018 過去
――――咎落は殺される。
関わりもない人の明日の糧のために。普通とは違うという理由だけで、もう老体で働けないというだけで。
「何ですって」
ソフィアとジェシの温かい笑顔が浮かんで、そして、すぐに消えた。
あの笑顔がもう見えないなんて。そんなの嘘でしょう。現実じゃないと何度も言うのにゲンさんは頷いてくれない。
じゃあ、城の前で並んでいた何人もの人達はどうなるのだろう・・。何千人もいたというのに、その人達を全員殺してしまうのか。いや、しまったのか。
「腐ってる」
この国はおかしい。人の命をまるで物のように扱うなんて。
人は同じなのに。この血が通っている肌も動いている心臓も同じなのに、どうしてここまで違うんだろう。
「ああ、そうだな」
そう言うゲンにふと我に返った。
「何でゲンさんはここにいるの?」
こんな自国の人も他国の人もゴミのように扱う国に。先程の皇子だけではなく、城下で屋台の男がジェシに対してすごく過敏だった。
そう皇子だけではなく、普通の人々までもが。
「・・・」
「ごめんなさい。言いたくないならいいの」
誰にだって秘密はある。蛍子は少し寂しく思ったが諦めた。
だがゲンは蛍子に優しい笑みを向けると口を開いた。
「いや、話そう」
まるで昨日のことのようだ。遠い目をして思い出を辿るように静かに話し始めた。
儂は『地』に生まれ、そして生まれた時から『天』と『地』の戦いを聞きながら育った。
そのため『天』に憎悪が湧くに時間はかからなかった。
その中で頑固で人付き合いが苦手な儂にも妻ができた。
儂とは反対でよく笑う妻でなぁ、人から好かれていた。何で儂と結婚したか周りの人も儂も不思議に思ったよ。
結婚して二ヶ月もたっていないころだ。
儂にも召集令状がきてな、この国のためにと心配していた妻を残して儂は出かけたよ。
儂はもともと医者だった。そのため軍医になったため戦場に出ることは無かった。だが傷ついた者たちを見て戦場の惨状を知ったよ。
結果は無惨だったよ。こっちは死者をあっちの倍の人数を出しながらの完敗だったからな。
だが儂は無傷で家に帰った。
帰った時はな普段は泣かない妻が大泣きしてな、宥めるのが大変だったよ。
しばらく普段と変わらない生活が続いた。
その中で妻は身ごもってな、儂は男だと言い張ったんだが妻がな女だって言い張ったんだ。
生まれてきた子は娘でな、妻はほらと得意げに笑ったんだ。
娘は太陽に愛された子、ティラーゼと名付けた。
あの娘はまだ一歳にもなってないのに活発な子でな、あちこち動き回ってはよく怪我をしていた。目を放すとすぐどこかに行ってしまってな、本人は隠れん坊のつもりだったんだろうが、いつの間にか隠れてる処で寝ちまっててな、儂と妻はいつも半乱狂に叫んで探したもんだった。
あの娘が立つ前にな、また召集された。
妻はまた辛そうな顔をしていたが儂は大丈夫だと何度も言って戦場へと向かったよ。
そこでもまた軍医だった。腕が良かったのを見込まれたらしい。儂は前回より危険な処に行っては治療し、たまに戦場に出たりもした。
儂は運が良かったんだろう。
今回もどこも怪我をしないで帰ってこれた。
帰ってこれたのに。
ゲンが言葉を詰まらせる。
「ゲンさん?」
蛍子がゲンの震える手を握った。ゲンの手は月日の苦悩が刻まれていて皺くちゃだった。
帰ってきたのに家が無かった。
儂の家が、無いんだ、隣の家はあるのに。
儂は自分の目を疑ったよ。
妻はどこか、儂の娘はどこなんだ。
隣に聞くと何だか怯えた顔をするんだ。
尚も詰め寄ると王宮に行けと言うんだ。それきり口を閉ざしてしまって仕方ないから王宮に行った。
・・そこで見てしまったんだよ。儂の妻と娘を。
二人共、首だけだった。
王宮の庭に知らない女の人と一緒に乗っててなぁ、看板には罪人と書いてあった。
もちろん儂の妻は何もしてない良い妻だ。儂は王に合おうと開かない門の前で叫び続けた。妻と娘を返してくれ、と。
手の皮が裂けるまで叩き続けた。喉が枯れて潰れるまで叫び続けた。
そんな儂に門番が教えてくれたよ。
お前の妻はもう戦を止めて欲しいと訴えて殺されたと。
何度の訴えにより罪人にされたのだと。
儂が家族のため、この国のためと死ぬ思いで戦っていたと言うのに、この国は民を守るどころか殺したんだ。戦により食べ物の値段も高騰する中、飢えることなど知らない王族は、戦の恐怖も知らない王はたった一言で儂の家族を殺したんだ。
妻は2人目の子が腹の中にいて、娘はやっと言葉を覚えたけどまだ儂の名前が言え無かったのに。
もうその声が聞けないんだ。
儂の愛した家族がこの腕に抱けないんだ。
だから儂は自分の国を呪った。滅んでしまえと。
儂が願った通り、采配も何もないその国は滅んだよ。
儂は行く当ても無くなって、ふらふらとさ迷っていた。
どこかの森で倒れた時、死を覚悟した。
だけど目を覚ました時には生きていた。そしてここにいたんだ。
儂は全身包帯で巻かれていた、起き上がると全身に痛みが走った。
傍にいた黒髪の男がいた。すぐに分かったさ、長年戦ってきた相手だったからな。
でも儂は戦う理由を忘れていたんだ、もう国に従事する必要は無いってな。
男は名も名乗らず儂の世話を続けた。儂が『地』の人と知りながらな。
その時、儂の中にあった有翼人に対しての偏見が消えた。
儂はその男に言ったさ、儂を助けてどうするってな。
男は言った。
助けられる命を救っただけだと。
その言葉を聞いた時、儂はここで生きようと決心した。『地』への名残なんて全く無かった。
だから儂は反逆者として『天』の下僕である証を身体に彫ってもらい儂はここにいる。
助けられる命を救うために。