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 『たのか?』という疑問は最後まで言葉に出来ない。



 ――視線で殺されるかと思った。

 「詐欺」と言った時とは比べ物にならない、刃物を喉元に突きつけられているような殺気が、威吹から戒に向かって発せられている。息をするのも許されないような、そんな時間。


 理不尽だ……と、戒は思った。

 こんなくだらない事でナツメが死んだんだぞ!!


 先ほどの会話から考えてみると、この騒動はどう見たってただのこの神様(男)の威吹(男)に言い寄っているごたごたに、巻き込まれたって言うのが正しい様に思えた。

 とても大きな箱を貰ったと思ったら中身は入ってなかった……時のような落胆と怒りが込みあがってくる。


「もしかして今まで言ってた事は、嘘だったのかよ!」


 威吹の殺気に負けないぞ! というように戒は睨みつける。

 戒の考えている事が、視線で威吹には伝わったらしく、少し雰囲気が和らいだ。

 威吹は海鳴のおぞましい視線の所為で心理的苦痛を感じていた所に、戒の悪気ないであろう正直な心境を聞き我を失ったが考え直した、戒が怒るのは無理も無い事だと。


「我は嘘は言わぬ、今回我が負ければ死ぬと同義であった」


 理由が口に出すにもおぞましくて、戒に自然と隠していた自分の非を認めると、怒りを抑える。どうしてだか戒には許してしまう何かがあった。

 それは多分瞳……だ。

 まっすぐに威吹を見つめる瞳には、人間の癖に嘘がない。

 真の言葉だ。


 しかし、そんな威吹の破格の好意に、戒は気がつくはずもない。


「確かに、そなたとナツメ殿には悪い事をしたと思っている」


 どう聞いても、謝ってるような台詞には見えない。

 戒は改めて怒りがわいてきて、非難の言葉を投げつけようとした瞬間。


「本当に、面白い少年だね……痴話げんかとはっ……!!」


 男が本当に面白そうに……扇を打ち鳴らす。

 どうやら戒の言葉がどういう風にか――戒には理解できないし絶対したくないが、ツボにはまったらしい。面白くてたまらないといった、花が咲き綻ぶような表情に戒は一瞬毒気を抜かれた。


「こんなに笑ったのは久しぶりかな、面白い事を……。

 今回の事には人の子を巻き込むつもりはなかったのだよ、少年。

 非といえば私にあるのかもしれない、冷たい威吹に些少なりとも意地悪をして苦悩させてみたかっただけだったのだが」

「そなたという者は……」


 威吹の戒へ向けていた怒りの矛先は、あっさりと男のほうに向かっていた。

 そして戒の怒りも。


「そりゃあ、あんた達にとっては人間の命なんてこれっぽちも大事じゃないかもしれないだろうけどっ! これじゃナツメがあんまりだろ!」


 自分が巻き込まれたゴタゴタはこの際どうでもいい。

 でも、ナツメが……生き返るんだからいいって問題でもない。


 威吹は反論は出来ないという風に渋面。

 男はまるでほほえましい子供を見るような目で戒を見ている。

 戒の怒りは二人にとっては、威嚇している子猫のように取るに足らないもだろうけど。だからといって怒りは収まるようなものじゃない。


「本来ならば、私だけにその視線が向けられるべきなのだろうね」


 男が苦笑した。

 誤魔化されないぞ、戒は睨む力を入れなおす。


「そして水波……意地悪は美しくないね。きちんとこの少年に教えてあげなさい」

「海鳴さま……」

「へ?」


 何が?


 不満げな顔で美少女は喋らない。


「その少女が威吹の所為で死んだと思っているのは、少年の誤解だよ……正確には威吹がその少女を守るように水波が力を振るったようだね……」

「お前のせいかよ……」

「ええ、でも嘘は言ってませんわ、だから言霊も私を罰しはしないでしょう?」


 つんとそっぽを向いた顔でさえも美しかったが、今の戒には……それさえもムカつく。これ以上この美少女を責めても無駄だと思って、戒は威吹に詰め寄った。


「なんで、言わなかったんだよ! 威吹」

「……我は弁明できる立場ではない、それに我があの海路をとらなければ、ナツメ殿が死ななかったのは事実」

「…………」


 だからって、こいつ潔すぎるぞ。

 言い訳ぐらいしたってよかったのに、それだったら自分もあそこまで我を忘れて威吹……ナツメの身体に殴る掛かるなんて馬鹿な真似をしなかったはずだ。


「この事に対しては、私の企んだ遊戯……少年、少女にはすまない事をしていると分かっている、その少女を生き返らすのは当然の責だが……それ以外にも些少なりとそなたらに海の祝福を与えよう」

「へ?」


 祝福?


「これからのそなた達に、この海原が一つも傷つけないように寿ごう……」


 いつの間にか、男が戒の目の前に居た。

 走ってきたわけでも瞬間移動したわけでもなく自然に。

 そして戒があっけに取られている間に、戒の両肩に手をかけると戒の額に……キスをした。


「なっ!!」

「詫びの印だよ。これで少年は私の加護が宿った。海で困った事があれば、私が力を貸そう」


 額が熱い。

 恥ずかしいとか、嫌だとかそういう気分の問題じゃなく、本当に触れられたそこだけ熱かった。


「やっぱり神様の契約って、こんなんばっかりなのかよ」


 額の熱さに手で押さえて少し不満を漏らす。

 いくら綺麗な顔をした神様だからといって、男にこんなことされて嬉しい訳はない。


「いいや、そんな事はない」

「?」

「ただ、威吹と同じ事がしてみたくてね……」


 そう付け加えられた言葉は、威吹には聞こえないような吐息交じりの小声で。



 そ、それってもしや……。

 間接キ……(以下想像するのも怖いので自主規制)狙いってヤツです……か?



 戒はそう言ってしまいそうになる言葉を、威吹の手前全力で飲み込んだ。

 今度こそ威吹に殺される。

 いや、マジで。


「でも、こんな力もらったって……」


 ポツリと、戒はこの本音は言ってしまった。

 ちょっとこれからはあんまり海に来たくないな……と海に対する興味が驚くほどマイナスに変化している戒にとっては海関係でどんなに得しようとも「無駄じゃないか?」と思ってしまう。


「何て無礼な! 海鳴様が直々に下賜た力をっ……!!」

「まぁ、二度と海で死ぬ事はないぐらいでは、少年の気は済むまい。他になにか望みがあるのなら言ってもらってもかまわないよ、人の子の望みなら大抵は叶えられると思うからね」


 なんかさらりと凄い事言われたような……。


「まぁ、俺はいいです。もういいです、それよりナツメに謝ってください……」


 神様は願いを叶える為に、代価を払わなければならないと威吹は言っていた。

 望みを叶えてくれるというのなら、この神様なりの罪悪感が対価なのだろう。

 そう思うと不思議と、もう怒りは無かった。

 それよりも早くこの茶番を終わらせてナツメを生き返らせて欲しい。


「ふふ、分かったよ」

「それで、海鳴。戒に対する贖罪が済んだのなら、早く薬を渡してもらおうか」

「おお、そうだったね」


 険のある威吹の言葉に今気がついたかのようにわざとらしく、男は懐に手を入れて、小さな守り袋を取り出した。金糸で刺繍してある薄い青の布で作られた小さな巾着。この中に……威吹の妹の病気が治る薬が入っているのか。

 何だか仰々しい雰囲気がありそうな薬だというのに、威吹は取りにやって来ない。男とかなり距離をとっている。


「近寄るな、投げてよこせ」

「本当につれない」

「…………」


うわぁ、威吹がとても不機嫌だ。


「お、俺に下さい」


 余計なおせっかいだとは思ったが、二人の神様がにらみ合ってる姿をずっと至近距離で見ているのは勘弁してもらいたいので、戒は思わず助け船を出してしまう。

 男は面白くなさそうに一つため息を吐くと、戒に守り袋を渡した。


「それにしても、本当に君が私のものになってくれないなんて、なんと寂しい事か……」

「約束は約束だ……」



「そうだ、なんならこの少年でもいいのだが……」と不穏な言葉を吐き出す男に全力でお断りすると、笑ってもらえた。戒はからからかわれたらしい。威吹に名残惜しそうな視線を投げ掛けると現れた時と同じような艶やかさで、男は美少女を引き連れて海の中に帰っていった。


 静まり返った海。

 まるで夢のような光景だったが、夢じゃない。

 その証拠に日がとっぷり暮れて街灯の光だけになったうらぶれた砂浜には、戒だけじゃなく威吹も取り残されていた。


「お、終わったんだよな?」

「……」


 無言で頷く、威吹。

 その顔はスッキリしたような顔で、その顔を見て戒はほっと安心したのか、疲労が出たのか、まぶたが重くなる。 


「あ……れ?」


 いや、まだ終わってない、まだ、ナツメが……でも身体が泥沼に入ったように、上手く動かない。

 視界がぶれる。


「ご苦労であった、戒。

 我の力を使いすぎたようだな。

 人の体には耐えられなかったはず……ゆっくり眠るがいい。

 明日目が覚めたら…そなたのナツメは生き返っているであろう」




そう、威吹は優しい目のままで……戒は最後の意識で聞いた気がした。





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