<19> 名診誤診迷診-胸痛 その6
ある朝外科の回診をしていると、内科のドクターに呼ばれました。夜中に緊急入院した患者がいるので、診てほしいというのです。
さっそく病室をおとずれると、患者は顔をしかめ、お腹を痛がってふるえていました。
「今までにこんなことある?!」
「ない!ない!」
その険しい表情から「何かあるな」と身構えました。
ソセゴンという鎮痛剤を打っても、少しも効かないのです。ソセゴンで効かないのは、相当の痛みです。
診察すると、痛がる割にはお腹はそんなに硬くはなく、いわゆる急性腹症らしくはありません。(⇒豆知識)
外科腹といって、緊急手術が必要な場合のお腹は、お腹の上に板を張ったように腹壁が硬くなります。それを板状硬と呼んでいます。(←(^ω^)そのままだね)
板状硬ではないのに、痛がり方は尋常ではありません。なにか大きなことが腹腔内で起きているのです。
さっそく腹部エコーをやりました。
腹部エコー検査は、画像診断として登場してまだ6年ほどと日が浅く、私もまだその技術をマスターしたとはいえない腕前でした。
肝臓、胆嚢、腎臓、膵臓を順番に調べていきましたが、特に問題はありません。
私は消化器専門でしたから、肝臓、胆嚢、膵臓などの腹腔内臓器なら、ある程度診断に自信はありました。
「腹腔内の臓器は問題無いな……」
独り言をいいながら、検査を終えようと、大動脈辺りにプローブ(体に当てる探触子)を当てると、チラッと一瞬、大動脈の中に光るものが見えたのです。
「オヤッ!何だろう?」
これまでそのようなエコー像を見たことはありません。血管エコーについてはほとんど知らなかったのです。
しばらく見ていて、エコー検査の教科書に書いてあったことをふと思い出しました。
「大動脈解離だ!」
大動脈の内膜が裂けたのです。(⇒豆知識)
これは時にはすぐに手術を必要としますので、救急車で近隣の大学病院に送りました。
その返事は、「ご名診です」というものでした。
画像診断の進歩した今でこそ大動脈解離は簡単に診断できますが、当時はその「名診」に、病院でも鼻高々だったんですよ。
こういう事があってから事あるごとに、
「あなたはどう思う?」
と、私は患者に必ず聞いてみます。
案外、答えは患者が知っているものなのです。
*豆知識
①急性腹症
急性腹症(きゅうせいふくしょう、acute abdomen)とは、突如として急激な腹痛が起こり、急性の経過をとる疾患の総称です。かつて確定診断の精度が低かったときは仮に急性腹症の用語を用いていたが、現在では迅速な診断が可能となっています。
診断:緊急手術を要する可能性もあるため、迅速的な診断が必要となります。
基本的に、血液検査、尿検査、便検査、単純X線検査を早急に行う。CT、超音波検査、内視鏡検査などを、追補的に行います。
治療:確定診断ができればその疾患の治療を行います。
急性腹症を起こす疾患のうち基本的に緊急手術を必要とする疾患:汎発性腹膜炎 消化管穿孔 虫垂穿孔 胆嚢穿孔 大動脈解離・大動脈瘤破裂 複雑性イレウス 子宮外妊娠破裂 卵巣茎捻転 腸重積(成人) ヘルニア嵌頓 壊死型虚血性腸炎(腸間膜動脈・静脈の血栓症・塞栓症) 急性虫垂炎 急性胆嚢炎 急性膵炎 など
②大動脈解離
大動脈解離(だいどうみゃくかいり、英: Aortic dissection)とは、内膜、中膜、外膜の3層からなる大動脈壁のうち、真ん中の層の膜(中膜)に血流が入り込み、層構造が別々に剥がれていく(解離する)疾患。
正常な層構造が壊れた大動脈は弱くなり、最悪の場合破裂してしまいます。
病態分類:Stanford分類
Stanford A 上行大動脈に解離が及んでいる状態
Stanford B 上行大動脈に解離が及んでいない状態
症状:強烈な痛みは患者の96%に見られます。初発症状が突然死であることもあります。
検査・診断:激痛から大動脈解離を疑います。基本的にCTやMRI、心エコーで診断します。
治療・予後:予後はStanford AであるかStanford Bのどちらかによって大きく異なります。
Stanford Aの場合、腕頭動脈、左総頚動脈に血流が減少し脳死の危険が高いので、緊急手術適応となる場合が多い。
Stanford Bの場合、脳に血流を送る腕頭動脈、左総頚動脈が保たれるため、保存的に治療が行われます。ただし、腹腔動脈、両側腎動脈、上腸間膜動脈に解離が及んだ場合は手術適応となりえます。
出典:ウィキペディア
〈つづく〉
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