第1幕ー8 マルガリータ・ブロトンス嬢の悪いお誘い
驚かし損ねたマルガリータはメイドが先に応接間へ通し私が姿を見せると冷たく笑った。これは怒っていると直感的に感じつつ向かい合うように座る。
ただただ無言の時間が流れ、お茶が出ても彼女はじっと私の顔を見つめるばかり。
「話があると言っていたけれど……怒ってる?」
「怒っていないわ。自分自身に腹が立っているだけよ」
沈黙に耐えかねて聞いてみるとマルガリータはツンとしながら答えた。ツンツンしている姿も似合いすぎる。
「チュエカ家の夜会の話は聞いたわ。オリビアはよく我慢できるわね?」
「一応親戚だから邪険には出来ないわよ」
「それでもよ。自分の容姿を武器に迫るのだもの。相手が渋ったら、また死ぬ死ぬ言い始めるのでしょう?迷惑この上ないわよ。だったら一切近づけないようにしなきゃだめよ。どんな手を使ってでも、よっ!」
マルガリータがぐっと握り拳を作ってテーブルを叩いた。
「どんな手を使っても……例えばどんな?」
「例えば足を引っかけてみるとか、意地悪な事を言う…とか」
……可愛すぎる。
その程度の事でマリアを邪魔できるなんて思うところが可愛い。
マリアがそんな事でめげる訳が無い。めげていたら私は5回も婚約破棄されていない。2回目までは私も抵抗らしい抵抗をしてみた事はある。けれども何の意味も無かった。
マルガリータの考えている程度の事はむしろ実行した場合こちら側が悪者にされて終わるだけだ。
「周囲の目もあるし、やらない方が安全よ」
「じゃあ他にどうしろというの?懲りずにチョロチョロして……絶対またあの人は奪う気じゃない」
「冷静に考えてみて?マリアの家は側妃派に属しているのよ?」
「それはそうだけども、自分の評判を全く気にしていないじゃない。そんな人が家の事を考えると思う?」
「まぁ…考えないわよね」
「いずれ王都を追放になる相手とはいえ、オリビアにとっては最後かもしれないのよ。一生独り身でいるつもり?わたくしも協力するから、ね?」
実はこっそり始めてますとは言えなくて曖昧に笑った。
「気持ちは嬉しいわ。でもこれは私1人の気持ちだけでどうにかする事は出来ないわよ」
マルガリータを何とか宥め、夕方近くにやっと帰って行った。面倒見が良いマルガリータの事だ、心配でたまらないのだろう。
マリアはアルベルトに対してもかつての婚約者達同様好きだという態度で接しているし、私の方は怒る事も拗ねる事も無くあっさりした態度を取っているから。
「マルガリータ様はアレですね、良い子過ぎて心配になります」
「だから好きなのよ」
「それは分かります」
「ああいう子は巻き込んではいけないと思うでしょう?」
ああいうタイプは余計な行動をとって自滅しそうだ。いつも通りマリアに近づかないでいて欲しい。
相性が最悪なのだ。あの2人は。
強い印象のマルガリータと可憐な印象のマリア。マリアが少しでも悲しい顔をすればあっという間にマルガリータが悪者にされる。どんなに正しいことを言っていてもだ。
マルガリータには傷ついて欲しくない。そう思うのは私の我儘なのだろう。
翌日ドロテアがイベッテとイバンの2人と会い、情報収集ついでに依頼をしてきた。
私の元にはついでで受け取ってきた手紙がある。内容は早速というか1人で王城へ行ってしまった私はマリアとアルベルトの仲に嫉妬している事になっていた。全く記憶に無いが、私はどうやらマリアのドレスを破いたり気に入った装飾品を持ち帰ったりもしているらしい。
いくつか涙らしきもので滲ませて読めなくなっている文字があり、それが余計に事実のように感じさせる。こういった小細工がマリアへの庇護欲を高まらせる要素なのだろう。
上手くやるものだと思う。届く先はここだけどね。
便箋をテーブルへ手から滑り落とすとカサリと乾いた音を立てた。