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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
   私の診療心得
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<4-18> 私の診療心得 ⑱ 「急変に備える」ということ

<4-18> 私の診療心得


⑱ 「急変に備える」ということ


 医療において、あらゆる病気は「急変の可能性」をはらんでいます。したがって、そうしたリスクが予測される場合には、その急変に即応できる体制のある医療機関で管理すべきです。それが、患者の生命を守る最も堅実な方法です。


 急変してからでは遅いのです。そのときになって受け入れ先を探したり、搬送手段を整えたりしていては、対応が間に合わなくなるおそれがあります。


 私自身、精神科病院に勤務する内科医として、そうした状況に直面した経験が何度かあります。


 ある時、軽度の認知症をもつ患者さんが胆嚢炎を発症しました。身体所見と腹部エコーから診断を確定し、当院に転院する前にかかっていた市立病院への入院を打診しました。


 ところが先方からは、「認知症があるなら、そちらで抗生剤を投与して様子を看てほしい」という返答が返ってきました。


 私は交渉を重ねました。もともと私は消化器外科の出身です。胆嚢炎は、軽症のうちは抗生剤で改善しますが、急変して重症化すると敗血症に進行し、生命を落とすこともあります。そうしたときに迅速な処置ができる体制がなければ、助けることはできません。


 私はその旨を伝え、最終的に市立病院への入院が認められました。


 案の定、翌日に患者は40度近い高熱を発症。胆嚢内の感染が急速に悪化し、緊急で経皮的胆嚢ドレナージを行うこととなりました。この処置によって患者は一命を取り留め、その後は順調に回復し、1週間後にカテーテルを抜去して当院へ戻りました。


 この出来事を通して、私は改めて「適切な場所で治療を行うこと」の重要性を痛感しました。


 思い起こせば、私がまだ若い医師であった頃にも、似たような経験がありました。


急性虫垂炎と診断された若い女性患者が入院した際、病状は初期であり、直ちに手術が必要ではありませんでした。患者の父親が医療関係者であり、「まだ手術の決定もないのに、外科が担当するのは行き過ぎではないか」と異議を唱えてきました。


 そのとき、私の上司であった外科医は、毅然としてこう答えました。


「万が一、急変して緊急手術が必要になったとき、我々外科が担当していれば、即座に対処できます。だからこそ、いまから我々が診ているのです。」


 その女性は結局、抗生剤による保存的治療で快方に向かいましたが、もし経過が悪化していれば、即応できる体制が必要だったのは間違いありません。


 医療においては、常に、最悪の事態を想定し、備えを怠らないこと。それが、私たち医療者の心得であり、責務であると私は考えています。


〈つづく〉



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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────


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