第33話 夏休みの予定はお決まりですか?
「今回のテストどうだった?」
「まあ、普通かな。でもさ、赤点じゃなかったんだよねー」
「凄いな。俺は一科目だけ赤点だったんだけど。でも、俺、普段の授業態度を評価されて、ギリギリ赤点回避してもらった」
「マジかよ、大逆転じゃんか」
終業式が終わった日の帰りのHR後。
教室内では、クラスメイトらの間で、夏休みのスケジュールに大きく関わってくる補習についての話題で持ち切りだった。
今、自身の席に座っている岸本和樹は、夏休み前に渡される通知表をこっそりと覗き込んでいた。
俺は……大丈夫そうだな。
成績表のどこを見ても補修ありとは書いてない。
最高で四。最低でも三の数字しかなかった。
オール五はさすがに無理だったが、テスト期間中にしっかりと勉強をした甲斐があったんだと思う。
和樹は胸を撫で下ろしながら通知表を閉じ、それを通学用のリュックにしまった。
その後で席から立ち上がると、リュックを背負う。
HRも終わり、後は帰宅するだけなのだ。
今日は早く帰らないといけないのである。
和樹はテスト勉強の傍ら、海の近くにある旅館をネットで見つけていた。
終業式を行った日に、その旅館へ連絡をし、予約しようと考えていたのだ。
教室内を見渡すが、稲葉玲奈の姿はない。
廊下に出ると、友達と一緒に帰ろうとしている彼女の後ろ姿が和樹の瞳には映っていたのだ。
「岸本さん。もう帰るんですか?」
「あ、はい」
教室前の廊下を歩き出そうとした時、話しかけてきたのは委員長の西園寺智絵理だった。
「丁度、お話をしたいと思っていたところで、時間があるのならお話をしませんか?」
「どんな内容?」
「それは、個別案件なので。別のところで」
「わ、分かった。少しだけならいいよ」
和樹は智絵理の意味ありげな表情を見て、何となく重要な事だと察し、彼女について行く事にした。
二人は人が殆どいない校舎の屋上で会話をする。
「話というのは、夏休みの事です。岸本さんは予定とかありますか?」
「一応、予定はあるよ。この前、行き先を決めて。今日、家に帰ってから予約したりとかしようと」
「どこに行く予定なんですか?」
智絵理は和樹のスケジュールを知りたいらしく、いつもとは違い、少々食いつき気味に問いかけてきていたのだ。
「海とか、その海近くの旅館とか。そこに行こうかと」
「でしたら、私の別荘に行きませんか?」
「別荘?」
「はい。私、今年の夏は、海が近くにある別荘に行く予定だったの。よろしければ、一緒に来ませんか?」
「でも、玲奈さんも一緒になると思うけど?」
「それでもいいですよ。大げさに言えば、数人程度でしたら他の人も誘う事も可能ですよ」
「だったら……妹とか、妹の友達とかも?」
「はい」
智絵理は、否定する事無く笑顔で受け入れてくれたのだ。
「夏休みは、私の別荘に旅行ということで。岸本さんの方でハッキリとした人数が決まりましたら、私に連絡をしていただければ、こちらで調整しますから」
「わかったよ、後で妹にも確認しておくよ」
「あれ? そう言えば私、岸本さんの連絡先は知りませんでしたね。これを機に交換いたしませんか?」
「じゃあ、こっちが教えればいい?」
和樹は制服のポケットから取り出したスマホを操作する。
「はい、アドレスをお願いしますね」
二人はその場で連絡先を交換した。
「ちゃんとやり取りできますね。では、ご返答をお待ちしておりますね。その時に旅行に行く日程を決めますので。それと、良ければ今日、岸本さんの自宅近くまでお送りいたしますよ」
「いいの?」
「はい。どの道、旅行に行く際に、そちらのご自宅に向かうと思いますから」
「じゃあ、乗せてもらおうかな」
一旦話に決着のついた和樹は、彼女と共に校舎の昇降口まで向かう。
屋上から階段を下り、校舎一階の廊下を歩いていると、騒がしい声が響いてきていたのだ。
その声は職員室前で生じている事であり、そこにいたのは、あの三人だった。
亜優、三葉、千沙。
その三人は、三年生の浩也先輩と関わっていた事で、女性教師から夏休みの補習に強制参加するようにと、言われていたのである。
「は? なんで? 私、全教科、赤点じゃなかったんですけど!」
三葉が女性教師に対し、突っかかった言い方をする。
「だとしても、あなた達の素行の悪さが目立ってるんです」
「でも、だったら、あの梨花って奴も私らと同罪じゃない。これに関しては平等ではないわ」
三葉は、高校二年生という貴重な夏休みを守ろうと必死だった。
今では、元々友達だった梨花までも陥れようとしているのだ。
「中原さんとは、すでに和解済です」
「は?」
「この前、原稿用紙三〇枚分の反省文を書いていただいたので」
「じゃあ、私も書くわ。二人も書くでしょ」
三葉の発言に、両隣にいる二人も同調していた。
「でも、無理です」
女性教師から即答された。
「なんでよ」
三葉は反論する。
「今日中に提出できますか?」
「うッ、そ、それは……」
「それに、夏休みの補習を受けるかどうかの判断についてはもう決まってるので、逃れられないですからね」
その女性教師の背後からは、真っ黒で混沌とした闇のオーラが放たれているようだった。
「そ、そんな。嫌なんだけど」
三葉や亜優、千沙もどうにかしてほしいと泣きながら懇願していたのだ。
「補習を受けないなら、停学。もっと酷ければ、退学になるわ。それでもいいかしら?」
「そ、それは」
「勘弁してください!」
「私、なんでもするよ」
三葉は、なんで私たちだけ、こんな目に合わないといけないのかと納得が出来ず、その場で発狂していた。
亜優や千沙も女性教師に泣きついていたのだ。
その嗚咽交じりの声は、今、校舎にいる人らの耳元まで響いていたとか、何とか――
「まあ、あの人達はもう残念としか言えませんね」
「そ、そうだね」
和樹は智絵理と校舎を後にしていた。
「そう言えば、西園寺さんのテストの結果はどうだったんですかね?」
「私? 私は全教科八〇点以上だったわ。最低で八〇点、最高で一〇〇点の科目もあるわね」
「という事は、成績表はオール五ってことですかね?」
「そうなるわね」
「す、凄いね」
「私は普段から勉強をしておりますので、何も問題はなかったわ」
「普段の努力の賜物ってことだね」
「ええ。ちなみに、岸本さんは?」
「俺は普通の成績だったよ。成績表の大体が三と四だったし。まあ、赤点はなかったから、補修は回避してるって感じ」
「でしたら、悩まずに夏休みを過ごせますね」
「そうだね」
テスト期間中に真剣に努力した甲斐があったと、和樹は明るい空の景色を眺め、感じていたのだ。
「智絵理さま、ようやく来られましたか。先ほどから連絡をしていたのですが?」
校舎の校門周辺から現れた西園寺家の使用人の男性。
「ごめんなさいね。ちょっと、こちらの岸本さんと大事な話があって」
「そうですか。繋がらなかったので、少しヒヤヒヤしておりましたよ。智絵理さまの行方が分からなくなったら、私がどんな仕打ちを受けるか」
「それは自己責任かもね。まあ冗談よ。それと、今から岸本さんを一緒に乗せてもいいかしら?」
「それは問題ありませんよ。では、こちらにどうぞ」
西園寺家の使用人である男性から誘導され、和樹は学校の通学路近くに止めてあった高級車へと乗り込む事となったのである。




