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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第六話 ケチャップとニット帽

 美術部の集会の目的は、部長と部活動説明会の登壇者を決める事だ。前年度中に最後の大会があり、きっちりと三年生が引退する部活動は別として、春休み中に部長を決めるのが泉行中学校の伝統だった。説明会の方は早くから準備する部活もあれば新学年初日に慌てて纏める部活もあり、美術部は若干遅めである。もっとも、大抵大きめの絵や彫刻作品を数人で掲げつつ、代表者一名がマイクで入部を呼びかけるくらいなので、そう大層な準備はしない。これは美術部の伝統となっている。

 新菜は新部長の挨拶に他の部員とともに称賛の拍手を送り、名指しで頼まれた説明会のマイク係を承諾しつつ、若干上の空で集会が進む様子を見ていた。

 ――どうにも集中できないわ。

 新菜は切絵を横目に見つつ思った。わかったところで気配があるのは変わりない。その相手と話していればまだましなのだが、いるだけ、と言うのはまた違う印象だ。

 言うなれば、常に誰かから背中をつつかれているような感覚である。

 そんな折、切絵が左手をすっと動かした。

 新菜が視線を下に落とすと、メモ用紙が一枚。

 ――「終わったら中庭でお話しましょう」ね。普通に下校しながらよりは聞かれる心配が少ないか。

 新菜は元々この後切絵と話すつもりだったが、切絵もまた似たような事を考えていたらしいと溜飲を下げ、もらったメモを綺麗にたたんでポケットに仕舞う。

 決めるべき事を決めた集会は、顧問の教師の挨拶で慎ましやかに終わりを迎えた。

 新菜と切絵は周りに合わせて席を立ち、昇降口で瑠璃にちょっと約束があると言って別れ、一緒に中庭へ出る。

 新菜がキョロキョロとあたりを見回し、人の気配がないのを確認して一歩前へ。

「いや、びっくりしたわ。最初誰かと思っちゃった」

「わたくしも新菜だと知って少なからず動揺しました」

 切絵はたおやかに頷く。彼女は相槌一つをとってもしとやかだ。

 しかし、新菜は首を傾げる。

「その言い方だと、切絵は超能力者がいるってのは知ってたの?」

 自分だと知らなかったという事は、誰かがいるとは知っていたという事になる。

「ええ。昨日天道さんから今日の午後、泉行中学校の生徒に新しい超能力者が誕生したので、説明をする際に手助けするよう頼まれましたので」

 肯定する切絵。紬から最低限の事だけは聞かされていたらしい。

 ――名前を伏せる必要はないと思うんだけど。

「それなら、あたしにも言ってくれればいいのに」

「言わないようにしていたのでしょう。それなりに理由がありますから」

 切絵は新菜の疑問の答えを知っているらしいが、今は説明しないらしい。

 ――それが今日の「説明」の内容ってわけね。下手にここで話しちゃって、紬の話と矛盾しちゃったらややこしくなると。

 新菜は一人推測しつつ、いまいち納得出来ないままだった。

「では参りましょうか」

「もう話す事はないの?」

「ええ。事情の説明だけです。あまりベラベラ喋ると混乱の元ですので」

 切絵は苦笑いを見せた。

 校門を通って通学路に出た二人は、あまり口を開かないままゆっくり歩く。

 ――話題を出しづらいわ。

 新菜は居心地の悪さを感じていた。超能力の事で頭がいっぱいなのに、人に聞かれると思うとどれも口には出来ない。

「新菜。お昼の予定はありますか?」

 突然聞かれて、新菜はぽかんと呆ける。

「昼って……昼ごはん?」

「はい」

 切絵はどことなく期待に胸を膨らませているようだ。

 新菜は、ああ、と納得し、用事がないから一緒に何処かで食べようと提案した。

「ええ。ぜひ。駅前にでも行きましょう」

 切絵の声色がぱあっと明るくなった。


 ◇◆◇


 新菜は私服に着替えて家を出て、昨日の事故現場近くに立った。

 待ち合わせまで三十分あったが、別に几帳面が過ぎてこの余裕を持ったわけではない。

 事故現場を見ておきたかった。

 当然ながら事故車はなく、黒く大きな痕が横断歩道を塗りつぶすように残っている。焼けた痕がそこかしこに残り、ガードレールが特に煤けている。

 ――あたしが原因、なのよね?

 どうにも各所に謝って回りたくなる新菜の気持ちを、気配が現実に引き戻す。

 流石に二度目となるとそれなりに慣れ、うろたえず気配の方に目をやる余裕ができた。

 もっとも、マーケットの建物が邪魔をして、気配を発する相手は見えないのだが。

「二十五分前……相当楽しみみたいね」

 新菜はしょうがないなぁといった笑みを浮かべた。

 泉行の駅は特に発展しているというほどの賑やかしさはなく、食事処も三軒程しかない。

 そのうちの駅舎に入っているハンバーガーショップに二人は入り、注文を済ませて席で待っていた。

 ランチタイムという事もありそこそこ賑わっている店は、木を意識した内装のおかげで雰囲気もいい。肉も厚く野菜も多い、ガッツリとしたハンバーガーを提供する店だ。

 数分で運ばれてきたハンバーガーに、切絵が机の上に置かれたボトルに入ったケチャップを大量にぶっかける。

 彼女の大好物である。

 新菜は頂きますと手を合わせて、ほとんど空になったボトルからそれなりの量のケチャップをハンバーガーに落として一口かじる。

 肉汁がじゅわっと口に広がる。

 新菜は正面に座る切絵を見る。

 赤い物体と化したハンバーガーを頬張って、蕩けそうな笑顔の口元に赤い汚れを盛大にぶちまけた大和撫子が座っている。

「幸せですわぁ……」

 いつもはピンと張っている背筋をぐったりと歪めながら恍惚とした声を上げる切絵を見て、新菜はなんとも因果な好みだと思った。

 新菜は切絵の家の食事に何度かお呼ばれしたことがあるが、とても美味しかったのをよく覚えている。

 が、それは上品な美味しさだった。

 出汁をきかせ、きっちりと塩一粒の量まで計算されたようなお吸い物や、脂の味を活かす薄味の煮付け。ご飯はつややかに粒が立ち、付け合せの酢の物もシンプルで高い完成度を誇っていたのをよく覚えている。

 そう、美味しいのだが上品過ぎる。

 たまに食べるから新菜にとってはとても美味しく感じるが、切絵にとってはいつもの食べ慣れた食事である。食事が和食中心である事は、これまた普通に見たら羨ましがられそうに豪華な毎日のお弁当からも伺える。洋食が出ても、新菜の食べた切絵の家の食事を考えれば、相当計算された、素材の味が全面に出たあっさり目の味付けになっている事だろう。

 だから、切絵はハンバーガーが、特にこの、好きなだけケチャップをかけていいハンバーガーが好きなのだろう。

 ある意味恵まれた、とても羨ましいご馳走のような食事をいつも食べてるからこそ、ケチャップの味しかしなさそうな際限なしのジャンクフードを本当に心の底から楽しめる。

 無い物ねだりとはよく言ったもので、新菜にとっては切絵の家の食事が自宅で楽しめないものだから非常においしく感じるように、切絵にとってはこのハンバーガーが自宅で楽しめないものだから非常においしく感じられる。

 そして実際美味しいのだろう。切絵ほどの量は正直御免被りたい新菜だが、ハンバーガー自体は間違いなく美味しいのだから。切絵も大量にぶっかけつつもちゃんと考えてはいるらしく、一度足りないと足した事があった。新菜の目からすると足す前も後も変わりなくケチャップ以外の味が想像できない量だったが、切絵の中ではしっかりと味を感じ分けているあたり、舌が肥えている事も伺えた。

「はあ……」

 切絵が感嘆のため息を漏らす中、新菜は呆れのため息を漏らした。

「ケチャップ付いてるわよ」

 ちゃんとおいしく味わっているのはいいが、それは口についてしまう量まで考えた上での味付けらしく、切絵はいつでもケチャップを真っ赤になるまで口につける。

 注意の言葉もいっときしか効果がない。

「失礼」

 切絵は紙ナプキンで丁寧に口元を拭うが、次の一口でまた口を赤く染めた。

 そんな状況に、ついため息をつきつつも、幸せそうな切絵といるのもまた気分が悪いものではなく、新菜は一緒に食事をするのだった。


 ◇◆◇


「では参りましょうか」

 ハンバーガーを平らげ、こんどこそしっかりと口元を綺麗にした切絵が立ち上がる。

 トレーを片付けて外に出ると、駅前の一本の大樹が風に揺れていた。

 切絵が少し強い風に髪を押さえる。

 新菜は空を見上げる。西の空は青い。天気が荒れてきたわけではなさそうだ。

 そのまま新菜は右に左にキョロキョロする。右手にはバスロータリーと新菜の住んでいる団地の方へ伸びる下り坂。左手には駅と線路を越える細くキツい上り坂。そして正面には駅から離れて大通りへと続く片側一車線の道路がある。

「……どっちだっけ?」

 新菜は少し考えて言った。スカートの裾を直していた切絵は目を瞠る。

「昨日、天道さんのお住まいに行かれたんですよね?」

「ええ。ほら、大きなマンションあるでしょ?」

「いえ。もちろん場所は存じていますけれど……土地の者として、どちらに行くのかで迷う事はそうないと思うのですが」

 切絵は大いに眉を潜めて言った。

 新菜は紬のマンションの場所がわからないわけではない。昨日も自分一人で帰った。決して知らない場所へ連れて行かれたわけではなく、また自宅からそう離れていたわけでもない。家に帰るのに苦労する場所ではなかった。

 他方、駅の場所も知っている。何度使用したか数えるのも馬鹿らしくなるほど訪れている。バスを使うことも多く、距離は十数分と紬のマンションより遠いが、こちらもまた自分で歩いていける。

 新菜は切絵の言うとおりここ泉行で育った土地の人間だ。当然、あちらこちらに出かける。スタート地点、ゴール地点ともに場所を見失うような辺鄙なところではないのだが、

「そう? 家からの道順ならわかるんだけど、こっからじゃよくわかんないのよ」

 当たり前のように新菜は言ってのけた。

「相変わらず、というより思ったよりも重症なんですのね」

 切絵は呆れ混じりに言った。新菜が方向音痴なのは知っているが、まさか中学にもなって地元で迷うとは思わなかったからだ。

 結局、切絵が道案内することになった。

 まっすぐ大通りへと向かう坂を下り、大通りを左に折れるとホームセンターがある。この脇を右に曲がり、なだらかで長い坂を登って行くと紬のマンションが見えてくる。

「あー、あったあった」

「新菜の頭の中の地図が見てみたいですわ」

 切絵は皮肉まじりに言った。

「地図?」

 新菜は切絵の言わんとする事を理解出来ていない。

 彼女にとって地図は紙か携帯で見るものだ。脳内には無い。頭のなかで地図を描くという行為が苦手、というか出来ない。

 彼女にとって道順はある地点からある地点までまっすぐに伸びる存在であり、各地点はバラバラに、関係性を持たず存在している。ミクロ的に家から目的地へ向かう分にはそれでも事足りる。しかし、少し視野を広げて出先の各地点を繋げられていない。必要な場合にはいちいち調べて道順を覚え直す。それがどれだけ回り道な行為なのか理解できていない。確かに生活出来ないわけではない。切絵がいなければ、さんざ悩んでから一旦自宅、あるいはその近くの、紬のマンションへの道順と駅への道順が交差する地点まで戻り、そこから紬のマンションへ向かっただろう。

 と、新菜の背筋を気配が襲う。

 ホームセンターの向かいにある、大通りと平行して伸びる道の向こうだ。

 思わずそちらを見ると、気配が近づいてくる。

 目の前に来るまでの動きと位置から逆算すると、やはり探知範囲は四十メートルになる。

 道順があの惨状なのにこういうところでは頭の回転が効くのだが、それはそれとして問題は気配の方である。

 気配の主はニット帽を被った男だった。

 わざわざ近づいて来ただけあり、二人に声をかけてくる。

「すみません。ちょっといいですか?」

 ――道にでも迷ったのかしら。

「何でしょうか」

 新菜は腰の低い男に答える。

「いえ、少し――」

「お断りしますわ」

 話を始めようとした男を切絵が遮る。

「いや、ちょっと話くらいなら」

「超能力者間で用があるのであれば、守護者を通すのがマナーです」

 切絵は新菜をたしなめるように行ってから、男の方を見る。

「まあ、そうだが……」

 さっきの態度は何だったのか、というくらい目つきの悪い顔に変わるニット帽の男。

「わたくしたちは用がありますので、これで失礼します」

 切絵はきっぱりと断りを入れ、新菜の腰をほんの少し指先でつついて歩き出す。

 切絵の「行きますよ」のサインだ。

 ――なんだかよくわからないけど、話くらい良いんじゃないの?

 新菜は大きな疑問を抱えつつ、切絵についてその場を後にする。

 振り返ると、ニット帽が渋い顔をしていた。


次回更新は12/16日、金曜日予定です。

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