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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第五話 秘術的《オカルト》ともう一人の超能力者

「しくじったわ……」

 新菜は部屋で一人うめいた。

 今日は所属している美術部の会合のため、学校に行く予定だったのだ。

 学校に行くには制服がいる。制服はクリーニングに出している。

 昨日横断歩道にいたのは、渡った先にあるクリーニング店に制服を取りに行くためだったのだが、結局事故があり、紬に招かれ、そのまますっかり忘れていた。

 時間的には帰宅途中に十分寄れたのに、結局右手には制服の入ったビニール袋ではなく。端末の入ったビニール袋をぶら下げて家に帰ってきた。

 ――仕方ない……背に腹は変えられないし。

 新菜は洗濯が終わっていた体操着とジャージを着込んで登校する事にした。

 散り始めた桜も、その目には映らない。

 制服を着ずに登校する事に、新菜はそこまでうろたえていた。

 一応、校則では登下校は制服が義務付けられているが、実のところ学校指定のジャージを着てくることを咎める教師はいない。生徒は勝手に準制服と呼んでいたりするが、その程度の違反は見逃されるのが常である。

 しかし、新菜は空気的には容認されていようと、自分がしてはいけないと思った事をするのに、かなりのためらいを覚える性格だった。

 昨日、言っても信じてもらえないだろうに事故原因の一端が自分にあると自首しようなどと考えていたのも、この性格の影響である。

 紬に「自分たちの迷惑」を引き合いに出されなければ、本当に自首していただろう。

 彼女がどれだけ毎日しっかり制服を着込んでいたかは、親友の一言が端的に表していた。

「珍しいね、新菜がジャージなんて。体育祭の日だって制服来てきてたのに」

 校門で顔を合わせた、小さなおさげをジャージの肩口に垂らした少女に言われ、新菜は非常にバツが悪そうな顔を見せた。

「昨日取りに行くの忘れちゃって……」

 歯切れも悪い。

「大丈夫だって。ボクも汚れると嫌だからジャージ来てきてるんだし」

 新菜のおさげの親友――類家(るいか) 瑠璃(るり)は、ぽんと新菜の肩を叩いて励ます。

「そうなんだけどね……うん、わかってるけど……」

 新菜の顔は結局晴れなかった。

「時間もあるし、クロッキーでもして切り替えようよ。道具は持ってきてるんでしょ?」

 昇降口で上履きに履き替えながら、瑠璃は新菜の鞄を指差す。

「まあ、一応……」

 歯切れが悪いなりに、新菜は気を取り直して美術室へ向かう。

 今日は九時五十分に集合し、部長と数日後に控えた新一年生への部活動説明会の役割決めをする予定だが、二人が学校についたのは九時頃。

 もともと何かしようと思っていた新菜は、瑠璃とともにスケッチブックを開き、幾つか美術室にある小物を作業用の大きな机に並べる。

「時間は三十分でいいね?」

「片付けの時間は余裕持ちたいし、それにしましょう」

 瑠璃の持ち込んだタイマーをセットし、二人は鉛筆を走らせ始めた。

「そういえばさ、昨日の事故の話聞いた? 新菜の家の近くだったらしいんだけど」

 瑠璃の一言に、新菜の手が止まる。

「え……っと……」

 流石にその場にいたとも言いづらい。新菜は沈黙を決め込むことにした。

 ――あの手の話には耳が早いのよね、瑠璃。

「走ってた自動車のエンジンルームが突然爆発したらしいんだけど、今ん所異常が見つかってないんだって。爆発したのがエンジンだったんだけど、跡形も無くなっちゃってて、普通に炎上してた他の場所と被害状況が咬み合わないとか。ボクの知る限り、ガソリンで跡形が無くなるほど強力な燃焼は不可能なはずなんだけどね」

 瑠璃は淡々と語る。

 彼女は超常現象が大好きで、造詣も深いらしいのだが、小さな頃に語りすぎて周りの人間にドン引きされてからはうわさ話を持ってくる程度で基本聞き手に回る。今の時点でも「ガソリンで自動車のエンジンを完全に消失させるのは不可能」と断言するあたりに彼女の知識が垣間見えるが、新菜が本人に聞いたところでは、ドン引きされた時にはその手の知識を全部入れて話してしまったらしい。瑠璃が小さかったという事は周りも小さかったわけで、話を聞いた周りが困惑する様子は安々と想像できた。

 そして何より、彼女の独特なところはその情報の精度と知見だ。新菜はネットのニュースと今朝の新聞に事故の話が載っていなかった事を確認したが、一体どこからこの話を仕入れてきたのか。

 大体、噂にしては内容が詳しすぎる。エンジンが跡形もなく爆発した、というのは現場にいた新菜も気づいていなかった。紬の手引で素早くその場を後にしたせいかも知れないが、現場に集まった野次馬がエンジンルームの中を確認するのかは怪しい。警察の現場検証を見ていたとしても、そこまで気づけるかどうか。

 もっとも、情報の入手経路より気になる話が新菜にはあった。

 エンジンが消失したとはなんとも不思議な事だ。少なくとも、自分は爆発させた以上の事を意識していない。

「で? 瑠璃は何が起きたと思う? エンジン消失って、それなりに超常現象だと思うけど」

「珍しいね、新菜が食いつくなんて」

 新菜の問いに笑顔を見せる瑠璃。

 新菜はドン引きされた現場にいなかったが、もともと好き者なのは知っていたし、何度となく瑠璃の考え方の片鱗は聞いた事があった。

 瑠璃の一番独特なところは、その考え方、知見にある。

 彼女は超常現象そのものより、超常現象の検証が好きなのだ。オカルト的な話も、元をたどれば嘘と間違いと当然の現象の三つに分類出来るという彼女は、いつも自分が振ったネタに対してある程度自分の考えを持っている。振った後に聞き役に徹するのも、他者の考えを知りたいかららしい。

 その話は真実味にあふれている。特におかしな話も切っ掛け以外では出てこない。

 そういったところに、新菜はある種の信頼を寄せていた。

「ボクは、そもそも本当に消失したのかってところが疑問だね。質量保存の法則ってあるよね? その本質は物質がどう変化しても総重量が変わらないって事なんだ。当然、痕跡が見つからないなら検証不足って結論が一番正当性を持つ。普通ならそれが見つかってるはずなのに見つからないから話がおかしくなるんだ。仮にエンジン一個分の存在が本当に忽然と消失したんだったら、ボクたちが持ってる常識は大きく崩れちゃうしね」

 新菜はちらりと瑠璃の方を見る。目は爛々と輝いて、手も止まっている。大して新菜はペースを取り戻し、机の上の瓶をせっせとスケッチブックに描き上げていく。

 ――そりゃ、超常現象だもの。

 ハイパースペースで質量保存の法則を盛大に無視したバトルシルエットを身につけたばかりの新菜は、それが超常現象だという結論を得て話をすすめる。

「常識を超えるから超常現象なんでしょ?」

「そうだよ。だから普通にありえる事は超常現象足り得なくなる。例えば人工衛星とボクたちとでは時間の流れが違うんだけど、時間の流れが違う、あるいはそれを補正してGPSを有効にしてくれている事を理由に人工衛星は超常的な存在、なんて言わないでしょ?」

 新菜はしばし描くのをやめて考えるが、音を上げて瑠璃のほうを見た。

「……ごめん。前提がわからないわ。人工衛星ってそんな変な状態になってるの?」

「知らないでしょ? それが大体の『超常現象』の正体なのさ。変に見えるものが実は変じゃなくて、変に見えないものが実は変。どっちも正確な知識がないと常識とは違うものに見えちゃう。だから検証が必要なんだよね。で、それを超えると晴れて『超常現象』は普通の現象に格下げされて、ボクたちはその現象の恩恵に預かれる。人工衛星のおかげで携帯のGPS機能が使えるようにね」

 新菜は頭を抱えたくなった。ドン引きされた理由がよく分かる。想像していた光景も、さっきまでよりはるかに鮮明になる。ある意味瑠璃は理解出来たのだが、それは単に説明されたからではなく、気がついたら疑問点のキャッチボールを行っていたからだ。あくまでも軽い気持ちで話を聞くだけだったはずが、ガッツリ話し合う形に持ち込まれてしまった。

 興味が薄く、とりあえず乗っかっただけでこんな調子の話に巻き込まれたら、辟易とするのも当然だ。

 が、ある意味一番聞きたい事も聞けた。

「それじゃあ、超常現象なんて存在できないじゃない」

「存在できないから超常現象なんだよ。存在できたらとりあえず常識的な現象さ。それに、秘術的な(オカルト)情報は、見つかって検証と研究が進むまでは歴然とした超常現象だよ。だからボクは楽しく超常現象を探す事が出来る」

 新菜は大きなため息を付いた。

 これでは新菜の超能力も、彼女の定義では普通の事に成り下がる。あくまで検証と研究が行われたなら、だが。

 しかし、それは同時に新菜の接している超能力が、存在している以上は決して異常な事ではないという意味でもある。

「まあいいわ。話自体は面白かったし」

 新菜は時計を見て言った。ほぼ同タイミングで瑠璃のタイマーが鳴る。

「とっとと片付けて終わりにしましょう」

 中央に瓶が一本描かれただけのスケッチブックを畳み、新菜は机の上の物を片付けていく。

「えー。どうせならため息の理由を聞かせてよ」

 瑠璃も机に並んだ瓶と箱の上に乗ったりんごが描かれたスケッチブックを閉じた。


  ◇◆◇


 片付けを終え、瑠璃のややこしい考え方について、彼女以上にややこしく大真面目に語って聞かせていた新菜は、突然声をつまらせ、身体を固くした。

 ――気配がする。

 昨日紬とセレナに感じた、超能力者が近くにいる時特有の違和感を後方に感じたのだ。

 距離は約四十メートル。新菜の通ってきた、学校前の道路を新菜のいる方へと移動している。

「どうしたの?」

「……別に。だから瑠璃は相手に――」

 新菜は平静を装いつつ、話の続きに戻る。

「にーな、顔がこわばってるけど」

 しかし、彼女の警戒心は顔にはっきりと出てしまっていた。

「……知恵熱でも出かけてるのかしらね。瑠璃が頭を使わせすぎたから。五分だけでも寝かせて」

 結局、平静を装うのを諦めて、新菜は顔色が変だと言われた事を逆手に取って、体調が悪いふりをして机に身を預ける。

 ――生徒かしら。

 顔を腕で覆って隠しつつ、新菜は気配を追った。校門を通り、生徒用の昇降口へ向かったあたりで気配は消える。

 これは探知範囲を超えたからだろう。美術室から昇降口までは直線距離で約四十メートル。セレナの気配を感じられた距離と大体一致する。

 しばらくして、気配が再び新菜の探知範囲に入る。渡り廊下を通って、新菜のいる美術室があるB校舎へ向かっている最中らしい。

 ――美術部員?

 新菜は推察を進めた。今日はいくつかの部活が集会を開くが、そのうちB校舎を使うのは美術部だけだ。学年が変わるため、他の長期休暇と違って、春休み中の生徒は自分のクラスというものを持たない。教室に用がある生徒は少ないはずだ。気配は新菜の推察を裏付けるように、まっすぐ美術室へと歩いてくる。

 気配が入ってくる瞬間、新菜は顔を上げる。

 入ってきた気配の主は、膝まで伸びた長い髪の先端を水引で纏めた、柔和な顔の少女だった。

 ――切絵、か。

 桐生(きりゅう) 切絵(きりえ)。新菜の幼なじみ。紬たちとは違う意味で少し物騒な面を持っているが、少なくとも気を抜けない危険人物ではない。新菜は固くなっていた肩から自然に力が抜けたのを実感した。

 切絵もまた新菜の顔を見て、少し戸惑った様子を見せつつも、特に怯える事も威嚇する事もなく、背筋をピンと伸ばしたまま新菜の方へやってくる。

「おはよう」

「おはようございます、新菜」

 おおよそいつもどおりの挨拶を交わし、新菜の右に腰を下ろす切絵。

 美術部での定位置だ。

 しかし、切絵と一緒に新菜のサンドイッチを作る瑠璃は、

「二人とも、どったの?」

 二人の様子がいつもと違うのを見て、首をかしげた。

次回更新は12/09(金)予定です

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