第六十二話「瀬那の記憶」
瀬那は記憶の海に溺れていた。
やがて、その海の向こうから幼き頃の記憶が襲いかかって来る。
「お母様っ! お母様っ!」
「瀬那様、離れてくださいませ!」
瀬那の目の前で、母親が顔を歪めて苦しんでいる。
母親の傍らには先ほど生まれた幼子がいる。
「奥様っ! しっかりなさいませ!」
「奥様っ!!」
大勢の女中たちが、皆瀬那の母親に向かって声をかけている。
瀬那は気が動転し、同じく母親に呼びかけるしかなかった。
(そうだ……お父様に知らせないと……)
瀬那は抑え込む女中の腕をすり抜け、瀬那は部屋を飛び出した。
父親のいる執務室へと向かい、廊下をひた走る──
「はぁ……はぁ……」
足がもつれて転んでしまいそうになりながらも、瀬那は庭にかかった橋をわたり父親のもとへまっすぐ駆ける。
次第に、数度しか訪れたことのない父親の執務室に近づく。
瀬那は勢いよくふすまを開けると、そこには仕事用の着物に身を包んだ父親がいた。
「はぁ……おとう……さま……」
瀬那は勢いよく走ってきたため、息が乱れてうまく言葉を紡ぐことができない。
「なんだ、許可なく入るなと母さんから聞かなかったのか?」
「お母様がっ!お母様がっ!危険な状態だと……」
瀬那は子供ながらに必死に伝えようとする。
しかし、父親の返答は無情なものだった。
「だからどうした?」
「……え?」
瀬那は言葉を失った。
「私はこれから時哉様のところに行かねばならぬ、様子を見に行く暇などない」
父親は早足で瀬那に近づくと、そのまま何も言わずに通り過ぎていった。
「お父様っ! お母様がっ!」
みるみるうちに遠ざかる父親の姿。
瀬那が必死に叫ぶも、その歩みを止めようとはしなかった。
その数刻後、瀬那の母親はこの世を去った。
瀬那と生まれたばかりの娘を残して──
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