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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
5章 病気もいろいろ患者もいろいろー名診誤診迷診
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<35> 名診誤診迷診-尿が出ない

  尿が出ないと誰しも、苦しいというか切ないというか 、そんな気持ちになりますね。


 これから書く「尿が出ない」とは、患者さんでの出来事です。(←(^ω^)わたくし事ではありません)


 前にも書きましたが、身体が衰弱して尿が出なくなると、余命は数日といえます。


 元気な人でも治療しなければ、週単位の命なのです。


 つまり尿が出なくなったら、血液透析をする以外助ける手はないのです。(⇒豆知識①)


 私の若い頃は、まだ血液透析はどこでもできるという技術ではありませんでした。


 腹腔内を専用液で洗浄するという、血液透析と同じ原理の腹膜透析はやられていましたが、血液透析は大病院の特別な施設でしか行なわれていなかったのです。


 患者が重症になって、いくら利尿剤を使っても尿が出なくなると、 巷の小病院ではお手上げになっていたのです。


 ですから尿が出る出ないは患者の死活問題で、すこぶる医者は神経を使います。


 特に手術後ともなると、いろいろの要因が加わって、身体は不安定になります。


 患者のベッド脇にしゃがみ込んで、 導尿用の留置カテーテルの中に尿が出てくるかどうかを、一日千秋の思いで眺めていたことが何度あったことでしょう。(←(^ω^)あんまりあっては困るけどね)


 出てこない時はそれこそ、本当に切ない気持ちになったのです。


 その中でも今もはっきりと覚えている患者さんがいます。私が20代の頃、外科的黄疸の患者さんを治療したときのことです。


 70代の男性でした。


 顔や身体の皮膚が黄色くなって入院してきたのです。


 皮膚が黄色くなることを黄染といいますが、その中でも肝臓の異常により血中のビリルビンが増加して起きる黄染を、黄疸といっています。


 黄疸は便宜的に、内科的黄疸と外科的黄疸と分けられているのです。


 外科的黄疸とは、胆石などで胆汁の流出障害が起きて生ずる黄疸のことです。


 これに対して、肝炎など肝臓自体の機能障害によって起こる場合を、内科的黄疸と呼んでいます。


 外科的黄疸の場合は速やかに胆石など原因を除いてやらないと、不可逆的に肝臓自体がやられてしまい死に至ってしまうのです。


 この患者さんは、血液検査で外科的黄疸と判明しました。


 今ならCTやエコーによってすぐ確定診断がつきますが、当時はまだ DIC とか PTC という手技によってそれを診断していたのです。(⇒豆知識②)


 PTCを緊急に行うことになりました。


 PTCという手技は、診断と同時に、必要な場合すぐ胆道のドレナージ(胆汁を抜き取ること)を行うことのできる便利な手技なのです。


 レントゲンの透視台に患者を寝かせると、患者の右脇腹から肝臓めがけて、25cmほどの細い針を刺入します。刺入しながらレントゲン透視で針先を見て、肝臓内の胆管内に刺し込みます。(⇒図1 PTC手技)


挿絵(By みてみん)

図1 PTC手技:出典Google


 胆管に命中すれば、うっ滞した胆汁が針から溢れ出てくるのです。胆汁の流出障害で胆管が拡張していれば、割合簡単に命中します。


 一発で命中し、どす黒い胆汁が流れ出てきました。


 すぐさまその針から造影剤を注入すると、肝内胆管がきれいに映し出されたのです。(⇒図2 PTC造影)


挿絵(By みてみん)

図2 PTC造影:出典Google


 胆石による外科的黄疸、つまり胆石が胆管につまって起きた黄疸だということが診断できました。


 続いて細いドレナージ用のチューブを、 ガイドワイヤーにかぶせて刺入します。


 その時、患者が身体を動かしました。


 透視台は硬い板ですから、ずっと寝ていると背中や腰が痛くなります。患者はたまらず身体を動かしたのです。


 すると針が胆管から抜けてしまいました。


 再度刺入を試みます。ところが何度やっても上手く入りません。


「まずいなあ」


 患者も医者も汗だくです。


 刺入操作を繰り返しているうちに、突然患者がガタガタと震えだしたのです。


「ああ、苦しい」


 うめきます。


 造影剤を注入した圧力で感染胆汁が逆流し、敗血症を起こしてしまったのです。(⇒豆知識③)


 急いで胆汁を抜いてやらないと、命取りになります。


 閉塞性の総胆管結石と診断がついたので、緊急手術となりました。


 総胆管結石の手術は、それほど難しいものではありません。


 総胆管を切開して、つまっていた結石を取り除き、その切開創にドレナージチューブ(Tチューブといいます)を設置して手術を無事終えたのです。


「ああ良かった、これで助かったぞ」


 不寝の番で手術後の経過を観察しました。


 ところが、術後に尿が出なくなったのです。(←(^ω^)そのかわりに疲れはどっと出たのです)


 敗血症による腎障害が起きてしまったのです。


 利尿剤のラシックスをいくら打っても、反応がありません。


 奥さんといっしょにベッド脇にしゃがみ込んで、尿パックに繋がれた導尿のカテーテルをじーっと見つめます。その時の思いというのはまさに 「一日千秋の思い」なのです。


「ああ、尿よ出てくれ。頼む……」


 祈りました。(←(^ω^)ほんとの神頼みです)


 何度も病室を訪れては、少しでも出ないかと、カテーテルをゆすったり揉んだり。


 しかし尿は出ませんでした。


 尿が出ないとなると、患者は日単位で尿毒症になって行きました。(⇒豆知識④)


 病気の先が読めてしまうことほど、辛いことはありません。そうとは知らずに看病する、けな気な奥さんの姿が脳裏に焼き付いています。


 数日して亡くなった時には、ガックリと肩を落とし、悔し涙を流したのでした。


*豆知識


①人工透析とは、腎臓に代わって血液を浄化するために採られる治療で、人工膜で作られた透析器を用いる血液透析と、患者自身の腹膜を利用する腹膜透析があります。


 腎不全になると、腎機能が低下するため、尿成分などの老廃物が血液中に蓄積して尿毒症を引き起こすおそれがあり、血液中の水分や電解質の調整、老廃物の除去が必要となるのです。


②PTC (precutaneos transhepatic cholangiographyの略)とは、経皮経肝胆管造影法のことをいいます。


 皮膚と肝臓を介して胆管まで穿刺針を挿入し、造影剤を注入して胆道の状態や閉塞の有無を調べる検査です。穿刺針をドレナージチューブに置き換えることにより、胆汁を持続的に体外へ排泄させる治療手技をPTCDといいます。


 DIC(Drip Infusion Cholecystocholangiographyの略)とは、点滴静注胆嚢造影検査をいいます。肝臓で生成される胆汁は胆のう及び胆管から十二指腸に排泄されますが、その性質をもつ造影剤を点滴静注して、胆管、胆のうの結石、腫瘍などの有無を調べます。(⇒図3 DIC)


挿絵(By みてみん) 

図3 DIC


③敗血症とは、肺炎や肝・腎疾患など、感染を起こしている部分から血液中に細菌が流れ込み、全身に及んだ状態をいいます。


 肺や腎、肝が侵されると呼吸不全や腎不全、肝不全を併発することもあります。


 敗血症治療は抗菌薬による化学療法が中心ですが、治療が遅れたり重篤な合併症を引き起こしたりする場合は死に至る恐れのある、重篤な疾患です。


④尿毒症とは、腎機能の激しい低下のために、血液中の老廃物(特に窒素成分)が十分に除去されないまま体内に蓄積される病気のことです。


 急性腎不全や慢性腎不全の末期にみとめられます。


出典:ナースpedia


〈つづく〉


┌───────────────

│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│ 《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│ 《 人生の意味について考えます 》

└───────────────



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