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NEW! 8章 なんちゃって診療録 <33-3> 私の病院仲間たち ― 涙ながらに清拭したナースのSさん

<33-3> 私の病院仲間たち ― 涙ながらに清拭したナースのSさん


 長い医者生活のなかで、忘れがたい看護師に何人も出会ってきました。その中でもひときわ強烈な印象を残しているのが、ナースのSさんです。


 彼女が看護師を志した動機は、なかなか筋が通っています。


 社会人になってから、入院中の友人を見舞った際、「これは自分がやるべき仕事だ」と直感したというのです。


 こういう「後天的決意型」の人は、たいてい腹が据わっています。案の定、彼女の看護プロ意識は並大抵ではありませんでした。


 私が彼女と出会ったのは、認知症専門の精神科病院でした。ちょうど病院の立ち上げ時期で、彼女も私も“開店メンバー”です。


 当時30代だった彼女の看護は、ひと目で分かるほど独特でした。


 多くの看護師が、いわば「従来型」の延長線上で患者さんに接する中で、彼女は違いました。


 患者さんを「患者」として扱わないのです。むしろ、友人か近所のおじさんのように接する。上から目線は一切ありませんでした。


 本人もよく言っていました。


「私が病気になったら、私みたいなナースに看てもらいたいんです」


 なかなか言えそうで言えない一言です。


 その真骨頂は、認知症の「問題行動」への対応にありました。


 ある男性患者さんが女性の体に触れるという困った行動を繰り返していたときのことです。


 普通なら厳しく制止する場面ですが、彼女はにこやかにこう言いました。


「はい、触ったら1万円いただきますよ」


 冗談半分、しかし目は本気です。


 患者さんも思わず苦笑し、それ以上は控えたのです。力で押さえつけるのではなく、関係性の中で行動を変えていく―彼女の真骨頂でした。


 やがて彼女は主任に昇進します。そして、病棟に一大改革をもたらしました。向精神薬の大幅削減です。


「薬は拘束です」


 彼女の信念は明快でした。薬に頼るのではなく、ケアで支える。言うは易く行うは難し、ですが彼女は本気でそれをやったのです。


 もちろん、現場はそう甘くはありません。不穏状態の患者さんが暴力に及ぶこともあります。そのたびにスタッフの間には緊張が走りました。


「ここは薬を使うべきです」


 ついにはスタッフから強い反発が起こり、いわば“団体交渉”の様相を呈しました。


 結果として、必要最低限の薬は使うという妥協点に落ち着きましたが、彼女の信念そのものは微動だにしませんでした。


 精神科医がぽつりと漏らしました。


「この病棟、私いらないんじゃないですかね……」


 半分冗談、半分本音でしょう。


 それでも病棟は、概ねうまく回っていました。


 暴力による小さなトラブルはありましたが、その代わりに、薬による過鎮静が原因の誤嚥性肺炎や転倒骨折は明らかに減っていたのです。


 そんな最中、彼女は50歳前後で子宮がんを患います。手術と半年に及ぶ抗がん剤治療。決して軽い経験ではありません。


 私はメールで励ましました。


 復職した彼女は、かつら姿でした。しかし中身は何一つ変わっていません。


 相変わらず「薬は拘束」と言い続け、患者さんに真正面から向き合っていました。


 その芯の強さには、ただただ驚くばかりでした。


 彼女の本質が最もよく表れていたのは、ある患者さんの最期の場面です。


 借用書を書かせ続けたIさんという高齢の患者さんが亡くなったとき、彼女は同僚とともに死後の処置を行い、涙を流しながらナースセンターに戻ってきました。


 それを見た私は胸が熱くなり、思わず声をかけました。


「ありがとう。ここまでIさんを大切にしてくれて、本当にありがとう」


 その姿は、看護師というより、我が子を見送る母親のようでした。


 Sさんの看護は、技術でも制度でもありませんでした。人と人として向き合う、その一点に尽きます。


 そして私は今でも思うのです。


 もし自分が患者になる日が来たら―やはり、彼女のような看護師に看てもらいたいものだと。


〈つづく〉



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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│ 《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│ 《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│ 『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────


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