第10話 氷の国王に迫る側室候補たち
燦々と昼の陽光が降り注ぐ王城、その中心たる『玉座の間』。
普段であれば、一国の最高権力者としての威厳と静寂が支配するはずのその神聖な場所に、今、あまりにも不快で頭痛を誘う声が響き渡っていた。
「陛下、王妃様とのご成婚から数年。いまだ子宝に恵まれないことを、我々臣下は深く憂慮しております」
「左様にございます。王家の血筋を絶やすことなど、我が国の破滅に直結する一大事。そこで本日は、陛下の夜のお慰みにと、我が領地より選りすぐりの美姫たちを連れてまいりました!」
並び立つのは、御年を召した、絵に描いたような古狸の貴族たち。
彼らの背後には、これ見よがしに豊かな胸元を強調したドレスを着た、鼻が曲がりそうなほど香水の匂いがキツい令嬢たちがズラリと一列に並んでいる。
猫撫で声でアピールする彼女たちの視線は、玉座に座る『王』の肉体に、文字通り爛々と突き刺さっていた。
(ひぃぃぃぃっ! なにこれ!? 側室のオーディション!? いや、もはや新手の押し売りよぉぉぉ!)
豪奢な玉座の上で、長い足を優雅に組み、冷酷極まりない切れ長の瞳で階下を見下ろしている国王――つまり、中身はただのピュアな元公爵令嬢である私、ロザリアは、内心で涙を流しながら特大の悲鳴を上げていた。
背中を伝う冷や汗が止まらない。
子宝に恵まれないも何も、中身が入れ替わっているのだから物理的に仕方のないことなのだ。
そりゃあ、愛するアレクシスとの寝室でのイチャイチャは毎日限界突破しているし、夫婦仲の熱量だけで言えば国中、いや世界中のどの新婚夫妻にも負けない自信はある。
だが、いざ最後の一線を越えるとなると、話は一気に大迷宮入りするのだ。
何しろ、いざベッドの中で良いムードになったところで、ふと目を開ければそこにいるのは、「私が十五年間、共に過ごしてきた私の愛着ある身体」なのだから。
アレクシスの体に入った私は、この男らしくて大きな手で、よりによって私自身の元の華奢な肉体を組み敷くべきなのか。
それとも、私の元の華奢な肉体に入っているアレクシスに、この男の体ごと熱烈に抱きしめられるべきなのか。
という、想像しただけで脳の処理能力がパンクして恥ずかしさのあまり爆発四散しそうなハードルの高さに、互いが羞恥心で毎夜限界を迎えてしまい、未だにキスから先の手を出せていないだけなのである。決して不仲なわけではない。むしろ愛が重すぎて身動きが取れないだけなのだ。
これは私側の意見だけれど、完璧主義で私の体を誰よりも神聖に扱ってくれるアレクシスだって、きっとまったく同じことを思って、どうしても手が出せないでいるはずなのだ。
そんな我が国の最高機密かつ純情すぎる裏事情など、この目の前の古狸どもが知るはずもない。
「陛下。公務でお疲れの陛下を、私たちが優しく癒やして差し上げますわ♡」
「ええ、あのような冷酷で恐ろしい王妃様ではなく、私どもと、お部屋で至福のひとときを……♡」
バサバサと不自然なほど激しく睫毛を揺らし、熱烈なウインクを飛ばしてくる令嬢たち。
その視線が、私の大切なアレクシスの国宝級の顔面に注がれるたび、私の胸の中の乙女センサーが不快感でピキピキと音を立てた。
(無理無理無理!! 私、中身は女だし! アレクシス以外の女なんて、いくら美女を並べられたって絶対に1ミリもお断りよ! っていうか、何よあのドレスの露出! 目をどこにやればいいの!? アレクシスぅぅぅーー、早く帰ってきて、助けてぇぇぇ!)
あまりの恐怖とパニック、そして「私の旦那様に色目を使ってんじゃないわよ」という嫉妬が混ざり合い、私の思考は完全にフリーズしていた。
だが、さすがは5年間、この『氷の覇王』のガワを被り続けてきただけはある。
私が心の中で大号泣しながら「早く消え失せろバカ者ども!」と念じ、恐怖で完全に硬直して無言で階下を睨みつけていたその姿は――周囲の貴族たちの目には、
『側室の提案に対して、底知れない怒りを孕んだまま無言で威圧している、恐るべき暗黒の暴君』
の沈黙にしか見えていなかった。
玉座の間の空気が重く沈み、古狸たちがその威圧感に気圧されてヒッと息を呑んだ、まさにその時だった。




