<13> 名診誤診迷診-胸痛 その1
胸痛は、診断が難しい割には下手すると命にかかわる病気もあって、なかなか油断できないものです。
腹部の病気の場合は、CT、エコ-、内視鏡などの画像診断を駆使すれば、案外診断は容易につくのです。
ところが胸部の場合、肺はまだいい方ですが、心臓血管ともなると、検査をすればすぐ診断がつく、というものでもないのです。
なのに、命の基本となる臓器だけに、診断をすぐつけないと絶命してしまう危険もあって、胸部疾患の診断は特に慎重を要するものなのです。
こんな例がありました。
朝病院に出勤すると、夜中に中年の男性が入院していました。
「背中が痛い」
というのです。
今までにこのような痛みがあったかどうか聞いてみると、
「経験したことがない」
といいます。
患者自身の診断をまず聞いてみるというのが、私の診断スタイルです(←(^ω^)この医者、ズルしてんじゃないの?)
例えば、風邪の症状を訴えて外来をおとずれた患者に、
「いつもの風邪と違うかな?」
と聞いてみるのです。
「風邪だと思います」
本人が診断して答えてくれます。
「いつもの風邪とはちょっと違うようです」
こう答えた時は慎重に行きます。
胸部レントゲン写真を撮る、血液検査をするなどして、何か風邪にしてはおかしな点が無いか、探るのです。
これで「空振り」、ということももちろんあります。しかし、見落とすより断然害が少ないので、空振りも良しと割りきっているのです。(←(^ω^)あんまり多いのはいかんぜよ)
「今までに経験したことがない」という患者の表情は、疲れはてた生気のないものでした。
「何かあるな……」
そう直感しました。
直感というのは、医者にとって大切な診断ツールです。
患者の顔付きで、おおよその見当がつくのです。愛想笑いでもいいから笑顔があれば、1分1秒を争うほどの重病ではないと分かります。(←(^ω^)案外当たるんだよ)
ところがこの患者の表情には、笑顔も生気も無いのです。
レントゲン写真や心電図をとっても、特別、大きな異常はありません。しかし、何か心臓血管系の病気があるに違いないと私は踏んだのです。
消化器が専門の私は、循環器専門医に相談しました。
専門医はすぐに心エコーをやってくれました。ところが心エコーでも血液検査でも、これといった異常は見つからないのです。
「どうも訴えからして心筋梗塞が疑わしいんですが、検査で何1つひっかかりません」
うかない表情で彼は言ってきました。
「疑わしい時は心カテ((⇒豆知識)のできる病院に紹介した方がベタ-だと思うよ」
「疑わしきは罰せず」が法曹界では原則ですが、医療界には、「疑わしきは罰せよ」といった暗黙のおきてがあるのです。
彼と話し合って、近くの大学病院に紹介することにしました。
その日の夕方、病棟回診をしていますと、循環器ドクターが息せき切ってやって来ました。
「先生!救急車で搬送中に、再び胸痛発作を起こしたそうです。着いてすぐ心カテをやって心筋梗塞と確定診断がつき、治療したと連絡が入りました」
循環器ドクターは、診断が正しかったことに歓喜して、報告に来てくれたのです。
この患者は、急性冠症候群といって、狭心症が心筋梗塞へと進行している真っ最中だったのです。これを1日おけば心筋梗塞になって、最悪の場合には絶命していたことでしょう。
「送ってよかったですねえ」
2人で安堵の胸をなで下ろしたのでした。
* 豆知識
心臓カテーテル検査(略して、「心カテ」と呼んでいます)
①心カテは、大腿動脈などから心臓に細いプラッチックの管を挿入し、心臓内の圧や血液の酸素濃度を測定・分析したり、造影剤を注入してX線撮影し、心臓の血液状態や形、心室・心房と弁の動きを調べたりする検査です。
②心臓の異常が疑われる場合には、心電図検査、心臓超音波検査(心エコー)、CT検査、MRI検査などで調べますが、とくに心カテは最終診断や確定診断のために行われます。
③冠動脈造影は、挿入したカテーテルの先端を心臓の冠状動脈の入り口まで進め、造影剤を注入して心臓をX線撮影します。
造影剤によって冠状動脈が映し出され、血管が狭くなって起きる狭心症や、血管が詰まって起きる心筋梗塞が診断されます。
急性心筋梗塞の場合には緊急冠状動脈造影を行ない、カテーテルの先端から血栓溶解剤を注入して血栓を溶かし、詰まった部分の血流を再開させる治療も行ないます。
さらに、バルーン療法やステント挿入術も行なって血流の再開を図る方法も採られます。
*参照:2013 病院の検査の基礎知識http://medical-checkup.info/article/41671556.html
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