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オリビア・クレーエ  作者: ならせ
第3幕
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第3幕ー6 王太子の婚約者(変)

 アルベルトにそういう気が無いというのが分かっていても、やはり体を密着させて腕を組んで歩く姿を見てしまえば腹立たしい。

 クラウディオが婚約者として連れてきた以上、他の男性と積極的に2人きりになるのは御法度であるし、ああして体を密着させるなんてもっての外だ。


 未だ私は遠くから見掛けるだけで、エミリアとは1度も言葉を交わしていない。気がつけば必ずクラウティオがやって来て、アルベルトを追い払う。兄弟仲は最悪そうに見えた。


「オリビア」

「また絡まれていたわね。断れなかったの?」

「ああ。何故だろうな……」


 アルベルトが首をひねる。

 私にあんな事をしておいて浮気を疑うのもどうかと思うが、何か引っかかる感じがした。彼の立場を考えるとエミリアの得になる要素は限りなく低い。


「あらオリビアさん来ていたのね」

「王妃様。お邪魔しています」


 メイド服姿の王妃が離宮へ戻って来てグラスを持ったまま私達の向かいのソファーに座る。王妃もまた疲れた様子だった。


「お疲れのようですね」

「ええ、疲れるわ。クラウティオが連れてきた客のせいで皆が振り回されているわ。まだ外には秘密になっているけれど、彼女は未来が視えるらしいわよ」

「どういう事ですか?」

「最初はアデルミラの配下になっているメイドが命令で食事に毒を盛ったそうなのだけど、見破られてしまって今は牢の中よ。次は寝込みを襲うつもりで深夜に忍び入って、待ち構えていた騎士にたおされたそうよ」


 自分自身に降りかかる危機に敏感という事だろうか。そうだとしたらなかなかだと思う。婚約破棄騒動の直後、クラウティオと共にプレディエール国を出て来たのも頷けた。


「お陰でアデルミラの考えは変わったみたいね。今注目を浴びているのはエミリア・バルバーニーという他国から来た客だけど、世間を騒がせているのはフォルトナとかいう劇作家。この劇作家に関する事は一切不明というか隠されているわよね」


 王妃の目が私を見据えて言うものだから少しドキリとした。


「アデルミラはエミリア・バルバーニーをフォルトナとして表に出す考えのようよ」

「それはエルネスト・ラサロ様の怒りに触れるのではありませんか?」

「もうそこまでの判断力が無いのかもしれないわね。ラウル・カベサスの一件でミリアムが蟄居中とはいえ、人を1人自分の欲のせいで殺したとあれば処分がぬるいわ。ラウル・カベサスは内定段階だった婚約話を人前で断っただけだもの、罪でも何でもないのよ。それに連なってフェリシアナの死もあるから評判は最悪よね」


 水滴の滴るグラスを手にぐっと半分くらいまで飲み、テーブルに置いた。まだ溶け切っていない氷がカランとグラスに当たって涼やかな音を立てた。


「全く……陛下の誕生日が近いから準備とか色々やることが沢山あるのに、ひと騒動起きそうで面倒だわ」

「そういえば父上のお加減は」

「順調よ。あと1歩といった感じね」

「あの、どこか悪かったのですか?」


 王が不調だなんて話を聞いた事が無くて、王妃に問いかける。すると彼女はポンと手を打った。


「陛下はずっと声を封じられていたのよ。誰にも言っては駄目よ。声が出せると気づかれたらアデルミラが暴走するかもしれないもの」


 人差し指を自身の唇に当てて王妃はいたずらっぽく片目を閉じた。


 離宮を出て王城へ入り馬車が待っている場所まで歩く。

 新たな年を迎えてから王妃派の家が開く夜会に王妃が姿を見せるようになり、勢いがついてきた。一方では側妃派は一気に離反する家が増え勢いを失いつつある。


 あの側妃がそれを許すはずが無いのは確かで、離れて行った支持者の気持ちを取り戻す為に正体不明にしているフォルトナを利用とするのは理解できなくも無い。未来を描いているとも言われているフォルトナの正体を明かすとなると、大いに興味を惹きつけるだろう。


 それをエルネストが許すのならば、だが。

 また人を集めて「実はエミリア・バルバーニー嬢が、あの正体を隠していたフォルトナでした!」とでも発表するのだろうか。エルネストが大笑いする姿が目に浮かぶようだ。


「アル様の婚約者さん!」

「……っ!」


 突然ひょっこり横から飛び出して私の前に立つ令嬢に驚いて後退った。栗色のふわふわした髪と明るい緑色の目を持つ令嬢は2度目をパチパチさせ、ふにゃっと笑った。

 すぐにエミリア・バルバーニーだと分かった。王城に居る若い女性はミリアム以外に彼女しか居ない。今日も後ろ姿を見たばかりなので見間違えようが無かった。


「急に出てきたのは悪かったと思いますけど、そこまで驚かなくても良いのに」


 よく見れば顔の造形は愛らしい。高級な布地をたっぷり使い、フリルやリボンで飾り付けられたドレス姿、質の高い宝石を使ったアクセサリーを身に着けている所を見るとクラウディオに可愛がられていると良く分かる。

 そのドレスには合わない古いデザインのシンプルなアクセサリーではあるが、お気に入りなのだろう。光の反射を計算されたそれは光を閉じ込めたように輝いている。


 私にとって何を考えているのかよく分からない相手というのは少なからず警戒してしまう。ましてアルベルトを恋人のように連れ回し、親しそうに『アル様』なんて呼ぶ彼女は特に。


 しかも後ろ姿しか見た事が無く、こうして顔を合わせる事も言葉を交わすことも初めてだ。正式に紹介されておらず、未だ彼女の立場は宙ぶらりんのままである。

 名乗る必要は無いと判断し、早々に話を終わらせようと考えた。


「何か、用でもありましたか」

「あるからこうして出てきたんじゃないですかぁ~」

「はあ……」

「お願いがあるんです。聞いていただけますか?」

「聞くだけなら」


 可愛らしく首を横にこてんと傾げて上目遣いで見た。


「あのぅ、ワタシをいじめてくれませんか?」


 ……え。


 更に3歩後ろに下がる。心なしかエミリアは頬を赤らめ、モジモジしている。背中から脳天へ抜ける寒気に、また更に3歩後ろへ下がった。


「……ご、ごめんなさい。私、そういう趣味は持ち合わせていないの。クラウディオ殿下にお願いしたらどうかしら」


 お断りするとエミリアが顔を真っ赤にして両手をパタパタ動かした。

 どうして彼女が動揺する。自分の性癖を人に晒して頼んでいる貴方が。


「そうじゃなくてっ!」

「この趣味は誰にも言わないから」


 変な動きをしながら近寄って来るエミリアから距離を取る為に後ろへ下がり続けた。


「ああっ! そのブレスレット!!」


 目をくわっと見開き、私の手首にあるブレスレット指さして叫んだ。


「どうして貴方が持っているんですか! これはアル様がヒロインのワタシにくれるアイテムですよ?! これ、ワタシの物なんですけどっ!!」

「はぁっ?!」


 掴もうとする手を避ける。これにはドロテアも黙っていられず間に入った。

 私の逃げ場は左右どちらかしか無く、背後は壁。その壁に手を押し付けるようにして隠した。


「オリビアお嬢様に何をなさるんです! おやめください!」

「ワタシが手に入れるべき重要なアイテムなんですよ。アル様がワタシへ愛の印としてパーティーの前にくれる物なんです。……それ、渡してください」

「……お断りします」


 首を傾げ、エミリアの耳元で揺れるイヤリングがキラリと窓から差し込む夕日を反射し光った。

 一瞬意識を持っていかれるように視界が揺れたが、ニコッと笑みを浮かべ寄こせと手を前に出すエミリアに断りの返事を返す。


「うーん……やっぱり上手くいかないなぁ。つか何でアル様の婚約者がマルガリータ・ブロトンスじゃないのよ。あっちでこんな事は全く無かったのに」


 従わない私に諦めたのか前に出していた手を顎に当てて独り言を言い始めた。

 自分をいじめろと言ってきたり、私が身に付けている物を自分の物だと言い出したり、とても変な人だと思った。


 しかもマルガリータの知り合いらしいが、彼女の独り言はどこかおかしい。友人であるマルガリータがそんなつまらない嘘を吐くだろうか。マルガリータと夫となったエリアスとの仲は、見ているこちらからも分かるくらい仲睦まじい。

 どこで仕入れた情報か知らないが、嘘を教えられたのだろうと結論付けた。


「お嬢様、どうします?」


 ドロテアの問いに周りを見渡し馬車がまでの経路を幾つか割り出す。はしたないけれど、走って逃げるなら可能かもしれない。

 エミリアはまだブツブツ言いながら考えに耽っているようで、今なら気づかれないだろう。


「見つけた、愛しい人」

「きゃっ……ディオ様。びっくりした~」


 クラウディオが駆け寄って来てエミリアに抱きついた。彼女も抱きつかれて思考を止め頬を染めて目をパチパチさせた。


「一緒に夕食を摂る約束だっただろう?」

「え? あー……そうでしたっけ」

「そうだよ。忘れるなんて酷いな。君の想いはその程度だったんだ……」

「違いますよ~忘れる訳ないじゃないですか」


 目の前でイチャイチャし始めるのを呆然と見つめドロテアと顔を見合わせる。


「帰ろうか……」

「ええ、そうですね。今のうちに」


 そっと2人の横を通り抜け無事屋敷へと帰る事が出来たのだった。

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