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庭に出ると、先ほど赤いスーツの女の人の居た方とは逆の方へ歩き出す零。
私もその後を追った。
時より強い風が吹き抜けるが、天気もよく日向に居ると気持ちが良い。
「俺の祖父が…」
「?」
「お前の祖父の知り合いだ」
「え?」
それは初めて聞いたはなしだった。
「お前の母方の祖父は日本人だろう?」
「はい」
「戦友だそうだ」
「…怪我をした祖父を、祖母が介抱しそのまま恋に落ちたと聞いています」
「フン…随分と美化したな思出話だな」
「…!」
私にとっては憧れの話だったから…零の言葉に思わず息を呑み込んだ。
何て言い方…
憤り紛らすように視線を逸らし桜の木に移す。
「お前との、この話は祖父が持ってきたモノだ」
「…」
「会長である祖父の命令。親父〈おやじ〉も逆らえない」
それはママから聞いている。
桐生会長の言葉は絶対で一族であっても誰も進言すら出来ないのだと。
「それは、お前にも拒否権は無いと言うことだ」
「…それは…分かっています」
「ほぅ…」
少し目を細めて私を見下ろす。
目を合わそうとするとかなり目線を上げる必要が有る。
数歩離れたこの場所から私は零を見据えた。
「どういう条件であっても覚悟の上と言うことか」
「…はい」
「ならばはっきり言おう。俺には女が居る」
「…はい」
「アイツと別れる気はない」
「…はい」
「ほぅ…」
私は目を逸らすことなく顔色を変えることもなく淡々と返事を返した。
「アイツを切る気もない」
「…はい」
「それと、お前には一切興味はない」
「…はい」
「別にいつ出ていって貰っても構わない」
「…それは…結婚したことを前提のお話ですか?」
私の言葉に零はほんの少し目を細めた。
「…そうじゃないのか?」
「いえ。私には選択権は有りませんから」
零は暫く何も言わずじっと私を見ていた。
「お前からは何もないのか?」
「…2つだけ」
「何だ」
「どなたとどんな関わりをされても構いません。外に子供ができても、それを認知されてもどうされても構いません」
「…」
「…が」
先程の桜の木から花びらがヒラヒラとまつ毛を掠るように頬に落ちてきた。
条件反射で瞬きを数回した後、零にゆっくりと視線を戻し
「その子をあなたの籍に入れて、我が子とされるならその時、その時には必ず私を捨ててください」
「…」
「あなたの籍から私を抜き、桐生家から追い出して下さい。それと…」
私は桜の木を見上げた。
太陽の眩しさに目を細める。
「私の事は構いません。ですが、この先三条の名が恥じるようなことになるのは不本意です。
私は三条の為に嫁ぐのですから。
もし、三条の名を汚すようなお話しでしたらこの話は無かったことにさせていただきます。
そして嫁いだ後もずっと…そのその意思は変わりません。」
「良いだろう」
零の言葉はそれだけだった。
プロポーズの言葉も無く、これからの生活についても一言も何も無かった。
そして約2カ月後、私たちは結婚式を迎えることになる。




