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オリビア・クレーエ  作者: ならせ
第2幕
32/52

【幕間】トワイライト

 カタカタ石畳の上を馬車が走る。そっとカーテンを開けて初めて見る外の世界を眺めた。赤茶色のレンガが並ぶ建物が珍しくて、去る前に1度くらいはこっそり抜け出して歩いておけば良かったなと後悔した。


 あの時は突然、よく分からないまま叔父のラサロ公爵の元に預けられ、護衛を付けられて敷地から1歩も出ない生活を送り、またよく分からないまま離宮に住むことになった。

 何となく子供心に外の世界は危険なのだと思って、王城の外への興味を持たないようにしていた。


 王城では無く敷地内にある離宮に住むことになって不満がある訳では無かった。母上や兄様の存在がとても近く、3人での暮らしは出来る事が増えて楽しかった。


 母上が持たせてくれたラフィーク王宛の手紙にはラフィーク国の民として受け入れて欲しい、特別扱いはしないで欲しいという内容が書き記されている。ベラーク国の王女として生まれ王女としての責務を果たせず国を捨てて生きるのだから、それくらいの措置を願われても仕方の無い事である。



 王城での思い出は痛みを伴う。

 15の時に存在は知っているけれど、1度も会った事の無かった異母妹のミリアムが離宮に来て「役に立たないなら、せめて王城でメイドとして働いて役に立ちなさいよね」という言葉と共に投げつけられたお仕着せ。母上がどこかから手に入れて着ていた物と同じ物を着ていれば離宮から出られるのだと思って着る事にした。

 そうしたらきっと父上がわたしを見つけて優しくしてくれると、心のどこかで思っていた。


 王城で働くようになってミリアムの嫌がらせが始まったけれど、それ以上に父上に会えるかもしれないという期待が大きかった。そんな期待を裏切る様に使用人達の会話からアデルミラ妃を愛しているから王妃と子を追い出したと耳にして、わたし達は見捨てられたのだと知り期待していた分落ち込んで、父上の事が嫌いになった。

 そして仲良くなったメイドの子に頼んで髪を染める薬剤を買ってきてもらい、父上譲りだった金髪を赤く染め、わたしから目に見える部分だけ父上の痕跡を消し去った。


 父上がわたしに気づいて少しは心が痛めば良い。捨てた母上とわたし、それに兄様の存在を忘れて愛する人と楽しく生きているなんて許せなかった。

 だってそうでしょう? 愛する人と生きていたいのなら、どうして母上との間に2人も子をもうけたの? それは無責任じゃない?


 たまにすれ違う度、苦しそうに顔をしかめる父上を目にしても心が晴れる事が無いけれど、王城でお仕着せを着て働いていても咎められはしなかった。簡単にわたし達の事を忘れる事は絶対にさせない、バラの棘のようにチクリと痛めさせられれば、それで良かった。


 不思議だったのは、母上が一度も父上の事に対して悪い事を一言も言わなかったこと。王城で仕事を終えたわたしの汚れた姿を見て、優しすぎる人だから許してあげてと寂しそうに言う。


 受け入れられなかった母上の言葉は、今になって大きな勘違いだったと気づく。

 父上はわたしの訃報を聞いて駆けつけ、ボロボロ泣いていた。そして死んでいない事を喜んでまた泣いた。予定ではその後すぐにオリビアさんと一緒にここを去る予定だったけれど、いつの間にか彼女は帰ってしまっていて、予定が1日延びてしまった。

 後で兄様が気を遣ってくれたのだと聞いて翌日お礼を言ったけれど「疲れたから忘れて帰っちゃっただけよ」と言われてしまった。


 最後の夜だから家族全員揃って母上とわたしが作った食事を食べつつ10年前に何があったのか母上から真実を聞いた。そしてわたしは周囲に惑わされ、自分が思い違いをしていたのだと知る。


 父上がラフィーク国へ訪問した際に母上と出会い、互いに一目惚れをして結婚の約束まで交わしていた。ベラーク国に戻った父上は一部の貴族達から反対されたけれど、今は亡き前王陛下が認めた事で母上は迎え入れられた。

 それを良しとしなかったのは、それまでずっと未来の王妃としてちやほやされてきたアデルミラと彼女の父だ。


 ――ある女性の呪いによって国が滅びる。


 それは古くから言い伝えられている事。それを食い止めるために何代かに1度、神血の一族との血の交わりを持たなければならない、というのがしきたりらしい。

 前王陛下は恐らくその原因を知っているようだけれど、呪いを信じきっている貴族達にとっては重要な事で、わたしが生まれた年にアデルミラは側妃として入った。魔法が使える子供である事を期待されていた兄様とわたしにはその片鱗すら見られなかったのも理由に挙げられる。


 アデルミラは王妃の座が欲しくて、母上とわたし達を消せば手に入ると分かっているからこそ、王城で働く一部の使用人と魔法師長を仲間に引き入れて凶行に及んだ。兄様とわたしは事前に察知した叔父様の元で保護され、兄様だけその後ブロトンス侯爵の元に預けられた。


 わたし達が保護されている間、父上は声が出せない魔法をかけられ、わたし達を守る為に遠ざける事を決め離宮を与え、母上は父上を救い、わたし達を守る為に奔走する事になる。


 離宮に住み始めた翌年、老いに勝てなかった魔法師長が居なくなった後、母上は魔法師達と数年かけて信頼関係を作り上げ、父上にかけられた魔法を解く方法を調べ上げていた。

 魔法師以外で元から魔法を使える母上はわたし達の前で魔法を解いて見せた。声を出せるようになった父上は母上の名を呼び、また泣いた。父上は意外にも泣き虫だった。


 あの数時間の思い出は、たぶんきっとこの先も忘れられない。

 長年声を出せなかったせいで掠れてしまった声で言った父上の「幸せになりなさい」という言葉が耳から離れない。



 オレンジ色の朝焼けが見える頃には王都を出てしまい、冬枯れの野原と山が続く。2台の馬車と1台の荷馬車は母上の生まれ故郷へと走り続ける。


「フェリシアナ様、寒くありませんか?」


 彼がわたしに向けて問いかけた。誰にも気づかれないように、わたし達はこげ茶色のカツラを被りクレーエ家のお仕着せを着ている。一応外套を着ているけれど、寒さは敵! と言ったリリアナの意見でひざ掛けまであるので寒くは無かった。


「わたしはもうただのフレデリカよ、様付けも必要ないわ。ラウ……ライオネルは寒い?」

「そうでした、今の貴方はフレデリカでしたね。少し寒いので隣に座っても良いですか?」


 死を偽って国を出るにあたり、わたし達は今までの名前を捨て、新たな名前が付けられた。

 ライオネルは彼の母が可愛がっていた弟の名、フレデリカはわたしが生まれて名付ける時に候補に上がっていた名の1つだ。ちなみにフレデリカは母上イチオシの名前だったらしい。


「どうぞ」


 座れるように横にずれると彼は隣に座り、わたしはひざ掛けを半分彼の膝にかけてあげると手を上に重ねられた。


「あの……身分も役職も無くなってしまいましたが貴方を悲しませることはしません。笑っていられるように頑張りますから、この先もずっと一緒に居て頂けませんか」


 彼の手は震えていて緊張がこちらにまで伝わってくる。


「わたしもライオネルが笑顔でいてくれるよう頑張りますから、お傍に置いてください」


 触れられていた手が離れ、わたしの頬に、親指が唇に触れる。期待を持って彼の方へ顔を向けると熱を帯びた視線とぶつかった。

 誰も見ていない馬車の中でわたし達は誓いの口づけを交わしたのだった。

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