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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
7章 私の高齢者医療の実際
277/331

<2-2> 重度の認知症患者を診るということ ② 「拘束ゼロ」なんて初めは信じられなかった

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日経メディカルOnlineに連載された、伊能言天いのうげんてんに対する取材記事を、掲載しました。

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◎重度の認知症患者を診るということ◎ 2018/2/15


②「拘束ゼロ」なんて初めは信じられなかった


 「赴任当初、『拘束ゼロ』は信じられなかった」――。認知症専⾨病院で、内科医として認知症の診療に当たる伊能言天いのうげんてん⽒は、こう振り返ります。重度の認知症患者が⼊院する同病院は、2006年の開院当初から「拘束ゼロ」に取り組み、試⾏錯誤を繰り返しながら今⽇に⾄っています。


挿絵(By みてみん) 

 数週間前、ある精神科病院から紹介がありました。家族(夫)から、当病院に転院させてほしいという希望があったとのことでした。患者は50歳代の⼥性でした。激しく動き回るために、ベッドに縛り付けられていました。旦那さんが⾒るに⾒かねて、拘束しない当院に⼊院を希望してきたのです。


 当院は2006年の開院当初から「拘束ゼロ」に取り組んできました。

 

 私は赴任当初、「拘束ゼロ」は信じられませんでした。過去に、急性期病棟に併設された療養型病棟に出⼊りしていたことがありましたので、⾝体拘束の実情は少なからず⾒聞きしていました。多くの患者さんは寝たきりの状態でしたが、それでも拘束ゼロはあり得ないことだったのです。ましてや、歩⾏ができる、あるいは⾞椅⼦で動ける認知症の患者さんに対しても、拘束ゼロを実践できるものなのか。信じられないというよりは、拘束しないで済む⽅法が頭に浮かばなかったのです。


 ところが、なのです。やればやれるものです。「拘束ゼロなんか無理」と勝⼿に決めつけて思考停⽌に陥っているだけなのです。その意味では、事務局⻑が開設当初から「拘束ゼロ」を理念に掲げたことは英断でした。


 では、重度の認知症の患者さんを、どのように⼯夫して⾒守るかです。


 おむつの中に⼿を⼊れて排泄物をいじる、おむつをちぎって⼝に⼊れる異⾷⾏為がある、あるいは⾼齢者に多いのですが掻痒感の強い湿疹があるため掻き壊すという事例があります。これらの症状の強い患者さんには、家族の了解を得て、上⾐と下⾐が⼀体となった「つなぎ服」を着ていただくことがあります(いわゆる拘束着と⾔われるものではありません)。


 こんな時ですら、スタッフ間の話し合いを重ねます。着⽤理由、着⽤期間について、主治医と精神科医の確認、了承のもとに実施しています。これが当院のルールなのです。着⽤期間はできるだけ短い⽇数とし、⼀⽇のうち夜間のみにするなど着⽤時間も制限しています。


 もう⼀つ難渋することに点滴治療があります。肺炎、尿路感染症などによる⾼熱を出された患者さんへの治療は、まず、⾷べられる⼈であれば、内服薬や坐薬、クーリングなどを試みます。


 やむなく点滴を要する患者さんで、つながれていることを嫌うため安静治療が困難な場合は、短時間で済む⼯夫、あるいは気を紛らわす⼯夫をします。ベッドから離れて⾞椅⼦で⾏ったり、話しかけながら⼿をつないで点滴したりすることもあります。


 嚥下機能の低下は、認知症の重症化の⼤きな特徴です。当院は“⽣きることは⾷べること”の考えを尊重しています。ですから、重症の患者さんには、⾷事形態を変える、時間をずらす、ゼリー状にする、味を加える、凍らせてみるなど、⾷べることができるように促す⼯夫もしています。


◇安全ベルトなしでも⾞椅⼦に乗っていられるように◇


 「拘束ゼロ」の宣⾔があったからこそ、様々な知恵が⽣まれ⼯夫が凝らされてきました。例えば、⾞椅⼦に安全ベルトで固定していないと、急に⽴ち上がる、転倒・転落する、という理由から前施設で⾞椅⼦に拘束されていた⽅が⼊院してきました。当院への⼊院の際、家族は安全ベルトをしてほしいと希望されました。ご家族にしてみれば安全ベルトをしないで⾞椅⼦に乗ることはなかったので、転倒・転落が⼼配だったのです。 


 当院ではスタッフの話し合いで、この患者さんの看護・介護プランを⽴てました。まず、⽴ち上がりのある⼈という情報を共有し、⾒守りを強化しました。例えば、デイルームの中央の⾒守りやすい所(ナースセンターの近く)を、この患者さんの席とします。近くで⾒守る中で、この患者さんの⽴ち上がる意味(理由)を⾒つけます。そうすると、⽴ち上がる理由はトイレに⾏きたい、歩きたいなどが多いことが分かるのです。


 このように患者さんのペースに合わせて⾒守ったので、⾞椅⼦に固定をすることなく患者さんは新しい環境に慣れていきました。


◇⼣暮れ症候群と呼ばれる患者さん◇


 認知機能障害が中等度のある患者さんの場合、⼣⽅になると「家に帰らなくては」という思いが強くなって、不穏になり徘徊が激しくなりました。いわゆる⼣暮れ症候群です。


 当院では向精神薬の投与も拘束の⼀つと考えています。ですから、まず声掛けを徹底し、患者さんの訴えを傾聴します。気分転換になればと、お茶や⽢味の飲み物を⼀緒に飲んだりもします。すると、⼣ご飯が来れば落ち着くことが分かってきました。そのことを患者さんに伝えると、落ち着く時間が増えていきました。


 このような症状に暴⼒が加わり、他に⽅法がない時は、少量の向精神薬を要することもあります。しかし、徘徊は簡単には改善しません。⼤声を出しながら廊下を歩き回ります。


 この患者さんは80歳代でしたので、⾜元は⼼許なく、時に転びそうになります。


 徘徊は夜中に及ぶこともあります。そんな時は⾒守りが⼤変です。⾃分のベッドに⼊ったかと思うと途中で起きてまた徘徊します。電動式のベッドは、⼀番低い位置にセッティングし、ベッドから落ちても打撲程度で済むようにしています。それでも徘徊が頻繁になることもあり、⽬が離せません。


 ある時は、ナースセンターで⽢味の飲み物を飲みます。ラムネの偽薬で「眠れますよ」と声掛けをすることもあります。こんな時も、患者さんの⾏動パターンを理解し、「⽇中を活動的に、夜は眠る」というリズムを⽬標に、⽣活のリズムを整えることが⼤切です。それには患者さん⾃⾝を知り、その情報をスタッフが共有することが何より⼤事です。


◇今も⾃由に動き回るが、スピードはゆっくりに◇


 冒頭に紹介した患者さんですが、前医では両⼿・両⾜・体幹の抑制を受けていましたので動きが想像できます。当院⼊院時は、拘束を受けていたため歩⾏困難な状態でしたが、⾞椅⼦に離床させ様⼦を観察していると、⽴ち上がったり、ずり落ちたりなど、⼀時も落ち着いた状態がとれませんでした。3⽇⽬には歩き出し、アッという間に動きが激しくなりました。


 ⼀⽇中、⾷事の時ですら、早⾜で激しく動き回っていました。スタッフはずーっと付き添いました。これを繰り返すうちに、患者さんの⾏動パターンが分かってきました。そして⾃由に病棟内を動けるように解放することで、少しずつ落ち着いてきました。


 今も⾃由に動き回っていますが、スピードはゆっくりとなり、危険⾏動がなくなって、スタッフの付き添いも不要となりました。結果、ご家族の安⼼と笑顔に出会えました。


挿絵(By みてみん) 


 もちろん、ハード的な⾯でも対応できているのです。病棟は閉鎖病棟となっていますから、⾃由に外に出ていくことはありません。それから、病棟の端から端まで70mほどの距離があり、廊下の幅も広いので、開放感の感じられる空間の中を歩き回ることができるのです(写真)。ソフト⾯では病棟スタッフが我慢強く⾒守り続けているのは、⾔うまでもありません。


〈つづく〉


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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│ 《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│ 《 人生の意味について考えます 》

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