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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
   私の診療心得
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<4-7-11> 私の診療心得 ⑦-11 「良い思い出作り」ー 車椅子に乗れた

<4-7-11> 私の診療心得 ⑦-11 「良い思い出作り」ー 車椅子に乗れた


 Kさんは93歳の女性でした。


 去年の8月、施設のショートステイを利用しているときに、コロナの施設内感染が起き、彼女も感染しました。


 その後、コロナ後遺症のようにうつ的になって、それまで自分で歩いていたのに、ほぼ寝たきり状態になってしまったのです。


 食事摂取もおぼつかなくなりました。


 感染1週後に、急性期病院に入院したのです。


 そこで2か月間余り点滴治療を受けましたが、なかなか病態は改善しませんでした。


 刺入する血管もなくなり、点滴も限界となって、胃瘻造設を勧められました。


 キーパーソンの娘さんは断りました。


 こういったケースでは、ほとんどが他の病院へ移るように勧告されます。


 そこでうちの病院に転院してきたのです。


 入院当日、手続きの最後のところで、娘さんはいかにも申し訳なさそうな表情で言われました。


「私の家庭は経済的に余裕がない中、なんとか今まで母を看てきました。こんなことを言うのは心苦しいばかりですが、その事情をお察しいただければありがたいです」


 経済的な事情を全く事前に聞いていなかった私は、突然の娘さんの話に戸惑いました。


 事前に知っていれば、言葉を用意していたのですが、あまりに唐突なことなのでどう答えたらいいのか分からなかったのです。


「無理はしないでいきましょうね……」


 そう言うのがやっとでした。


 Kさんは、ストレッチャーに乗って入院してきました。


 顔つきを見ると、まだ生命力がありそうな生気が残っていました。


 私は自分の経験から、コロナ後遺症にはリンデロン(ステロイドホルモン)が劇的に効くという確信がありましたので、すぐ点滴の中にリンデロン2mgを入れました。


 すると2日して食べられるようになりました。


 しかも元気が出て、点滴を自己抜去してしまいます。


 なので点滴は終了して、栄養、薬すべてを経口からいくことにしました。


 93歳の女性ですから、それほど多くを必要としません。


 十分経口からいくことができたのです。


 入院2週後、キーパーソンに病院に来てもらい、患者さんと面会してもらいました。


 Kさんはリクライニング車椅子に乗って、1階ホールに来ました。


 寝たきりだった母親が車椅子に乗ってやってきたのを見て、娘さんはすこぶる感激しておられました。


 その後の病状説明の際、元気になった母親を見て娘さんはどう反応するだろうかと、私は注意深く観察していました。


 入院当日に経済的なことを言われたので、それが頭にあったのです。


 娘さんは心から喜んでおられました。


 延命に落胆する、というような私の危惧は、徒労に終わりました。


 これからはKさんには、リクライニング車椅子が必要です。


 それは10万円と高価なものです。庶民には、おいそれとはいかない値段です。


 幸い病院に5万円の中古がありました。恐る恐るその購入をお願いしたところ、快く承諾してくださいました。


 ところがです。


 その翌日から、Kさんは傾眠状態になりました。


 何が起こったのかよく分かりませんでした。


 おそらく脳梗塞か何かを起こしたのでしょう。


 再び点滴が始まりました。


 面会に駆けつけた娘さんに病状を説明しました。


 その時、こんなことを私は言いました。


「あなたが経済的に大変なのに車椅子を喜んで購入してくれたことに、お母さんはすごく感謝しておられたことでしょう。そしてもう十分だと思われて、今生の別れをしておられるのだと思います」


 娘さんは、母親の手を握り泣いていました。


 それから5日して、Kさんは眠るように亡くなられました。


 3週間という短い期間でしたが、いろいろな家庭事情を抱えた娘さんとその母親の最期の生きざまに、何ともいえぬ神々しさを感じました。


〈つづく〉



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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────


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