走りだした。

ここに、おれの生まれたここに、二度と戻れないなんて考えちまったら、そのことが心にひろがってきちまったら、足が止まっちまう。

もう一歩だって進めなくなっちまう。


縦横に走って、視界が開ける。

川の土手の手前、屋台が並ぶ通りに出た。

行き交う人々の間をすり抜け、大きな橋を渡りはじめる。反対側の岸辺に、バス(注2)の停留所がある。おれの職場へ向かうバスの。

おれはそこへ向かっていた。

おれの計画では、まず職場に行く必要があった。きのこの姿の方がーー黒曜のマップ上に、標的として表示されているという絶対不利な条件は変わらずともーー見た目的に、少しでもごまかしがきく、という考えからだった。


背負い袋(バックパック)は、胸の前に掛けていた。

妙ちきりんな格好だが、背中はドローンがいて、その膨らみで掛けられなかった。それでも試してみて走ってると、背中がじくじく痛くなってきた。

で、しょうがねえからあきらめた。手に持ったり色々してみたが、けっきょくこのタヌキ風のスタイルが、消去法で一番マシだったわけだ。



バスの中、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、狭い中に居るおれらは、立ってるやつ座ってるやつ、誰もかれもが無言だった。

疲れ、あきらめ、宿ふつか酔い、そういう気だるさが飽和した空気。

いつもどおりの、あの息のつまる無言だ。

こんなクソみてえな空気であれ、いつもと同じってのは、ほっとさせてくれる......。

ほんのわずか気の張りが緩まったとき、こんな考えがおれの心を横切ってった。



こいつらを見ててて、思うこと。

親父や母ちゃんを見てたって、思っちまうことでもあるが。

結局、おれらに、先になにがあるかって言やあ、ろくな未来はねえんだろうなと。

おれはいま、連中の「真の敵」と認知され、なぶり殺されそうになって、最悪には違いねえ。

けどだな、もしこうならなずにすんで、無言でどうにか先へ生きて流れゆこうが、たどり着くのはどん詰まりにちげえねえだろう。

「死」と数センチの距離感の。

この際、やるだけやってやるよ。

どうせなら、おれだけ助かるとかじゃなく、家族も、こいつらも、がらっと反転するような。

そこを狙って、動いてやっから。へっ、まさに「危険思想」の面目躍如だな。

まあもっとも、おれはまだまだ生きて生きて生きまくって、やりたいことがたくさんあるし。

そのためにも、このどん底の世にたいして、どんなやり方であれ、たたかわないといけねえ。

このバスに乗ってるままじゃ、思いもつかねえやり方でよ。

ま、おれは「信じるものに殉ずる」とかそういうの一切無理な性分たちなんで、自爆して死を選んだりとかは絶対、ねえんだけどさ。

いっとう最初に、生き抜くため。命を、このクソみたいな状況で、連中からられたりしてたまっかよ。

そん次に、もっと違う世の中を見たいってやつ。

てゆうんで、おれは動く。

たたかって、逃げて、行きたいと強く念じる場所へ、かならず、たどり着いてやる。



バスが大きく進路を変えて、おれの意識はバスの中に戻った。

はっと前を見ると、向かいの、若白髪の男の目がおれを捉えてた。

左手の黒曜を見て、また俺をまじまじ見る。

おれは、若白髪がおれから目線を外さねえのに辟易して、周りに目をやってみた、

斜め右、遠目の座席で、二人のおっさんたちがおれのほうを見て小声で言ってた、

小声っつっても、だいたいおれまで丸聞こえだったワケだが。



「あのガキだぞ、殺されんの……」

「おれらにすりゃ、ついてるって話な、ひゃっひゃっひゃっ……」

「だな、あいつにどっと殺到して……」

「おれら、そのぶん、ひひっ、きょうはのんびりだ……」

「楽できるな……」

「定時に帰れるかもだな!……」

「ああ、そしたら今日は帰り、祝杯といこうぜ……」

「たまにゃこんなすてきな日もあるってな!ひやーっひゃっひゃっひゃっ……」



 

胸くそ悪い反面、オッサンたちの会話が、腑に落ちる自分もいた。

って言うのも、おれだっておんなじように思ってたからだ。

世界のどっかで、なんらかの理由で、俺の知らねえ誰かが狙われた(リステッド)としたらな。

残忍だったり、ただ人が死ぬのが見たかったり、お祭り騒ぎに群がりたいとか、野次馬根性丸出しとかも含めて、

相当な割合で、勇者どもは哀れなそいつんとこに殺到する。

そうすると、本当に、見事なほどに、息がつける日になるのさ。世界中で仕事中の、他のモンスターにとってはな。


ふん。

知るか。

振り払おうと、おれは前に抱えた背負い袋(バックパック)から、「竜王発言録」の続きでも読もう、と、リュックを開け、取り出しかけた......


そのとき。

バスが止まった。

慣れない、不穏な停まり方だった。

ほとんどの乗員が、手すりから身を乗り出して、外を見た。おれも、二両目の座席から体をひねり、前方に目をやった。

運転手が若者と話している。

いや、威嚇されている。

「勇者」風のファッションに身をまとった、黒眼鏡グラサンの若い男が、運転手の額の先に剣を当てたり、突然ひゅっと振りかぶったりして、意に従わせようとしている。

その「勇者」風の後ろに、あと5人。「女勇者」風、戦士、武闘家、僧侶、魔法使い。



おれは体を戻して、天を仰ぐ。


もうかよ......

早くねえ......?


誰かが言う。

「あいつ、見覚えあるぞ。確か、勇者ブサイクマッチョとかいう名だ......」



まいったな、予想外だと思いつつ、おれはなおも状況を見る。

バスの右、河原寄りの一段低い場所に、馬車が停まっている。

馬を見て驚いた、なんとペガサスだ。

生意気な!とおれは思う。そりゃ、おれんとこに早く着けるわけだ。

おそらく、この大陸の、ヒヨッコみたいな「勇者ども」とはレベルが違うんだろう。あるいは、親の身分が相当上の方とか、そんなとこだろう。



そのブサイクマッチョが車両に目をやり、こう叫んだ。


「いいかァ、おまえらァ。全員、ひとりずつ降りろ。

俺らが、行っていい、っていうまで、そこで立ち止まれ。

行っていいことになったら、歩いてまっすぐ仕事場へ行け。妙な動きはするな」


最初の男が降りた。

連中が武器を構え、あるいは攻撃魔法の準備をしつつ、囲むようににじり寄る。


「いや、こいつじゃない」


「よし、行け!」



なるほどな。黒曜で見ても、おれと近すぎるがために、連中、もう地図上はおれの位置をとらえられない。おれを確実に仕留めるため、面通しをすることにしたってか。

ひとり、またひとりと、乗ってた奴らが降りていく。

足が震えてくる。




だが。

逃げ道はあるぜ.......




降り待ちの列を一歩、一歩とすすみながら、おれは頭の中で、ある逃避策を仮実行シミュレートしている。


前の奴が、2段の階段タラップから降りたとき、おれは振り返って、ペガサスと馬車の位置をもう一度見やる。

いつの間にか、反対側、つまりペガサス側にも、戦士が一人回り込んで、警戒している。

そいつと目を合わせないように、おれはすぐさま体を元に戻す。


前の奴が、「行け」となって、いよいよおれの番になる。

着地したらすぐだ、と考えた矢先、後ろから両腕がすくわれて、体がふっと重力から解放され、軽くなる。

最初何が起こったのかわからなかったが、あっと気づく、おれは後ろの奴から羽交い締めにされてた。

後ろの奴が言った、

「こいつ、こいつです。殺していいの、こいつ」

「おいっ、ちょっおまえっ....... やめろっ!」

そいつは相当な腕力の持ち主だった。おれは足をじたばたさせ、腕を抜こうともがくが、結局のところ、そいつに情けない声で抵抗する以上にできることが何一つ見いだせないまま、そいつが力で操るまま、2段ともにほとんど足をつけずに、階段タラップから地面へと降ろされてしまった。


ブサイクマッチョが、

「ほう」

と言った。

僧侶が掌の黒曜をちらっと見て、おれの顔をまじまじ見たあと、「あ、ほんとだ」と言った。

ブサイクマッチョはニヤリと口を歪めると、首だけひねって背後の「女勇者」を見やり、人差し指を空に突き出すと、後ろから前へ、ゆったりと振った。

「いいな?やれよ?」

「女勇者」の顔に緊張が走った。

が、何か決意した表情で、一歩ずしゃりと足を踏み出すときに、何かを懐から取り出し、構えた。それを見たおれは思わず、


うっわ、勘弁してくれ.......


とつぶやいた、クソ野郎に後ろからぎりぎり固められた状態で。

二連弩弓デュアルクロスボウ

小ぶりなサイズとはいえ、上品なツヤ消しの黒茶色に、細やかな意匠が施されている。

上等な品に違いなかった。

2発、すかさず弓を打てるという、何千Gもするような武器だ。

ブサイクマッチョの隣に来て、「女勇者」は矢をつがえ、撃つ姿勢のまま動きを止めた。

不思議な沈黙が、その場に降りる。

「女勇者」の、鼻から息を吸う音が、不規則に、激しくなってくるのが聞こえる......


とその瞬間、


ズドン。


強烈な衝撃がおれを襲い、おれは瞬間、息ができなくなる。


ドスッ。


2発目が撃たれ、体に深々と刺さったのが、伝わってきた。




不思議なスローモーションの世界の中におれはいた。


おれは目を見開き、前を見た。


「女勇者」が、青ざめた顔でおれらの方を見ていた。


「ぐあああーーーっ!」、叫ぶ声。




この瞬間、たった5秒前までここを支配していた世界のバランスはもう、崩れて失われていた。




おれは、地面のほうに倒れこんでいった。




※1 「黒曜」とは、持ち主の左手(左利きの場合は右手)のてのひらに埋め込まれている、通信端末あるいはそれを介して行う通信手段のことを指す。黒曜石のガラス部に覆われた液晶を、指先で操作して使う。黒曜の通信技術には、最新の魔技融合技術マギノロジーの粋が詰め込まれている。この世界の住民は、本人の意思に関わらず、所持が義務付けられており、黒曜の初期費用(埋込みや設定)、基本使用料は、人々の生活に重くのしかかっている(黒曜の販売は各国の王族の専売制となっているため、この出費は「第2の税金」とも呼ばれている)。また、日々、支配者に都合のいい情報しか流されないことや、利用者が当局に情報を収集されていること、支配者に不都合な情報を検索する者は監視対象になることなどが、公然の秘密となっている。(麺見栄書房刊「石の宇宙ーーその無限の可能性」より)


※2 「バス」とは、体長4メートルほどの「車輪ガメ」が甲に軽鉄製の車両コンパートメント(日本なら、遊園地などにある小型の機関車の客席、あれの、席の並びを横の6人掛けに変えたものを想像してもらえれば、イメージ的に近い。)を背負い、2匹が連なって(つまり2両編成)目的地へ進む乗り物のことだ。先頭のカメの首には、ヒトのカメ使いが乗っているが、車輪ガメ自体の知能も低くないため、バス停の待ち人を認識して停まるなどのことは自分たちでやってのける。車輪ガメの動力(食料)は、黒濁泥油である。カメたちの脚は、舗装されたあるいは平らかに固められた道路では車輪走行し、このときの時速は25km/時ほどである。ぬかるんだ悪路では鉤爪付きの足で力強く歩く。時速は10km/時ほどである。いずれの走行モードであっても、車両内の揺れはさほど大きくない。(太史慈書林刊「知られざる世界の公共交通大全」より)

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