新しいはじまり。
4月になって、俺たちは3年生になった。
高校生活は残り一年を切った。
始業式の朝、朝練がない俺は、ぴいちゃんと待ち合わせて一緒に登校した。
春休み中はぴいちゃんのバイトと俺の部活の休みが合わなくて、一度も会うことができなかった。
ほんの10日程度のことだけど、やっぱりさびしい。
家が近ければ、ちょっとだけでも会えるのに。
毎日、電話かメールのやりとりはした。
電話でも、二人きりの時間であることには違いないし、彼女と話すだけで嬉しくて、楽しかった。
でも、今朝は久しぶりにぴいちゃんに会えるのが嬉しくて、駅で待ち合わせをした。
ほんの何分でも早く彼女に会いたかったから。
4月の朝の光が道ばたの木々に当たると、木の葉の明るい緑色が透き通っているみたいに見える。
ぴいちゃんのうしろを自転車で走りながら、彼女の三つ編みが、去年より長くなっていることに気付いた。
あれから一年経ったんだ・・・と思って、温かいような、さびしいような、不思議な気分になった。
学校に着いて、自転車を停めて中庭へ。
ここでクラス替えの名簿が配られるはずだけど、まだ早かったみたいだ。
小暮と岡田が一緒にいるのを見つけて合流。
ぴいちゃんと小暮が楽しそうに話し始めるのを見て、思わず笑顔になる。
「おまえって、」
隣にいた岡田のあきれたような声。
「オヤジみたいだな。」
「オヤジ?!」
なんだそれ?!
「・・・要するに、老けてるってこと?」
不機嫌に尋ねると、岡田がプッと吹き出した。
「違うよ! そのオヤジじゃなくて、父親の方。なんかさ、いつも見守ってるだろ? ぴいちゃんのこと。」
ああ、そういえば、自分でもそんなふうに感じてたことがあったっけ。
「岡田だって、小暮のこと見守ってるんじゃないのか?」
「そこは同じだけど、俺は親父じゃなくて、彼氏だからな!」
「俺とどう違うんだよ?」
「見守り方が微妙に違うんだ。藤野は彼氏になる前が長かったから、父親ぐせが抜けなくても仕方ないな。」
なんだよ、その “父親ぐせ” って!
でも・・・ぴいちゃんのことがかわいくて仕方ないのは間違いないな。
いつも心配してしまうことも。
そういうのって、やっぱり親っぽいかも。
とは言っても、俺の方がいつも優位に立ってるわけじゃない。
彼女は不思議な勘で、俺の気になるところを察知する。
そうしてわざとあせらせたり、驚かせたりして、俺をからかう。無邪気な顔をして。
俺が不機嫌になると、今度は甘やかして機嫌をとってくれる。
俺のことは何でもお見通しみたいに。
つまり・・・二人の間では、ぴいちゃんの方が一枚上手ってこと。
ただ、それはあくまでもほかに誰もいないときだけ。
前はぴいちゃんが、他人に誤解されると困るからと言って、学校や人目のある場所ではあんまり話ができなかった。
今は誤解されるっていう心配がなくなったのに(だって、 “誤解” じゃないんだから)、こんどは恥ずかしいからって、教室ではあんまり口をきいてくれない。
いつものメンバーと一緒なら大丈夫だし、ちらっと視線を送ってくることはあるけど、俺と2人で話すっていうのがダメなんだ。
他人から見たら、何も変わってないようにしか見えないと思う。
そんな毎日で、ぴいちゃんの一瞬の視線、ほんのちょっとのやさしい言葉を、いつも期待している俺。
彼女をつかまえたと思っていたけど、本当は完璧に、俺がぴいちゃんに捕まってると思う。
岡田と俺の周りに野球部の部員が集まり始め、中庭のあちこちに、生徒の集団ができてきた。
ようやく先生が出てきて、クラス分けの名簿を配る。
中庭のあちこちで、悲鳴や叫び声が響き渡る。
俺は・・・8組。
そして、その列の一番後ろに『吉野陽菜子』の文字が!
思わずガッツポーズが出た。
キョロキョロとぴいちゃんを探すと、小暮と和久井と一緒にいたぴいちゃんが、俺をちらっと見てにっこり笑った。
その彼女のところに来たのは、長谷川・・・だったよな。
ショートカットに赤いフレームのめがね。
一緒に飛び跳ねて喜んでいると思ったら、ぴいちゃんが何か言い、長谷川が驚いている。
ぴいちゃんの視線を追って振り向いて俺を見た長谷川が、しかめっ面をした。
あれ?
俺、嫌われてるのか。
・・・もしかして。
もう一度、名簿を見ると、俺の名前の上に『長谷川万紀』。男の名前かと思ったけど、“まーちゃん” っていうのは・・・。
だけど、どうして嫌われてるんだ?
ぴいちゃんを取った、とか言われるんじゃないだろうな?
なんとなく不安。
でも、まあいいか。
少しずつ慣れるだろう。
ぴいちゃんの親友なんだから、きっと悪い人じゃないだろうし。
ぴいちゃんと俺のあいだには、今までの一年間に積み上げてきた信頼関係と絆がある。
いくつかの誤解や失敗もあったけど、それをみんな乗りこえて一歩ずつ進んできた。
これからも二人で一緒に頑張っていけるはず。
たぶん、俺たちだと、すごくゆっくりかもしれないけど。
また一年、よろしく。
できれば、そのあともずっと。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
このおはなしは、ラストに向けて思い出を積み重ねることをテーマにして書いてみました。 いつか、思い出して読み直していただいたときに、「こんなこともあったよね。」と、懐かしく感じていただけたら大成功です。
書いている間、自分の感情は彼らと同化して、笑ったり、泣いたりしながら書いたりしたのですが、表現力が未熟なためそこまではお伝えできず、申し訳ありません。 結局、一番楽しんだのは自分だったと思います。
進級してクラスが変わり、メンバーも変わるので、ここで一区切りとさせていただきます。まだ解決していない部分は次の『吉野先輩を守る会』で続きをご紹介します。
楽しんでいただけるとよいのですが・・・。
最後になりましたが、感想や評価をくださったみなさま、読みに来てくださったみなさまにはたくさん勇気をいただきました。
ほんとうに、ありがとうございました。