<17> 名診誤診迷診-胸痛 その5
ある時、もうすぐ受け付け終了という時間に、男子高校生が外来にやって来ました。
外来終了間際というのは、重症の患者の飛び込みが割合多いのです。昼間は我慢していたものの、日が暮れるにつれ急に不安になって、終了間際に滑り込むというあんばいです。
この時間帯は、全ての病院が店じまいを始めますから(←(^ω^)妙な言い方だね)、診察が雑になってくるのはいなめません。医療者もみんな同じ人間なのです。
そこに突然重症者が来ると、担当部署は大騒動です。高次病院に紹介するにしても、そちらも同じような状況にあるのです。
さて、この高校生の訴えは、喉が痛いというものでした。
それでまず耳鼻科にかかったのですが、耳鼻科的には異常所見は無いとして、内科に回ってきたのです。
私は、診察室に入ってきたその患者の表情や身のこなしを見て、変だなと直感しました。
前にも書きましたが、直感というのは医者にとって大事なツールです。
知人の腕の立つ外科医は、アッペ(外科では虫垂炎のことをこう呼んでいます)の患者が来ると、その臭いがするといっていました。
私には臭いこそしませんが、その患者の顔つきを見ると「何かあるな」ということは分かります。
この患者は、喉の病気にしては苦痛症状が強いのです。表情にもハキがありません。
風邪や扁桃腺炎などで喉を痛がる患者さんはたくさんいますが、喉の病気だけではそれほど重篤感はないものです。
何かが潜んでいる……。これは直感の世界なのです。
急いで胸のレントゲン写真を撮ることにしました。
出来上がった写真には、珍しい所見が見られました。
縦隔(⇒豆知識)の中にある大動脈の周辺に、黒い帯状の陰影があって、大動脈の輪郭がくっきりとでているのです。
普通、胸部レントゲン写真で、大動脈周辺が黒くぬけることはありません。
縦隔の病変は、日常診療ではあまり見かけませんが、1度だけ、下部食道の周囲に、黒い帯状の陰影を見たことがあります。食道破裂による縦隔炎でした。
食道が破裂し空気が食道外すなわち縦隔に漏れて、その空気が黒い帯状の影としてレントゲン写真に写ったのです。
食道破裂による縦隔炎は重篤なものです。その患者は、七転八倒せんばかりの強烈な痛みを訴え、緊急手術を受けましたが、敗血症を起こして、あっという間に死亡してしまったのです
。
それを思い出しました。
初めて見る陰影なので私も自信がなく、戸惑いながら、
「外科の救急病院を紹介するから、行ってみる?」
そっとカマをかけるように聞いてみました。
「楽になるなら、行きたい……」
本人は、そくざに答えたのです。
その言い方や表情から、私はただ事ではないと判断しました。
本来ならうちの病院で胸部CT検査をすれば、確定診断がついたのですが、夕暮れ近かったので、万が一、大事があってもすぐ対処出来るようにと考え、疑い病名のまま急いで総合病院に紹介しました。
その後、返事が来ました。病名は縦隔気腫(⇒豆知識)というものでした。入院させて抗生剤の治療で良くなったとありました。
縦隔気腫は、気管などから空気が漏れて、縦隔に気腫ができるものです。
気管からの場合は、食道と違って、漏れ出る細菌は少ないので、すぐに抗生剤などで対処すれば、重症の感染症となることはまずありません。
しかしもし食道が破れた場合は、敗血症となって致命的となることもあり、油断の出来ないものなのです。
*豆知識
縦隔気腫【じゅうかくきしゅ Mediastinal Emphysema 】
①縦隔とは、胸郭(胸部)の中央にあり、左右の肺にはさまれた部分をいいます。ここには心臓、大血管(大動脈、大静脈、肺動脈、肺静脈)、気管、食道、脊椎などの重要な臓器や器官があります。
②縦隔の内部に気体がたまった状態を縦隔気腫といいます。胸部の外傷が原因で、気管、食道などから空気がもれておこります。
刃物や銃弾などが直接に縦隔を傷つける場合と、胸部を強く打撲して、皮膚は破れていないのに、縦隔内の気管や食道が破れることがあります。
また縦隔気腫は、気管支ぜんそくでせきがひどかったり、怒責(どせき=息をこらえておなかに力を入れること)をしたりすると起こることがあります。
この場合、肺胞が破れ、そこから出た空気が気管支のまわりを伝って縦隔にもれ出るため、目に見える破れた場所はありません。
③症状は、原因となる病変が縦隔のどの場所におこっているかでちがいますが、胸痛や胸部圧迫感がおこり、ひどくなると皮下に空気がもれ出し、くびや顔が腫れてきます(皮下気腫)。
皮下気腫が悪化すると、気管が圧迫されて窒息することもあります。緊急事態ですからただちに治療を受けなければなりません。
④胸部X線写真や胸部CT像によって、縦隔にガス(空気)がたまっているのが見られ診断されます。
空気がもれた原因の治療をします。外傷による場合は、手術が必要なことがあります。
出典:kotobank
〈つづく〉
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