<2> 消えた綿球
前話と同じ病院での出来事。今度は女性です。
中年のおばさん、おりものが多いと、性病を心配してやってきました。泌尿器、性病科を兼任していた新米医の私は、女性の局部など平気でみられるほど度胸はありません(←(^ω^)今ならともかく)。
大学病院の先輩が笑って言っていました。
「研修医が若い女性患者の胸を打診するとき、手が震えてうまく打診できないんだよ」
ご存じのように、医師の診察には、問診、視診、触診、聴打診があります。
打診というのは、左の中指を患者さんの身体にあて、右の中指でたたいて診断するもので、手が震えると、なかなか中指に当たらないのです。
「この先生、しんまいね」
そう思われたら最後、ますますあせって失敗してしまうのです。
人ごとではありません。培養のために、彼女の膣から分泌物を採取しなければなりませんから、緊張して手が震えます。ベッドに寝かせて、いざ出陣。
腟周囲に発赤が見られますから、立派な腟炎の所見です。
女性の局部は、解剖を良く知らないと分かりにくいところです。1番前方に、尿道があり、続いて腟、肛門があるのです。たいていの人はこの順番です(←(^ω^)当たり前)。
ちなみに解剖学では、人体の向きを表現するのに、立位を基本として、右側-左側、頭側-尾側、前-後、腹-背、消化管なら口-肛門、というように表現します。
膣は奥深く、さらに手が震えているときますから、ピンセットではさんだ綿球を、挿入してこすりつけたはいいが、ピンセットを取り出したら、綿球が消えてしまったのです。
「あれ~、どこかへ行っちゃった…」
落っことしたのかと思い、あわてて彼女の背中や衣服をまさぐって探しました。ありません。焦りまくって膣の中を盲目的にいくらピンセットでつまんでも、空振りするだけ。どこにも綿球はないのです。
患者は「どうしたの?」てな顔して見ています。
(こりゃまずいなぁ)
そーっとナースの顔をのぞくと、「またやっちゃったのね」と呆れ顔。
あせりました。冷や汗たらたらです。そのまま知らんぷりしようかとも一瞬思いましたが、後で綿球による膣炎でもおこされてはたまりません。
患者に知られまいと素知らぬふりをしていたら、
「はい、これ」
付いたナースがおもむろに差し出しました。膣鏡でした。ベテランナースのほうが、若造の私よりよっぽどよく知っています。
(くそー、またナースにやられた~)
バツが悪いのなんのって、ありゃしない。
余談ですが、医者より腕の立つナースはいっぱいいます。医者に付いて熟練すれば、下手な医者より腕のいいナースが、悔しいけど育つのです。
医者だって、臨床医ならそんなに学力はなくてもつとまります。だいぶ昔、入学試験の数学0点で、入学できた医大生もいましたね。
ただ、研究者ともなるとそうはいきません。頭脳がいります。その証拠に、臨床では「じゃまな〇」といわれたのに、ノーベル賞を受賞した医師がどこかにいましたね。(←(^ω^)コラ~!ノーベル賞医師に何ということを)
ありがたいことに、私と同じ苦汁をなめたからか、クスコ先生が発明したクスコ膣鏡というのが置いてあったのです。
受け取ってみると、その膣鏡のでかいこと。
「こんなでかいの入れるの。まあいいか、ここから児が生まれるんだもんね」
ブツブツ独りごとを言って、グイッと膣鏡を間違いなく膣に挿入しました。
余談ですが(←(^ω^)余談が多いね)、まじめな話、三つの穴を間違えることだって時にはあるのですよ。肛門に入れる坐薬を膣に入れたりするのです。
「おお、入った、入った」
感心しながら奥をのぞき込むと、子宮頸部あたりに、いまいましい綿球めが、ふてぶてしく隠れておりました。
「こんなところに、おいでなさったか」
まさに、「おいでなさった」という言葉がぴったりの感動ものでした。
ピンセットでつまみ出して、一件落着。
「あ~あ、良かった」
頭をかきかき、ナースに綿球を渡したのです。
この時以来、私はナースに頭が上がらないのです。(弱っちい医者だこと。トホホ)
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