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06

「あ、アンタはっ!」



 威吹の表情を見て、警戒する事はないのだろうかと、一瞬考えた戒の目の前。海岸で会った怪しい青年がいきなり部屋の中央に現れた。

 今は季節外れのコートではなく、時代錯誤の深い藍色の狩衣……昔の貴族が着ていそうな着物を着ていた。昔の服装なハズなのに、コレが本来の姿だとでも言うように青年には似合っている。


 この青年も神様の関係者だったのか……。

 通りで威吹の事を連想したわけだ。


 海岸での出会いを納得する。



 青年は、声を上げた戒を気にしていないように床に片膝を付く。

 と、武人の様に話し始めた。



「この場に居られるのは暫時のみ、用件のみ伝えさせて頂く無礼平にご容赦を」

「いいであろう」

「明日、夕刻。浜にて待つとの事。では、御免」


 そうとだけ告げると、青年は泡になって掻き消えた。


「……確かめるため行くしかないであろう」

 威吹は先程の返事を戒に向かってそう呟いた。



 戒は、今まで探す『力』の事ばかり考えていた。

 今更ながら一体この神様(ひと)達の間に何があったんだ? とかこのまま威吹の事を信用していいのかと、ぐるぐる頭の中を疑問がまわり始めていた。


 ナツメの事を生き返らせてくれる。


 その一言で、威吹の事を全面的に信用していた戒。

 でも、本当にそれでいいのか?

 何でこんな事になっているんだ?



「あのさぁ、威吹……」

「なんだ、戒」

「今更だけどさ、何で威吹の力が具現化されたんだ?」



 戒の至極当たり前な疑問に、威吹の眉がピクリと動く。

 話したくない、触れるなとでもいうように……でも。


「ここまで巻き込んで、話さないのは……卑怯だ」

「…………」


 威吹の眼に苛立ちが見える。でも戒は眼を離さなかった。

 長い沈黙。

 威吹の無言の圧力を感じたが、眼をそらしたらきっと威吹は言わないだろう。喰らい付くように戒は威吹を睨む。ふと、瞳に諦めたような光が見えた。威吹が重い口を開く。


「……我にはいもがいる」

「芋?」

「……『いもうと』の事だ。その妹が、病に掛かったのだ、人の言葉で言う『塩害』に」


 戒のボケっぷりにも関せず、妹の事を話す時、威吹の眼は優しくそして……翳りを帯びる。戒は話の内容と威吹の態度に、自分の思い違いな言葉が、不謹慎で恥ずかしくなった。


「我の力でも何ともならなかったのでな。潮風と言えば海の神、海鳴の力を借りようとこの地まで降りてきた。そして妹の病を治すのを頼む際に条件で……力を引き出され……力を取り戻せば海鳴が薬を分けるという契りを交わした」

「なんで、そんな?」


 神様だったら……簡単に治してやってくれてもいいじゃないか?

 そう考えた、戒の考えを読み取るように、威吹は続ける。


「神は只では動けぬ。願いがあればそれ相応の代償を求められる、そなたにも求めたであろう? ……海鳴はどうやら座興が好きらしい。我は幸運な方だこの程度で済むのであるから」


 そうどう見ても幸運と思っているとは思えないような表情で言葉を切る威吹。


「……この遊戯に勝てば、薬が手に入る」



 ――どうせ貴方は海鳴様にとって暇つぶしの道具。



 確か、あの少女は威吹にそう言っていた気がする。

 こっちは一生懸命なのに『遊び』で命のやり取りをするなんてそりゃひどいよ……と、その言葉で威吹の不機嫌さの理由がようやく戒には理解できた。

 そして、説明されて……気がついたことがもうひとつ。


 あの日、砂浜には沢山の海水客で賑わっていたはずだ。

 それなのに、この威吹が選んだのは戒。


 病気の妹がいたから……だからあえて俺を選んだ? 俺の願いに共感したから?



 ここまできたらもう威吹を信用するしかない。

 結局、戒が就寝したのは夜中の三時を過ぎていた。











「姉上」

「阿波……」

「その傷は、大丈夫でございますか?」

「……そんな事より。今日の事、海鳴様には伝えていて?」

「いえ」

「そう、この失態をあの御方に知られる訳にはいかないわ」

「……」

「ご報告は、明日までしばらく待っていてちょうだい。

 私にはこれから思い出さなければならない事があるものだから」

「姉上、それが貴女のお望みとあらば」











 意外な事に、威吹は戒が一緒に行く事を断った。

 自分も行く事が当たり前だと思ってた戒は驚く。


「我は大丈夫であるが、そなたを危険に晒すわけにはいかぬ。そなたは学校に行っておれ」


 そう言われて、ほっとした自分を感じた。

 が、大人しくしている戒ではなかった。どうせ約束の時間は夕方だ、学校に行ってから海に行ってやる。そう考えて、朝は大人しく威吹の言う事に従った振りをして学校に向かう。



 確かに、神様同士のガチバトル。

 死ぬ事になるかもしれない。



 あの水波って少女にまた会ってしまったら、命の保証は出来ない気がすると、戒は自分自身で分かっていた。あの雰囲気はきっと戒を弄り殺そうとする。


 でも、海でおぼれたナツメ……だって怖かっただろう。


 ナツメの命が懸っているのだ、自分だけ安全な所に居るのも気にくわなかった、けれど、戒が海に向かう理由はそれだけじゃない。

 威吹を助けなくては……そんな気持ちも少しはある。人間の自分は足手まといにしかならないだろうけど……それに、今威吹は、ナツメのカラダに入っているのだ。もしなにかあれば、ナツメが本当に死にかねない。



 戒は授業中上の空で、自分に出来る事をなけなしの頭で考えていた。


 学校のHRが終わり、戒は一目散に教室を後にする。

 向かった先は勿論海だった。











「来たみたいね」



 どきっ。



 戒は物陰に隠れていたが、見つかったと思い心臓の鼓動が高鳴る。しかしその声は、威吹に向かってのものだった。


「あの子はいないのかしら?」

「関係ないであろう」

「あら、私の身体に傷をつけたのは、海鳴さま以外初めての者……気になってもしかたないでしょう?」

 クスリ。そう笑う表情は、戒には見えないがあの考えが読めない極上の笑みを浮かべていると分かる。美しいけれど邪悪な笑みだ。


「まあ、あの子のことは、貴方を捕まえてからゆっくりと探しましょう……ふふふ」

「捕まる気はない、我の力返してもらおうか」


 その場が凍りつくような威吹の声。


「ふふふ、ほほほほ」


 本当に楽しそうな……鈴のような笑い声。

 ばさりと、扇の音がする。




「やっぱり……ね。貴方の力、落としていたのね」




 意を得たとばかりに、少女は悠然と微笑んだ。


 !!


 こんな事を言うって事は、こいつは本当は威吹の力を持ってないって事か!?

 カマかけたんだ!



「あら……私が持っていると思っておりましたの? 持っておりませんわよ。私が見つけたのは箱だけ……」

 威吹の表情を読んで、女は得意げに応える。


「それにしても人間の体に入っているなんて、貴方も酔狂な事をする事と思っていましたけれども……」

「力を持ってないのなら、そなたには用はない」


 くるり、あっさりとそう言い放ち背を向けて帰り出しそうな威吹に、少女はこれもまたあっさりと告げた。


「その娘……殺しますわ」

「?」

「私は、貴方を無傷で海鳴様の御前に連れ帰る、という約束はしていますけれど……」



ザンッ!!



「その少女については何もご指示を頂いてはいませんもの」

 まるでその言葉を肯定するように、強い波が偶然かそれとも少女の力なのか、海岸の岸まで勢いをつけて打ち寄せる。

 余りの唐突さに、戒は驚いて声をあげた。


「あら、いらしてくださったのね」

「そなた……」


 驚きの声は、二人にばっちり聞こえていたらしい。

 そうでなくても、もう隠れているつもりはなかった戒は、物陰から飛び出した。

 何故言う事を聞かなかったと、威吹のとがめるような視線を戒は無視して、少女にどなる。



「ナツメを殺すってどういう事だよ!」



「言葉の通りですわ……と言っても、正確には、殺しようにも威吹殿が入っていて魂は無い様ですから、身体を壊させていただく……といったほうがよろしいかしら?」

 戒の怒りも柳に風といった感じで、少女は冷静に受け流した。


 ナツメの体を壊す!?

 そんな事になったら、本当にナツメは『死んで』しまうじゃないか!!



「そんな事はさせない!」

「あらどうやって?」



 ジワリ


 なんだ?

 少女の、普段より格段と低い声音に体がぞくりとする。

 体の温度が上がったような感を戒は感じた。

 

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