<4-7-13> 私の診療心得 ⑦-13 「良い思い出作り」ー「父の穏やかな顔を初めて見た」という娘さん
<4-7-13> 私の診療心得 ⑦-13 「良い思い出作り」ー「父の穏やかな顔を初めて見た」という娘さん
私は今、認知症専門の精神科病院で内科医として働いています。
慢性期の病院における医療の大切な役割の一つに、患者さんと家族に「良い思い出」を作って上げることがあると思っています。
患者のFさんは、87歳のアルツハイマー型認知症の男性です。
自宅から当院に入院されたのは、もう8年前のことになります。
Fさんは東大を卒業し、官僚幹部として長年活躍された方でした。
しかし退官後しばらくして認知症の症状が現れ、次第にひどくなっていきました。
思うように動かない身体や記憶に苛立ち、家族や周囲に当たり散らす日々が続いたそうです。
指示する立場に慣れていたFさんにとって、自分の思いどおりにならないことは、何よりも苦しかったのでしょう。
認知症の周辺症状である怒りや暴言などの感情は、コントロールが難しくなることがあります。
時に家族が恐怖を感じ、面会をためらうこともあります。
Fさんも例外ではなく、厳格で怒りっぽい性格だったため、娘さんは「優しい父を見たことがない」と語っておられました。
ところが入院後、適切な治療とケアを続けるうちに、Fさんの表情は穏やかさを取り戻していきました。
当初はトラウマのために面会を避けていた奥さんも、次第に病院を訪れるようになり、今では家族そろって面会に来られます。
笑顔で穏やかに語りかける父親を前に、娘さんは「こんな優しい父の顔を初めて見ました」と涙ながらに感謝の言葉をくださいました。
あれから8年。Fさんは今も自分で食事をし、ゆっくりとではありますが自分の足で歩いています。
右足を少し引きずるように小股で歩く姿が特徴的で、病棟の中央にあるホールまで毎日一人で自室から通われます。
転倒したことは一度もありません。
病棟ではスタッフと冗談を交わす姿もしばしば見られます。
「あなたは80歳ですよ」
とスタッフに言われると、
「違うよ、24歳だ!」
真剣な表情で言い返すFさん。
そのやりとりに周りは思わず笑顔になります。まるで子どものような無邪気さが、病棟の空気をやわらげてくれるのです。
認知症は進んでも、Fさんの中には穏やかな心と生きる力がしっかり残っています。
その姿は、病院という場所にも「やさしい時間」を生み出してくれます。
そして、家族にとっても「穏やかな父の笑顔」という何よりの宝物が残りました。
これこそが、私たち医療者が目指す「良い思い出作り」なのだと感じています。
〈つづく〉
┌───────────────
│いのうげんてん作品
│
│①著作『神との対話』との対話
│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
│
│②ノンフィクション-いのちの砦
│《 ホスピスを造ろう 》
│
│③人生の意味論
│《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│『神との対話』との対話 英訳版
└───────────────




