<4-7-1> 私の診療心得 ⑦-1 「患者さんや家族に良い思い出を作ってあげる」
<4-7-1> 私の診療心得
⑦-1 「患者さんや家族に良い思い出を作ってあげる」
私は今、認知症専門の精神科病院に、内科医として勤務しています。
高齢者のケアをしていて感じることは、患者さんとその家族に、良い思い出を作ってあげることが、ケアの大切な仕事の一つだということです。
キーパーソン(保護者)には、患者さんの家族、多くは若い人、つまり子供や孫たちがなります。
彼らは、この病院に入院するまでは、同居してじかに患者さんを世話していたか、 他の病院に入院させてキーパーソンとして世話していたのです。
長い場合は、それが10年にも及ぶことがあります。
なので、患者さんとキーパーソンとの間には、独特な人間関係が構築されていることが多々あります。
良い場合もあれば悪い場合もあります。
良い場合は問題になることはありません。しかし悪い場合は、それを修復して、なるべく良い思い出に変えてあげる必要があります。
これが私たちのする一つの大切な仕事だと感じるのです。
例を少し上げてみましょう。
1)「母はこの病院に来て幸せでした」
「母はこの病院に来て幸せでした」
お母さんをこの病院で看取った長男さんの言葉です。
彼のお母さんは80代の重度の認知症でした。
誤嚥性肺炎を繰り返して、その都度、一般病院の内科に移っては、治療を受けていました。
多動が見られ、精神科病院入院中は、完全に身体を拘束されていました。
キーパーソンの長男さんが、拘束された母親を見かねて、当院に連れて来たのです。
「一切の拘束はしない」というのが当院の基本理念だからです。
誤嚥をするので点滴で栄養をまかない、一切口からは食べていませんでした。
当院に入院してから、栄養補助食をスプーンで試してみますと、確かに気管に入ってしまいます。
ナースが食事介助する様子を見ながら、私はふと思いました。
上半身を起こすだけでなく、身体全体を側臥位にしてみたらどうかと思ったのです。
喉頭を内視鏡が通過する時、その先端は、中央の気管入口から左右どちらかに寄って、食道に入っていくのを思い出したからです。
45°くらいの半坐位で、かつ左を下にする側臥位にしてみました。
するとごっくんと、むせなく飲めたのです。
入院の時、心配気に付き添っていた長男長女さん2人に、その姿を動画に撮って送りました。
2人は大喜びでした。
長男さんは、前の病院で、拘束される母親を見るに見かねて、クレームをつけていたのです。その病院では、要注意人物のレッテルを貼られていました。
私が長男さんに会ってみると、それは熱心さゆえのことで、決しておかしな人ではないことが分かりました。
そこで、笑顔が出て、わずかではあってもコミュニケーションのとれる時に、母親との最期の良い思い出を作ってもらいたいと思い立ち、病院にお願いして、コロナ下でも特別な面会をセッティングしたのです。
ところが非情にもその前夜に、患者さんは脳梗塞で昏睡となってしまったのです。みんなで泣きました。
それからしばらくして亡くなられました。
遺体をお見送りする時に長男さんは、涙を流しながらも、長男らしくあろうとりんとした態度で、お礼の言葉を語られていました。
「皆さんありがとうございました。母はここに来て幸せでした」
患者さんと家族に良い思い出を作ってあげることは、私たち医療者の大切な仕事だと、私は思いました。
〈つづく〉
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│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
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│《 ホスピスを造ろう 》
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│④Summary of Conversations with God
│『神との対話』との対話 英訳版
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