<3-23-7> 病院寸話《目からウロコが落ちる ⑦ 拡がる腸管像》
<3-23-7> 病院寸話(月例朝礼・会議などでの寸話)
《目からウロコが落ちる ⑦ 拡がる腸管像》
(イレウスのレントゲン写真)
「目からウロコ」という言葉があります。しかし、今思い返せば、あの出来事はむしろ「若気の至り」だったのかもしれません。
それは、私が医師になって5年目、まだ経験の浅い若手外科医だった頃のことです。ある日、イレウスの患者さんを受け持つことになりました。
イレウスとは、腸の内容物が通過できなくなる状態を指し、その原因には大きく分けて二つのタイプがあります。
腸管が物理的にふさがれる「機械的イレウス」と、腸の動き自体が止まってしまう「麻痺性イレウス」です。
いずれの場合も、腸の通過障害が起きて、腸管はガスや液体で膨らみます。その結果、レントゲン写真には拡張した腸管がはっきりと映し出されるようになります。
さらに、腸内のガスと液体が水平に分かれる「ニボー像(鏡面像)」も見られるようになります。これはイレウスに特徴的な所見です。
私が担当したその患者さんも、最初のレントゲン写真では、腹部の一部に限局したニボー像を伴う腸管の拡張が見られました。機械的イレウスの典型的な画像で、私は「イレウス」と診断しました。
絶食とし、補液による保存的治療を開始しました。
しかし翌日、その腸管像は一変しました。
新しいレントゲン写真では、拡張した腸管が腹部全体に広がっていたのです。私はその変化を見て、思わずつぶやきました。
「悪化している。これは緊急手術か……」
不安を抱えながら、私は先輩外科医に相談しました。
すると、先輩は穏やかにこう言いました。
「私は、これはむしろ良くなっていると思うよ。ガスが全体に広がっているということは、閉塞していた場所が開通した証拠だと思う」
その言葉にはっとさせられました。まさに「目からウロコが落ちる」ような瞬間でした。
腸の拡張が限られた部分だけに見られるということは、その先が完全に閉塞している証拠でもあります。しかし、絶食や補液によって腸を安静に保ったことで、閉塞していた部分のむくみが引き、少しずつ開通し始めていたのです。
そして、腸の中のガスや液体は、今まで通れなかった部分を通過し、下流(肛門側)の腸へと流れていきます。その結果として、レントゲン写真では腸全体に拡張が広がって見えたのです。まるで病状が悪化したかのように見えますが、実際には回復へと向かっているサインだったのです。
その後も保存的治療を続け、患者さんは順調に回復しました。緊急手術は不要となり、後日行った大腸検査でも大きな異常は見られませんでした。
若手外科医だった私には、これは良い学びの事例でした。
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〈つづく〉
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