<2-1> 『ターミナルケア』 その1 タ一ミナルケアとは何か
<2-1> 『ターミナルケア』 その1 タ一ミナルケアとは何か 神奈川県保険医協会講演録
① はじめに
ターミナルケアに関心を持ったのは10数年前ですけれども、実際にターミナルケアの現場で奮闘してからは3年になります。ですから、ターミナルケアの専門家でもなんでもありませんが、ホスピスの専門病棟での奮戦記と言いましょうか、こんなところをスライドを使いながらお話したいと考えています。
熱心な治療の末に東海大学安楽死事件というのが神奈川県内で1991年4月13日に起こりました。みなさんの心に深く残っていることと思います。私も同じような立場に立ってやっている者として、関心深くこの事件を見まして、朝日新聞の「論壇」に投稿したという経緯があります。
簡単にその事件を振り返ってみますと、中年の男性が多発性骨髄腫という悪性の病気と言ってもよろしいかと思いますが、その末期におちいって、こん睡・けいれんという状態になったときに、家族がもうみるにしのびないということで「楽にしてやってほしい」と、内科の主治医の先生に懇願してきたというのです。内科の先生は困り果ててノイローゼ気味になり、最後には塩化カリウムという、ご存じのように静注すれば心停止を来たすような薬を静注して、安楽死させたというのがこの事件の経緯であります。
私はこの事件を見まして、単なる刑事事件だという扱いに対してやや憤慨しました。この先生の弁解をさせていただければ、一般病棟では普通こういう末期の患者さんは大体のところ医者から見離されてしまいます。殆ど治療の余地もないし、興味がない患者さんは病棟のすみに追いやられているというのが現状なのです。
私も外科をやっていましたから、外科医は切ることが楽しいといいますか、切って治すことだけが興味の対象ですから、切ってみてこれは駄目だとなりますと、興味の対象から外れてしまいます。臨終近くなりますと殆ど顔も出しません。顔を出してへたにつかまったら大変だということで顔も出しません。痛みがあれば、看護婦さんに「痛み止めをうて」という指示を出して逃げ回っているというのが現状であります。そういう中で、この先生は家族の願いとか、患者さんの苦痛を見るにみかねる程ベッドサイドにいたのだろうと、私は推察するのです。熱心にやったがために、ドロ沼におちいったのではないのかなというのが私の推察です。それで同情的な記事を朝日新聞『論壇』に私は書いたのです。
② ホスピスの役割
私どものホスピスでもこのようなことが日常茶飯事に起っています。どこが違うかと言いますと、塩化カリウムなどは注射しません。楽にしてあげるということはこちらも思いますけれども、モルヒネを使います。
この患者さんはどういう患者さんかと言いますと、肝臓ガンでもう末期になってきました。意識もしっかりしていましたし、元気な方でしたが、突然或る日腹痛を訴え出してお腹がはってきたのです。「苦しい苦しい」と言いますから、「変だな」と、「普通の肝臓ガンの経過と違うな」と、「やぶれたな」という感じで、肝臓破裂が大体予想されました。それで、お腹を注射器で刺しましたら純血がパッと引けてきましたから、これは肝臓ガンが破裂したと分かりました。
輸血をするしかないと思いました。お腹を切って出血を止めるようなことをする年齢でもないですし、ホスピスヘ入っておられますから、苦痛を止めるということを最優先しました。家族も同じように「なんとかしてほしい」と言います。ベッドの上でのたうち回るのです。向うむいたりこっちむいたりして、「苦しい苦しい」と言います。そういう時にどうしたらいいかという事で、私はモルヒネを10mg、普通の常用量をすぐに静注しました。
その後すぐ1日24mg入るという、後でご紹介しますけれども、持続注入器というのに変えて持続注入をしました。しかし痛みは取れても苦しみは取れないのです。モルヒネを使っている先生方はお分かりでしょうが、モルヒネは痛みはとれますが、不安感などはとれません。そこでドロレプタンという、麻酔科で使う麻酔剤、NLAという麻酔で意識はとらないけれども、不安と痛みをとってしまうという方法です。フェンタニルとドロレプタンを使うのですが、フエンタニルも一種のモルヒネに似たものですから、モルヒネとドロレプタンというのを使ったことになります。ドロレプタンを1時間につき4mg、それを持続点滴しました。そうしましたら、痛みも不安感もとれ静かになりました。
家族とお話ができるようになり、家族も安心して感謝してくれました。しかし出血ですから、肝臓から出ていれば輸血をしても間に合わないということで、半日後に亡くなられました。
両者は同じような状況だったと思いますが、方法を知っていれば、塩化カリウムで殺すのではなくて、楽にしてあげてその結果亡くなられたらもう仕様がない。そのことが後で問題になることではないと私は思っています。これが一つの導入で、これからターミナルケアをみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
③ タ一ミナルケアとは何か
ターミナルケアとはどういうものか。まさに末期のケアということですが、類似語にポスピスケアという言い方もあります。それと日本語で緩和ケアという言い方もあります。どう違うのかがあいまいでして、はっきりとした定義の差がないのです。みんなかってに使っているというところが現状かと思いますが、私が知る範囲で「ポスピスケアは何か。緩和ケアは何か」と調べてみますと、欧米などでは各々使われ方が違っています。日本では殆どターミナルケアというのが一緒になって使われています。
私が独自に考えた図式では、ガンと診断がついたときから亡くなられるというプロセスの中で、ガンの根治が不可となったときに、先程のパリアティブメディスンやパリアティブケアという緩和ケアが始まります。その中で原因療法、たとえば外科療法、化学・放射線療法などの原因療法は全く無意味で、かえってその人のQOL をおとすという時期のケアをターミナルケアと言う。
私はいろいろ調べてこう定義したのですが、これは私の独自の図式ですから、全てこうなっているとは限りませんが、一応そのように整理しています。ホスピスケアはほぼ緩和ケア=ホスピスケアという言い方をしています。ですからターミナルケアというのは厳密に言いますと、本当に最期のターミナルの、あと何週間ということを言っています。しかし広義のターミナルケアは、ガンの根治が不可となったときから始まらなければいけないと思います。
④ タ一ミナルステージ
当院のホスピスで、ガンが発見されて亡くなられる迄にどの位の日数が経過するかみてみましたら、根治療法、原因療法が施行可能なのは大体1年位の間です。治療の側面はなく、ただケアをするとか、痛みをとってあげるという側面が重視されるターミナルステージというのは、21日、約1ヵ月位なのです。
アメリカでは大体2週間位だと本にも書かれています。やることが何もなくなって自宅へ帰り静かに亡くなられる期間は大体2週間と言われています。イギリスでもそのように言われていますから、先ほどお見せした私の勝手につくった図式でしたが、欧米のものとそう違いはないのではと思っています。
⑤ ケアが主体
ホスピス病棟と治療病棟がどう違うかを話したいと思います。ホスピスはケアが主体であります。それに対して治療病棟の方はキュア(治療)が主体であるということです。ケアをするのにどのようなものが必要になってくるのかといいますと、ハード面では厚生省が緩和ケア病棟の認可基準を策定しています。大臣認可を受けますと、保険で一人当り一ヵ月間75万円、1日2.5万円の診療報酬が出ます。
緩和ケア病棟の認可を受けるためにどういうことが必要かというのがハード面の条件となっています。たとえば部屋の大きさは1ベッド当り8平米なければいけません。大体6人の大部屋を3人で使うという感じでとらえてくださると、およその見当はつくかと思います。個室は全体のベッドの半数以上なければなりません。例えば20ベッドでしたら、10ベッド以上なければいけません。それに家族控室とか談話室が備えられている事というような、ハードの面からの規定があります。更にマニュアルがないといけないといういろいろな条件があります。
⑥ みんなで茶話会
ホスピス病棟は、画廊のように壁にずっと絵が飾ってあります。絵の下には絵の題名と作者名が書いてあります。患者さんで看板を書く専門家がいましたから、ぜひ記念にと頼んで書き残してもらいました。丸い天井にとも考えたのですが、予算がなくこのような感じになりました。廊下はべ一ジュになっています。べ一ジュの縞が2本入っていまして、雰囲気をあたたかい感じにしようと工夫をしました。デイルームにはピアノもあります。ここでテレビを見ながら、みんなで茶話会をやったりする場所です。月1回位は踊ったりカラオケをしたりしています。このようなことは普通の病院は余りやらないと思います。
⑦ 自らの思いを大切に
私たちの病院では宗教を持たないことにしています。しかし、患者さんへは宗教情報を提供しましょうという考え方です。厚生省の認可したホスピスは6施設あるのですが、その5つはバックにはっきりと宗教がありますが、うちは宗教を持っていません。しかし患者さんの求めに応じて宗教を提供しましょう、「強制は致しませんが、どうぞ宗教も勉強して人生のしめくくりをして下さい」と、偉そうなことを言うわけです。
牧師の先生がマイクに向って説教をします。誰も聞いていません。なぜ聞いていないかと言いますと、みんなを集めて強制的に聞かせるのは宗教を強制することだと考えたからです。自発的に聞きたいときはどうぞ、そうでなければベッドについているイヤホーンで聞いて下さいと言います。「今日はこれから牧師さんの説教があります。お聞きになりたい方はイヤホーンで聞いて下さい」と全館放送をしまして、聞きたい人は聞くという形です。牧師さん、お坊さんが来て、説教をします。今は二つの宗教です。
情報提供のために、いろんな宗教を提供するといいのでしょうが、今のところ人材がいないので、キリスト教・仏教という二つの宗教でやっています。本人が「これは聞いてみたい」と感じたら、「自らの思いで宗教を聞きたいというふうに感じたら、直接話を聞いてもいいし、マン・ツー・マンで宗教を受けてもよろしい」となっています。このことについてはいろいろ考えました。どのように宗教を扱おうかという我々のアイデアであります。会堂にありますステンドグラスはボランティアの方がつくってくれたもので、生命を表しているそうです。
図 会堂
〈つづく〉
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│いのうげんてん作品
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│①著作『神との対話』との対話
│ 《 あなたの人生を振り返る 自分の真実を取り戻す 》
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│②ノンフィクション-いのちの砦
│ 《 ホスピスを造ろう 》
│
│③人生の意味論
│ 《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│ 『神との対話』との対話 英訳版
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