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8.真実

「違うんだ。僕たち本当は、付き合ってたんだよ」

「え……?」

「桐島くん、何を言ってるの……?」

 

 勇気を出せ、桐島詩音。

 大丈夫だ、ちゃんと話せばわかってくれる。


「僕は一度吉田さんに告白して、受け入れてもらった事があるんだ。でもそれは今の吉田さんじゃなくって、過去っていうか未来っていうか……、とにかくその時は付き合えたんだよ」

「……」

「意味がわからないわ! 頭おかしいんじゃないの!?」


 吉田さんは黙って僕を見つめ、ひとみさんはヒステリックに怒鳴っている。

 負けるな。とにかく説明するしかない!


「説明が難しいんだけど、あの朝あの公園で僕達は付き合い始めたんだ。でもその後変なことがあって時間が巻き戻されちゃって、今の吉田さんにもう一度告白したんだよ。それでその、断られちゃったんだけど……」

「……」

「あなたね、自分が何を言ってるのか理解してる? めちゃくちゃよ。琴音、こんな人の言う事聞いちゃダメ。もう行こ?」


 ひとみさんは吉田さんの肩を掴み、その場を離れようと促す。

 けれど吉田さんは姿勢を動かすことなく、僕の方を見つめたままだった。


「本当なんだ! 吉田さんは覚えてないだろうけど、確かによろしく、って言ってくれたんだ!」

「あなたね、さっき『転校の話は先生から聞いた』って嘘ついたばかりじゃない! そんな人の言う事、信じられる訳ないでしょ!」

「……」

「琴音……?」


 伝わったのだろうか。吉田さんはじっと僕の両眼を捉えたまま、表情も変えず、相槌を打つでもなく。否定も肯定もされない沈黙が続いた。


「お願いします、信じてください!」


 僕はいつかそうしたように、本気のお辞儀をした。

 でもそれはあの朝とは別種の緊張感で、胃の奥から込み上げる気持ち悪さを押し殺しながらのものだった。


 実際にはわずかな時間かもしれないけど、体感では数分にも思える間、辺りは静寂に包まれた。冷えつつある頭で思い描ける未来像に、ハッピーエンドが見当たらない。


「……わかった、信じる」


 しかし吉田さんが言ってくれた言葉は意外にも、僕の話を肯定してくれるものだった。


「本当!?」


 やはり誠意は伝わるのだ。僕は嬉しさのあまり、今にも飛び上がりそうだった。


「でも」


 強い口調で、吉田さんは言葉を継ぐ。


「その話と今の私、関係ないよね?」


 急激に体温が下がった気がした。

 言い方が冷たい訳でも、軽蔑するような視線を投げ掛けられた訳でもない。

 

 なのに彼女の毅然とした態度は、ハッキリと僕を拒絶している。

 小学生の頃に出会ってから今に至るまで、こんな風にされた事は初めてだった。


 いや、違う。

 僕が彼女をこんな風にさせてしまったのだ。


「琴音、行こ」


 ひとみさんに促され、今度は彼女も僕に背を向けた。


 思考が鈍くなった僕の頭では、今目の前で起こった現実を処理できない。

 遠ざかっていく彼女の背中を見ていると、なぜか小学生だった頃の吉田さんの姿を思い出した。


 公園で会う度、僕と遊んでくれた彼女。

 今は皆に好かれる文武両道な優等生だけど、当時の吉田さんは少し違った。本当は勝気で、負けず嫌いで、ちょっぴりワガママで。

 小学生の頃から僕は、そんな彼女が大好きだった。


 僕はもう、彼女の人生に寄り添える事はないのだろう。

 

 ポニーテールの上で小さく揺れる水色のト音記号。

 そのヘアゴムだけが、あの頃と何も変わらない居場所にあった。


 ◇


 その後の事はあまり覚えていない。

 けれどいつの間にか現れたおっさんを見て、僕は現実に引き戻された。


「【時空のおっさん】……」


 紺色の作業着のようなものを着て、帽子を目深にかぶった例のおっさん。

 

 この中年(いや初老?)を見てから気付いたが、あの時見た空と同じく、またドス黒い色合いが僕たちの頭上で展開されていた。


「成功、か」

 

 そう言っておっさんは、薄く笑う。なにかひと仕事終えたかのような、思わず溢れてしまったと言わんばかりの少しの笑顔。


 成功?成功だって?


「これのどこが成功なんだ……」


 本当なら飛びかかってぶん殴ってやりたい。だけど僕にはそんな気力も残っていない。

 もう、疲れてしまった。


「おお、悪い。誤解させてしまったか」


 口調は相変わらずではあるが、前に会った時とは別人のように、その態度は柔らかかった。

 

「なにが誤解なんだよ」


 そんなおっさんの態度に気が抜けたのかもしれない。僕は敬語を使うのを止めていた。


「その様子では、フられたようだな」

「だからそれはあんたが仕組んだんだろ!?」

「それが誤解だと言うんだ。私はお前を誘導したりしていない。そんな事はどうでもいいんだ」

「は……?」


 全然このおっさんの言っている事がわからない。


「じゃあ一体、何が目的なんだ?」

「そうだな、もう私の目的は達成できた。何でも答えてやる」


 そう言って、帽子を被り直すおっさん。その姿はどこにでもいるようなモブ用務員にしか見えない。


 というかそもそも、時空のおっさんとはもう会えないんじゃなかったか?いや、再会するパターンもあったんだっけか。トーマが言っていた時空のおっさん情報を、よく覚えていない。

 

 

「まずなんだ、私の目的か?それこそ今のお前には関係のないことだが。この世界線のお前に再会する、これが私の目的だ。つまりそれが成功だ、と言った意味だ」


 それは別の目的があっての手段の話じゃないか?とも思ったが、確かに僕にとってはどうでもいいことだった。


「あんたは結局、なんなんだ?」

「なんだ。まだ気付いてなかったのか?私は未来のお前だよ」


 どこかで「やっぱりな」と思う自分がいた。

 こんな冴えないおっさんになるのかというガッカリ感と共に、予想通りな気もする。

 だが、そうだとすると。


「じゃあなんで吉田さんと引き離すような事を……」

「だから()()()それは誤解だ。お前が勝手にそういう方向に進んだだけの事。まぁ想定内ではあるが、な」


 ふん、と鼻で笑うおっさん。

 晴れやかな表情のおっさんとドス黒い空模様のコントラストが、この空間の不気味さを引き立てる。


 おっさんはそんな空を見上げ、話し始めた。

 


「真面目な話、お前は吉田琴音と付き合うべきではない」

「な、なんで!」

「お前も彼女も不幸になるからだ」

「不幸って、どういう……」

「それを知ってもどうにもならん」

 

 相変わらずおっさんは、空を見上げたままだ。

 おっさんには何が見えているのだろうか。つられて僕も見てみたが、赤や黒や紫の、形容しがたい気持ち悪さの色がぐにゃぐにゃと渦巻いているだけだった。


「お前、吉田琴音の事が好きだと言ったな」

「も、もちろん」

「愛しているか?」

「……はい」


 なんでおっさん相手に好きな子の話をしなくちゃならないんだ。大体このおっさんが未来の僕だと言うんなら、そんな事は言うまでもない事だろう。


「私の妻は、吉田琴音だ」

「!」

「最初に告白した世界のお前、その未来が今の私という事だ」


 結婚出来ているんじゃないか!

 僕が彼女を不幸にするハズがない。だったら、まさか。


「吉田さんは、病気かなにかで……?」

「いや、私のせいで彼女は死ぬ」

「え? そ、そんなバカな」

「これが事実だ」


 未来の僕のせいで?

 この世界の延長線上に、僕自身が彼女を死なせてしまう未来があるって言うのか?

 

「だ、だったらそのダメだったところを僕が直せばいいじゃないか! あんたが未来の事を知っているならそれで解決……」

「却下だ」

「どうして」

「お前、『自分が幸せになりたいから』と彼女の命を賭けるのか?」

「そうじゃなくって」

「そう言っているのと同じだ。私は未来を知っているのではない。私が生きた過去を知っているだけだ」

「……」


 自分の幸せの為に彼女と一緒になりたい?そうなのだろうか。

 確かに彼女と居られるなら、僕は幸せだ。でもそれは果たして彼女の幸せなのか。


 でも僕は彼女を幸せにする自信がある。自分の全てを投げ打ってでも、絶対に彼女を守ってみせる。

 ……そう誓った結果の未来が、このおっさんじゃないのか?


 だとすると、僕では彼女を幸せにしてやれないのだろうか。

 

「お前は自分が幸せになりたいだけなのか? それとも、彼女の幸せを願うのか?」

「彼女の幸せに、決まってる……」

「ではやる事は一つ。彼女に関わるな。愛しているというのが嘘でないなら、何もせずに彼女の転校を見送れ」


 それが最善、なのだろうか。

 確かに僕が頑張れば、良い方向に未来を変える事だってできるかもしれない。

 

 だけど変えられなかったら?

 『僕と一緒にいる事で不幸になる』という結果が出ているのに、確証も無しにもう一度同じ道を辿るような選択をしていいのだろうか。


 それは僕のエゴだろう。

 おっさんの言う通り、そんな賭けに出るのはダメだ。僕の命ならまだしも、吉田さんの命を賭けるなんて到底できないし、やってはいけない。

 


 でも。

 


 どちらにしたって、もう僕が吉田さんと付き合う未来はないだろう。その前提が抜けている。


「そもそも僕はもう、吉田さんに嫌われちゃいましたよ」

「……お前、もう私の言った事を忘れたのか」


 おっさんの呆れ顔。あれ、前にも見た気がする。

 なんだっけ。

 


「前回言ったはずだ。『元の世界には帰れない』と」

「あ」

「そういう事だ。もう一度あの場面をやり直す」


 そう言って、おっさんはまた例のリモコン状の物体を僕に向けた。

 一瞬の間を置いて、辺り一体が眩い光に包まれる。

 


「私はお前を信じている。琴音の幸せを願うだろう?」


 

 おっさんが口にした彼女の名は、とても優しく穏やかな響きだった。

 

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