<3-4> 病院寸話 《10. まず不安を取る 11. 心を癒す言葉 12.医療者としての毅然とした態度》
<3-4> 病院寸話(月例朝礼での寸話)
《その10 まず不安を取る》
私は尿管結石で自分の病院に入院したことがあります。
院長室で遅番をやっていて、そろそろ帰ろうかと椅子から立ち上がったとき、腰の左側にクツという痛みを感じました。また腰を痛めたかなと思っていましたが、いつもとは少し違う痛みです。
初めての経験でしたが、私は直感的に尿管結石を考えました。すぐ机の引き出しからブスコパンを2錠取り出し、かみ砕いて飲みました。
その直後ズシーンという強烈な痛みが腰に来て、動けなくなりました。そこにうずくまっていると、しばらくして波が引くように楽になってきました。
その間に入院病棟に電話をして、看護師さんに「ちょっと来てほしい」と頼みました。
看護師さんが駆けつけてくれたときは、再び激烈な痛みが押し寄せてきていました。
「尿管結石だと思う、注射してくれ」
そういうのが精いっぱいでした。
少しするとまた痛みが止みました。
そこへちょうど当直の医師が来てくれたので、一応お腹を診てもらい、尿の検査をしたら、尿は赤褐色で、潜血は強陽性でした。
これで尿管結石だと確診できました。このようにして入院とあいなりました。
ソセゴン、セルシン、ブスコパン入りの点滴をし、やっとおさまりました。石は動くごとに痛みの位置が下がって行くことに気付きました。
幸い翌々日、石は出ました。
ここで私が気付いたことは、もし尿管結石だと判断できなかったら、どんなに不安だったろうかということです。
私は自分で大体わかりましたし、尿検査でほぼ100%近く診断できましたから、痛みはあっても不安はありませんでした。
しかし素人の患者さんが、この強烈な痛みの原因が分からないで苦しんでいるときは、その不安は大変なものだと思います。
私たちは、患者さんの不安をまず取ってあげることが大切だと思いました。そしてその不安は、医師でなくても受け付けの人でも、心がけひとつで軽くしてあげることができるのです。
つらそうな顔つきの人がいたら、「大丈夫ですか」と、ひとこと声をかけてあげるだけでも、その人は、安心できるのです。
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《その11 心を癒す言葉》
私がまだ若い医師の頃、ある年配の男性が、娘を連れて病院に来ました。その娘は急性虫垂炎の病気を患っていました。そこで外科の私が担当することになりました。
その男性すなわち娘の父親は、戦争時代衛生兵をやっていたそうで、少し医療的なことに知識を持っていました。しかも、彼は土建業の社長で、いかにもヤクザ風の男性でした。
なぜ自分の娘は、手術することに決まったわけではないのに、外科が担当するのかと、怒って医局に乗り込んできました。ワイワイ騒いでは、若い衆をそちらに差し向けるぞと脅かしてきます。取り付くしまもありません。
「あなたは娘さんがかわいくないのか」
同席した院長が言いました。すると、彼の顔はみるみるうちに紅潮し、今にも爆発しそうな顔つきになりました。
「何に言ってやがるんだ、かわいいから言ってるんじゃないか」
大声で叫びました。
「かわいいなら、私たち専門の医師に任せなさい。盲腸を外科が担当するのは、手術するためだけではなく、いつ手術になってもいいようにしておくためなのです。もし急変した場合、外科がいなかったら手遅れになってしまうでしょ」
院長が話し終えると、彼の顔が、急に真顔になり、緊張が取れた顔になりました。それからは、スムーズな話し合いになりました。
患者さんまたはその家族と話すときは、必ずその患者の命を救うことを中心に話せば、すべてのことがスムーズに運びます。
患者さんの病気に対して真剣であればあるほど、その家族は、鋭い質問をしたり、おかしいと思われるほどの追求をします。
その時、うるさい人だと思って、対応をいい加減にすると、かえって話がこじれてしまいます。
それだけ家族は患者さんの治療に対して熱心なのだと良く解釈して、こちらもそれに対して応えているという誠意を示せば、通じ合うのです。
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《その12 医療者としての毅然とした態度》
毎日、診療していると、いろいろな問題がおきます。医療における患者のクレームが出るのです。
最近私が経験したそのクレームは、入院中に使用していたインシュリンのボトルが、退院時には期限切れとなっていたのに気付かず、ナースがそのボトルを患者さんに渡してしまったというものです。
メーカーに問い合わせると、薬理的にはまったく問題ないとのことでした。
ところが、その患者は、もともとそういう性格なのか、あるいはそういうことに慣れている(常習的)ためなのか、いろいろ脅迫まがいのことを言ってクレームをつけてきました。
それがあまりにしつこいので、私は医療専門の弁護士に電話をして、その対処の方法を聞きました。
「毅然としてそういうものは一切受け付けないでいい。もしそれでも言ってくるなら、私の方に訴えるように言って下さい」
弁護士は言ってくれました。
私はその時感じました。医療過誤でない限り、決して私たちはひるむことはない、毅然とした態度で、患者に接するべきであるということです。
それは患者の命を守っているという誇りであり、医療者としての大切な姿勢だと思います。
生半可ないい加減な気持ちで医療を行った場合は、そういう毅然とした態度は取れませんが、真剣にそれに取り組んでいるときには、たとえ小さな手違いがあろうとも、毅然とした態度で臨むべきだと思っています。
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〈つづく〉
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│いのうげんてん作品
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│①著作『神との対話』との対話
│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
│
│②ノンフィクション-いのちの砦
│《 ホスピスを造ろう 》
│
│③人生の意味論
│《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│『神との対話』との対話 英訳版
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