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07

「少しでも動くと、命の保証はいたしかねませんわ」

「なにっ……!?」

「動くでない! 戒」

 戒の声を遮って、威吹は真剣に叫ぶ。

「流石に、威吹殿は分かっていらっしゃいますわね」

「どういう事だ?威吹」

「そなたが分かるはずも無いが、姫は海の一族……水を手足のように操る」

「って……事は」


 海で水だという事は、血……血液も操れるって事か!


 体がぞくりとしたと思ったのは、声の所為ではなく体の中の血液に、何かをしたと言う事だ、何をしたかは、考えたくも無い事だが。戒の血の気の引いた表情に、何をされたか気付いた事が伺えて、少女は無邪気に笑う。


「思っていたより賢かったみたいね」

「と、言うわけだ、動くな」

「……」

 口を利くと少女の機嫌を損ねそうで、戒は黙った。

「あら動いても良いのよ、死にたければ」

 まるで、小さい子供に言い聞かせるように、戒はそう言われ、少女が自分を殺す事を、虫を殺すようになんとも思っていないと改めて気づかされる。


「それにしても都合がよい事……威吹殿が、人の内に捕われているなんて。

 さあ、共ににいらしていただきましょう威吹殿。

 その娘御を殺したくなければ」

「……」

「今の貴方の力では、私に対抗するなんて不可能」

 威吹は考えこむように、目を伏せる。てっきり少女の要求を飲むかと思っていた威吹の回答は信じられないものだった。


「断る」

 その回答は簡潔で明瞭。疑う余地も無い。


「威吹!!!??? 俺との約束を破るのか!?」

「この娘を死なせるなら、我も共に逝く覚悟は出来ている」


 戒は余りの回答に、黙る事も忘れていた。が少女にとってもそうだったらしく、戒を咎める余裕も無い。


「そなたにはその様な事が出来るであろうか、姫よ」

「そんな欺瞞……効くとでもお思いなの?」

「欺瞞などでは無い、この少女を生き返らせるという契約を交わしたのであるからな……守れぬときはわが命に代えるまで」

「!?」


 少女は言葉を失った。このように言われれば、少女は『ナツメ』にも手出しが出来ない。

 少女が命に代えても全うするべきである『海鳴様の言葉』には、威吹を『無傷で連れてくる』というものだから。それに力を失った者如き、無傷で捕らえるぐらい出来なくては……という自尊心というものがある。

 少女は、考えた。どう、すべきであるか。そして余りの衝撃で聞き過ごしていた事に気が付くと笑う。


「生き返らせる契約? 私たちは人間の命に関与するなんて、禁じられているはず」

「……」


 人間の命に関与できない?

 一体何を言ってるんだ。

 戒は、威吹が自分の命を張ってでもナツメを守ってくれているというのが分かったが、次に少女が告げた言い様だと……ナツメを生き返らせられない?


「威吹どういう事なんだ? 俺に嘘ついたのか!」

 戒のその動揺は、少女が予想した通りであった。

威吹は、そんな戒の叫びを無視して、少女に告げる。

「それは、人の運命の中で死すべき時の場合だ」

「やはり、その少女、見覚えがあると思えば……」

 少女は、自分の考えがあっていた事に満足する。一方戒は、頭が混乱して二人の会話が理解できない。


「威吹殿、貴方が海中宮殿から逃げ出す時に、巻き添えにした少女ではなかったかしら?」

「!」

「…………その通りだ」

「……嘘だろう?」

 余りの衝撃告白に、戒は信じられなくなる。



「嘘ではない」



 親切にも、威吹は肯定した。

 その顔は無表情で、何を考えているのか計り知れない。

「じゃあ、ナツメが海でおぼれたのは……」

 頭の中で、グルグルとあの時の光景が思い浮かぶ。



 内緒でナツメにあげる貝を拾おうと思って、一緒に泳ぐのを断った自分。

 ナツメが泳いでいるのを観ている自分。




 コンナトコロデオボレルナンテ

 キュウニシオノナガレガカワッタノダロウカ?


 そう、監視員のつぶやく声。




 救急車で運ばれて行くナツメ。




 病院。

 ……無機質な白い映像。




 プレゼントに買ったナツメの好きなオルゴール。

 それを床に叩き割る自分。






 過去の順番が関係なく、無秩序に浮かんでは消える。

 そんな混乱した戒の頭を正気に戻したのは威吹の低い声だった。


「我の所為といっても仕方が無い」

「!?」


 じゃあ、俺は……


 戒の絶望的な表情を見て、少女は笑った。

 確かに、威吹殿が海中の道を通って逃げなければ、その人間の少女は死ぬ運命にはなっていなかっただろう。

 しかし、少女は肝心な事は言わなかった。

 神や精霊は嘘はつけない、だから嘘は言ってはいない。

 ただ、黙っているだけだ。

 言霊に縛られる事も無い。



その空白の言葉が、戒に重大な思い違いをさせるのも十分理解した上での事.。




「馬鹿みたいだな…俺。お前の事信用していたのに」

「……許せ」


 何処までも傲慢な謝り方に、戒は頭に血が上る。


「お前がっ!お前がっ」


 余りの怒りに、言葉が出ない。

 戒は、ナツメの体という事も忘れて、威吹の胸倉をつかんだ。



 今までナツメが死んだのは事故だと思っていた!

 本当は!お前のせいだったなんてっっ



「お前が殺したくせに! 俺にこんな苦労をさせて! っ本当は馬鹿な人間だって嘲笑ってたのかよっ」

 一気に捲し立てて、戒は息継ぎがまともに出来ない。胸倉を掴んだ手は、戒のものでない程に震えていた。

 目の前の威吹の顔は、何の表情も浮かべていない。

 その態度に戒が我を忘れて、殴ろうとした…その時。




「私は、動くなって言っていましたわよね」




「ぐっ」

何だ、この苦しさは……

戒は、体中の血が不自然なほど熱く、早く流れてるのを感じた。

 少女は、仮初めの入れ物である「ナツメ」の体にも傷がつくのを恐れて、戒の血液の流れを変えたのだ。

その、違和感に動きを止めると思っていた、少女であったが、戒は体の不快感にはかまわず叫び、手を振り上げた。


「そんな事かまってられるかっっっつ!」

すべてが信じられなくなった戒は、もう何も考えてはいなかった。

死んでもいい。 ナツメに許してもらえる方法はこれしかないように思えた。


「……そう、残念ね」


その言葉が、同時に発せられた瞬間。

少女は戒の血液の流れを、人体が耐えられない速さに換える。



「戒!!」

威吹のそう叫ぶ声の後。





 パンッ!






 乾いた音を立てて、何かが破裂する音が海岸に響いた。






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