第3幕ー11 壊れた女神
イベッテとイバンの姉弟を送り込んでから、アルベルトが思い通り動かない事にエミリアが苛立ち始めた。
彼等にはエミリアが近付いてきて、何か話しかけたら大きな音を立てるようにさせただけ。不自然に思われず、ある程度エミリアが満足のいくまでクラウディオがタイミングを見計らってやっていた事だ。
私の立てた仮説は正しかったらしい。あれは催眠のようなもので掛かり切る前に覚醒させると操れない仕組みになっているようだ。
急に思い通りにならなくなったアルベルトに対し、エミリアが躍起になり、お陰である程度の平穏は守られている。悪いのはアルベルトとクラウディオの兄弟仲だけである。
シャーロットから国王誕生祭に合わせて正式に訪問する予定を組んだ事と、次期女王になれた事により以前交わした約束を守るという内容の手紙が来ている。
このまま国王誕生祭を迎えたらエミリアの遊びは終わりを迎えることが出来るだろう。
「今日、神殿にある女神像の首が落ちたわよ」
国王誕生祭まであと2週間となった日、イザベルが夕食の席で晴れやかな顔で話題を切り出した。
「何て事……! 不吉だわ」
「ほう」
母はやはり想像通りの反応を示した。対照的に父は少し片眉を上げただけで食事を続けている。
「あんな大きな女神像でしたら神殿の内部も大変な事になっていそうですね」
「世界の終わりだとか色々言い始めているわ。 見てきたけれど、復旧するには時間がかかりそうね」
ふと、神殿に入った元従妹のマリアはどうしているだろうかと気になった。
翌日早起きをしてドロテアを引き連れ神殿へ向かうと出入口前には入りきれない程の人が列を成していた。
「並んでくださーい!」
「礼拝は順番に行いまーす。こちらに並んでくださーい」
数名の神官が手を挙げて並ぶように声を張り上げている。王都中の人がここに集まったのではないかという位詰めかけていた。
「……」
「……」
指示通り並ぶと隣は義兄シリルで無言で見つめあってしまった。
「……シリル義兄様も見に来たんですか、女神像」
「いいや。噂の聖女の顔を拝みに」
そういえば年末に聖女と呼ばれ始めた女性がいた。別段特別な力を発揮しているなどという話は聞かないので聞き流していたが。
何でも女神像の前で祈りを捧げる姿を見た人が言い始めた事らしい。その聖女が祈る姿はとても美しいという。
「シリル義兄様が聖女に興味を持つとは意外でした。他の女性に目がいくなんてイザベル姉様はさぞ怒るでしょうね」
「怒らないよ。オレがイザベルに惚れ込んでいるのは知っているからね」
「一族の方から要請があってね。イザベルから話を聞いて条件に合うんじゃないかと思って」
「聖女をどうするつもりなの?」
「条件が合えばニーム国へ行ってもらおうかと思ってる」
ニーム国はベラーク国の北西にある国で、記憶が正しければ情勢が怪しいのではなかっただろうか。一見栄えているように思うのだが、あと数年くらい経ったら内戦かそれともクーデターか何かしら起きるのだろう。
国が荒れるのであれば救いを求める。その為に聖女という象徴が欲しいのだろう。
「今日みたいな日は聖女様に救いを求めて集まって来ているだろうし、目立たず観察出来そうだからね。オーリにとっては会いたくない人だろうけど」
どういう事だと思いながら神官の指示に従い、出入り口から神殿へ入る。首の無い女神像の周りは滅茶苦茶で祭壇は女神像の頭で潰れ、木材で作り上げた幾何学模様の床はへこみとひび割れなどで無残な事になっている。
そんな状態であるのに関わらず神殿の中には幾人もの人が、ある女性神官を中心にして首の無い女神像の前で祈りを捧げていた。
信心深いものだと冷めた目で中心に立つ女性神官を遠目から見る。並び経つ神官の中で一際輝いて見える金髪の女性神官は後ろを向いていて顔は分からない。
けれどもその背中を見ていると確かに彼女ならば聖女と呼ばれ信仰を集めるのも可能なのだと思った。
「女神像が壊れてしまい不安に思う方々も多いでしょう。けれど我々の祈りはきっと女神様に届くはずです。さあ! 皆で祈りましょう」
中年くらいの神官が声を張り上げると、周囲の人々は跪き祈りの体勢になった。どれだけ騒がしくなろうが聖女はピクリとも動かない。物凄い集中力だ。
祈りの時間は5分程度で終わり、外へ出される。これだけ人が多いと時間を短くしなければ全員が祈れない。
結局誰なのか自分の目で確かめられなかったが、シリルの会話からマリアなのだろう。神殿で過ごすうちに随分と変わったものだ。
「……あの子はシリル義兄様のお眼鏡にかなう子かしら」
「まあまあかな。候補には入れておくよ」
神殿を出た後母が必ず行く喫茶店にて聖女がどうだったか聞くと、シリルからはそのような返事が返ってきた。最終的に決めるのはニーム国に住む一族が決めるからだろう。
本当に2度と会う事が無くなるかもしれないと思うと、ほんの少し寂しさを感じるのだった。