第22話 エッチな誘いをしてくる彼女と――
「これってさ。表紙的にエッチな感じの漫画? だよね?」
「え、っと……それは……」
自室にいる岸本和樹は言葉に詰まっていた。
彼女は、本棚前に立っている和樹の近くにいて、こっそりと耳元で呟いていたのだ。
距離感が近く、心が揺れ、気恥ずかしい気持ちの方が勝っていた。
あー、なんてモノを見られてしまったんだ……。
和樹は心の中で人生最大級に焦っていた。
「これって、中身見てもいい?」
「いやいや、ダメでしょ」
「なんで? ちょっと興味あるんだけど」
「でも、それは女の子向けのやつじゃないから」
「だよね。わかってるよ。表紙に、下着姿の女の子が描かれてるし、そういう内容って」
稲葉玲奈は興味津々らしい。
「で、でも」
「読まれちゃダメなの?」
彼女はジト目で和樹の事を見つめていた。
「少しだけなら……って、やっぱ駄目だ」
和樹は彼女が手にしている漫画本を奪い返そうと行動に移す。
「私、見たいし」
玲奈はそう言って、和樹から距離を取るように後ろへと下がる。
彼女はなかなか返してはくれなかった。
和樹は本気を出し、その漫画本へと強引に手を伸ばす。
そんな時、和樹は体の状態を前かがみに崩してしまったのだ――
「うわッ」
和樹はさらに前かがみになっていた。
「きゃッ、ちょっと」
急な展開に玲奈は目を大きく見開いていた。
彼女は和樹に押し倒される形で、そのまま倒れ込む。
「ご、ごめん」
「もう、いきなり倒れこまないでよ……」
二人は丁度近くにあったベッドに倒れた事で、そこまで痛みは感じていなかった。
「……」
「……」
二人の間で妙な沈黙が訪れる。
「……ご、ごめん」
「……私も、すぐに返せばよかったね……」
互いに、それぞれ謝罪を口にする。
二人の視線は重なったままだった。
一度でも目が合ってしまうと、逸らす事がかなり難しい。
目先にいる、頬を紅潮させている玲奈。彼女を近距離でまじまじと見つめてしまうと、胸の内が熱くなる。
しかも、彼女はエッチな漫画本を手にしているのだ。
意識しないようにしていても、そんな彼女の今の状態に対し、和樹は如何わしい感情を抱きつつあった。
ど、どうすれば……。
「ねえ、どうするの?」
「え、何が?」
「……だから、ここからどうするのってこと」
「そ、それは……」
漫画の中では、今のようなシチュエーションを目撃した事は山ほどあるが、現実的に経験するとは思ってもみなかったのだ。
「別に、私はいいよ」
ベッドで仰向けになっている玲奈は、そう言った。
「え?」
「和樹君が、そういう事をしたいならいいんじゃない? 私もそういうこと好きだし……。私がさ、和樹君とまともに会話した日。私って、エッチな格好をしてたじゃない」
「そ、そうだね、確かに」
「私、元からそういうのには興味があるの。和樹君が興味あるのなら、いいんじゃないかな?」
「……」
玲奈はハッキリとした話し方ではなかったが、和樹は何となく誘われているのだと察する事が出来ていたのだ。
和樹が普段から使っているベッドの上で、仰向けになっている玲奈のおっぱいはデカかった。
何かの手違いで誤って揉んでしまってもおかしくはない状況である。
「じゃあ……」
え?
で、でも、そんなことをしてもいいのか?
確かに、今は両親も不在で、咲も友達の家に遊びに行ってるけど。
和樹は心の中で激しく葛藤していた。
気づけば、目の前にいる玲奈は瞼を閉じていたのだ。
本当に、そういう事をするのか⁉
和樹は焦れば焦るほどに、目をキョロキョロさせてしまう。
実際に、十八禁に近い漫画と同じことをする事自体、初めての経験なのである。
でも、これはある意味チャンスだった。
「ねえ」
「えッ?」
和樹が考え込んでいると、玲奈から声をかけられる。
「何もしないの?」
玲奈は目を半開きにしており、ジト目みたいな視線を和樹に向けていたのだ。
「それは」
「でも、もう少し襲ってきても良かったと思うよ」
彼女はちょっと寂し気な表情を見せていた。
「俺は……」
和樹が咄嗟に動き出した事で、丁度上体を起こし始めた玲奈と接触してしまう。
気づけば口元が接触しており、今まさにキスをしている状態であった。
「……」
「……」
互いに何が起きているのかわからず混乱していた。
次第に、二人は現状を理解し始め、唇を重ねキスしている事に気づいたのである。
最初は焦っていた玲奈は頬を紅潮させていたものの、現実を受け入れるようにキスしたままだった。
和樹は気恥ずかしく、すぐに離れようと思ったのだが、咄嗟に玲奈から抱きつかれ、身動きが取れない状況になる。
彼女は受け入れたらしい。
玲奈から抱きつかれたことで、彼女のおっぱいが制服越しに強く押し当っていたのだ。
かなりの大きさだと和樹は感じながら、頬を真っ赤に染め始める。
和樹は口元が塞がったままであり、現状に気恥ずかしさを感じていたが口をまともに動かす事が出来ず、ただ今を受け入れる事しか出来なかったのだ。
数秒ほどの時間が経ち、和樹も少しずつ、この現状に馴染み始めていた。
「……」
「……」
口づけをしている間は、玲奈の抱きつき方に変化があったくらいで、特に言葉を発する事無く、和樹は自室で彼女とのひと時を過ごしていたのだ。
近距離で付き合っている女の子と一緒にいると、体がみるみる内に温かくなっていく。
「……和樹君?」
ようやく口元が軽くなった。
気づけば、彼女は和樹とのキスを終わらせていたのである。
「え、えっと、なに?」
沈黙が崩れ去るように彼女からいきなり問われたことで、和樹は現状に動揺していた。
「何じゃなくて、私とのキスはどうだった?」
「……突然言われても?」
「どうだったの? そこはハッキリとしてよね」
玲奈からちょっとばかし強気な口調で言われていた。
和樹は緊張に押し負けそうになっていたが、グッと気恥ずかしい感情を押し殺し、彼女の方を真剣に見る。
「よ、良かったと思うよ」
「そう。なら、良かった。私も良かったと思うよ。というか、和樹君って、こういうエッチな漫画を読んでるのに、いざとなると消極的になるんだね」
「それはそうだよ。二次元とリアルは違うから」
「でも、もう少し積極的になっても良かったんだけどね。私の口の中に舌を入れるとか」
「そ、それは出来ないから」
「でも、エッチな漫画だと、そういう展開ってあるんじゃないの?」
「あるにはあるけど、やっぱり、現実的にやろうとすると難しいというか……」
和樹は声を震わせていた。
やっぱり、心が動揺している。
目の前には、先ほどキスした女の子がいるのだ。
そうそうに目を合わせながら会話することなどできず、和樹は少し視線を逸らしながら話していた。
和樹は彼女から一旦離れたのだ。
「でも、私は嬉しかったけどね。また、二人きりの時にやろうね♡」
「そ、それは……考えておくよ」
和樹は頬を紅潮させたまま言った。
今、ベッドの端に座っている玲奈は愛らしい笑顔を見せており、そんな姿をチラッと見てしまうだけでも、和樹の心臓の鼓動はさらに加速するのだった。