7章 私の高齢者医療の実際 <12-3> ニコリンの有用性 その3 脳をあきらめないという選択
<12-3> ニコリンの有用性 その3 脳をあきらめないという選択
前話で、脳代謝賦活薬ニコリンが意識障害改善に大変有効であることを書きました。 (「7章 <12-1,2> ニコリンの有用性」 を参照ください)
このたび、そのニコリンを使用して傾眠状態から覚醒し、ADL(日常生活動作)が元に戻った事例を再度経験しました。
Tさんは86歳、重度のアルツハイマー型認知症の女性でした。
介助により車いすに乗り、経口摂取も可能で、声かけにはその人なりの反応がありました。
身体所見に目立った異常はありません。
入院後3か月ほど経った頃、尿路感染症による発熱を認め、抗生物質の点滴治療を行いました。熱は下がりましたが、それを境に全身状態は急速に低下しました。
傾眠がちとなり、経口摂取は不能。声かけにも、ようやく開眼する程度です。
水分と栄養は点滴で補いましたが、寝たきりの高齢者では、末梢血管は長くもちません。
「血管ルートが取れなくなった時が、その人の最期になる」
そういう現実を、私たちは幾度となく経験してきました。
キーパーソンであるご家族に経過を説明し、精神的・社会的な準備をお願いしました。
突然のことで、家族は動揺され、「もう少し、何とかならないでしょうか」と訴えられました。
当院では、胃瘻やIVHは行わず、緩和ケア的対応を基本としています。できることは末梢からの補液のみです。それも長くは続きません。
1週間ほど補液を続けながら経口摂取を試みましたが、傾眠状態は改善せず、誤嚥の危険が高いため断念せざるを得ませんでした。
そのとき私は、血液検査に傾眠を説明できる所見がないことに、改めて目を向けました。
「これは全身の問題ではなく、脳の問題ではないか」
そう考えたのです。
脳を刺激する。
その選択肢として、ニコリンが思い浮かびました。
補液にニコリンを併用した点滴を開始しました。
①フィジオ35 500ml
10% NACL 1A
ガスター1A
シーパラ1A
②フィジオ35 500ml
ニコリンH500mg
③ 5%グルコース100ml (側管から)
セフトリアキソン2g
ニコリンH500mg
すると、1週間ほどで、声かけに対する反応が戻り始めたのです。
2週間後には、栄養補助ゼリーを1個、口から摂取できました。
経口摂取が可能になったため、点滴内容を調整しながら治療を続けました。
すると、摂取量は日を追うごとに増え、1か月後には、発熱前の状態にほぼ戻ったのです。
点滴は不要となり、ニコリン投与も終了しました。
しかし、そこで終わりではありませんでした。
Tさんは、はっきりとした言葉で話すようになったのです。
「ありがとう」
「それはいらない」
「体に気をつけてね」
その言葉は、単なる反射ではありませんでした。
確かに「その人」が、そこにいました。
現在、Tさんはリクライニング車いすでホールに出て、他の患者さんと同じテーブルにつき、穏やかな時間を過ごされています。
この経験から、私は改めて学びました。
「重度認知症であっても、傾眠状態であっても、脳をあきらめてはいけない時がある」
ニコリンは万能薬ではありません。
しかし、適切なタイミングで使えば、驚くほどの力を発揮することがあります。
それは、延命のためだけではなく、「その人らしさ」を一時でも取り戻すための医療です。
〈つづく〉
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│『神との対話』との対話 英訳版
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