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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
7章 私の高齢者医療の実際
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<4> ステロイドを上手に使う

<4> ステロイドを上手に使う


 私が医者になった1970年代は、50年代に夢の薬として登場したステロイド(⇒豆知識)があまりに汎用されたため、副作用、例えば高血糖、免疫低下などが問題視され、安易な使用に警鐘が鳴らされた時代です。


 私はステロイド慎重派の影響をもろに受け、教育されました。


 ところが臨床で優れた効果を経験するたびに、ステロイドに対する抵抗感はなくなっていきました。


 今ではステロイドは、料理でいえば「かくし味」みたいなものだと思って、必要なときは躊躇なく使っています。


 ステロイドの素晴らしい効果を初めて経験したのは、ホスピス医療をやっていた時のことです。


 乳がん末期で瀕死の状態の女性が、モルヒネとステロイドを使用して2時間後には、ニコニコ笑ってラジオを聴いている姿には驚愕したものです。


 2例目は、高熱で入院した中年男性です。


 話しかければ何とか受け答えはできるのですが、すぐにうとうと寝入ってしまいます。


 血液検査やレントゲン、CT検査などを行ったのですが、特別な異常は見られません。


 腰椎穿刺をしましたが、髄液圧は高くなく、採取した髄液も透明なきれいなものでした。


 神経内科医のアドバイスをもらい、ソルコーテフ500mg静注というステロイドパルス療法をしてみました。


 翌朝病室を訪れると、患者さんの熱は下がり、意識はまったく普通になっていたのです。ベッドに座って奥さんと穏やかに話していました。


 3例目は高度の認知障害のあるおばあさんで、肺炎で入院しました。その少し前にも入院したのですが、ちんぷんかんぷんな人で、治療する前に病院を抜け出して勝手に帰宅してしまいました。


 しばらくして肺炎で再び入院してきたのです。認知障害は相変わらずでした。


 その時、抗生物質にステロイドを混ぜて治療しました。肺炎は2週間くらいで良くなりました。


 1カ月ほどした頃です。回診にナースと病室を訪れると、そのおばあさんはベッド上に正座して、三つ指をついて深々とお辞儀し、


「先生様、お疲れ様です。いろいろお世話になりありがとうございます」


 驚いてナースと目を見合わせました。


 認知障害が全く消えてしまったのです。消えたという表現がピッタリでした。


 4例目は、アルツハイマー型認知症末期で植物状態にあった高齢患者さんです。ある時、脳梗塞様の発作を起こしました。


 脳梗塞の一般的な治療である、グリセオールにシチコリンを入れ、そこにソルコーテフ(ステロイド)を加えて投与したところ、脳梗塞から回復したのはもちろんのこと、それから1~2か月して、しゃべり出したのです。


 ついには、「東京音頭」をそらで歌っているのを目の当たりにして、


「どうなってんの!?」


 スタッフみんな、驚嘆の声を上げました。


 これらの例は、私の記憶に強く残るステロイド効果のあった患者さんたちです。


 その他にも数え切れない多くの患者さんにステロイドを使いましたが、ほとんどの人が素晴らしい効果を示しました。


 しかも強い副作用が出たという記憶はありません。


 長年のステロイド使用の経験を通して、私はステロイド効果にある種の法則があることに気付きました。


 その法則を私の同僚に話すと「まるでたこのようだね」(←(^ω^)凧上げの凧のこと)と言いました。


 凧には、3つのタイプがありますね。


A いくら走って引っ張っても地面をこするのみで上がらない凧。


B いっときは空中に上がりますが、風にのらず次第に落下してしまう凧。


C いったん空中に上がると、自らどんどん上昇し、上空でそのまま舞い続ける凧。


 この3つです。


 ステロイドの効果にも、これと似た3タイプがあることに気づいたのです。それで「ステロイドの凧の法則」と勝手に命名したのです。


 「ステロイドの凧の法則 」 とは次のようなものです 。


 ステロイドは使い始めて3日もすれば、患者の生体に何がしかの反応が出ます。


 高熱が続く場合は解熱します。焦燥しきった表情には生気が戻ります。


①反応がほとんど見られない場合は、凧Aに相当し、そのまま早々(1週間位)に死に至ります。


②反応が一時的には見られるが、ステロイドを打ち切るとすぐに減衰する場合は、凧Bに相当します。活力の起伏を繰り返して、数カ月後、死に至ります。


③反応がすこぶる良好で、みるみるうちに回復する場合は、凧Cに相当します。ステロイドを終了してもどんどんと元気が回復し、完全に病気は回復します。


 この法則を頭に入れておくと、病気の予後が大むね推測できるので、患者家族に病状説明をする際、大変役立ちます。


 ステロイドは、料理でいえば「隠し味」のようなものです。これを上手に使うと、まるで魔法を使ったように回復することがあります。瀕死の重症だった患者さんが、翌日ケロッとしているということが起こるのです。


 もし医師の方がこの拙文をお読みになられましたら、他に手立てのない時にはダメ元で、ステロイドを使ってみられることをお勧めします。


 私の使い方を参考までに簡記します。


 一番の適応は、肺炎などで39°C以上の高熱が出て、敗血症を思わせる時です。


 抗生物質の点滴ボトルの中に、ソルコーテフ200mgを加え3日間連注します。その後100mgに減らして2~3日行い1週間未満で終了します。その際にはH2ブロッカー(ファモチジン)を同時に使用します。


 つい最近重症肺炎の患者さんに、隔週に3クール投与し完治させました。副作用は全くありませんでした。


 私が注意している副作用を書いてみます。


①興奮:ステロイドを投与すると直ちに興奮作用が出ます。この効果が元気づけをして、生体の回復を早めていると私は思います。しかし興奮の余り、血管ルートの自己抜去あるいはベッドからの転落などの事故が起きる可能性を十分注意する必要があります。


②血糖を上げる:血糖が上がりますので、元々耐糖能障害のある人には要注意です。必ず1日に1回か2回血糖チェックをします。高血糖の場合はインシュリンで補正します。私は血糖が400を超えたらインシュリン使用を検討しています。


③胃潰瘍:ステロイドを長く使用しているとステロイド潰瘍ができてきます。その予防としてH2ブロッカーを必ず併用しています。


④免疫抑制:パルス療法のように高容量のステロイドを使うと、1週間でリンパ球が減少し、易感染となります。ですから1週間以内に終了します。


*豆知識


ステロイド:医療におけるステロイドとは、ステロイド系抗炎症薬(ステロイドけいこうえんしょうやく、SAIDs:Steroidal Anti-Inflammatory Drugs、セイズ)をいう。


 主な成分として糖質コルチコイドあるいはその誘導体が含まれており、抗炎症作用や免疫抑制作用などを期待して用いられる。代表的な医薬品:プレドニゾロンやベクロメタゾン、ベタメタゾン、フルチカゾン、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン等がある。


 参照:Wikipedia


〈つづく〉



┌───────────────

│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────


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